第3話

 家族と使用人の総勢12人は荷物を3艘の小舟に積んで村はずれを流れる大河に乗り出した。


 イザ村を捨てたのは、ナギの家族の他に17家族あった。村に残ったのは、旅費を作れない貧しい者たちが多い。


 漢陽に向かう船旅は長かった。


 ナギと2人の娘は竹簡ちくかんを束ねた書物を読んで時を過ごした。スサノオは景色を眺め、川面を手でかき回し、飽きると母親の膝に抱き着いて甘えた。


 男たちが交代で舵を取り、舟は夜も川を下る。


「ヒルコとツクヨミは勉強が好きだな」


 ナギはナミの肩を抱き寄せ、進路の空に傾く満月を見ていた。


「ツクヨミは天気や星の動きを予測できるようになりたいそうです」


「あの子は賢い。地理や天文を学ぶことはいいことだ」


「女の子なのですよ。何も学問など……」


「何事も知らぬより、知っている方がいい。知識が邪魔になるときは、押し隠せばいいだけだ。もともと何もなければ、逆立ちしても智慧は出ない。それよりも、スサノオの方だが……」


 スサノオはナミの隣で寝たふりをしていた。寝ていなければ、母の膝など恥ずかしい。


「まだ子供ですね。でも、男です」


 案の定、子供だと言われた。それでも寝たふりを続けた。


「何があった?」


「何、……とは?」


 ナミの表情が固まる。


「ナミとスサノオの間には、秘密がある。違うか?」


「そんなもの、ありませんよ」


 ナミが北斗七星を見上げた。


「アッ、天狗てんぐです」


 舟のへさきで大声をあげたツクヨミが南の空を指した。


「天狗?」


 スサノオは跳ね起きた。まだ天狗を見たことがない。


「流れ星のことよ。天の神の使いの犬なのよ」


 ツクヨミは得意げに教えた。


「あの先に、天の神がいるのか?」


「それは分からないわ」


「凶星でしょうか?」


 ナミがナギにきいた。


「私は、占いには詳しくない。凶星かもしれないし、吉星かもしれない」


 家族は、流星群が南の空に舞うのを見つめていた。



 イザ村を出た船団が漢陽の街に入った。


 漢陽は大都会で、人も市場も多く、地方訛りの中国語が飛び交う。


「さて、ここでお別れだ」


 陸に上がった17家族の家長が集まり、別れの盃を交わした。


 村を出た者と残った者がいたように、漢陽から先の進路もばらばらだった。漢陽に残る者、中国本土に向かう者、海を渡り倭の国で一旗揚げようという者……。


「ナギは、漢に向かうのだろう。お前の技術があればどこに行っても歓迎されるだろう」


 同行していた村長が、ナギの肩に手を添えた。


 使用人たちは4台の馬車を調達し、荷物の積み替えを行った。その姿を蒼い顔をしたナミが見守る。


「これから、どこに行くの?」


 ヒルコが訊いた。


「洛陽の叔父様の所ではないかしら」


「ラクヨウ……遠いの?」


「そうね。着くのは正月ごろかしら……」


 突然、一人の兵隊が家族の前に立った。驚いたナミが腰を抜かした。


『おい、お前たち』


「何ですか?」


 ヒルコが、片言の中国語で対応する。


『仕事は?』


 兵隊は、成熟し始めたヒルコの肢体を舐めまわすように観察する。


「子供だから、仕事はない」


『馬鹿者。親父の仕事だ』


「鍛冶屋です」


『ふむ……。どこへ行く?』


「洛陽」


『洛陽ならばよいが、他国へは渡るなよ』


 兵隊はそう言うと、どこかに行った。


「かあさん。大丈夫か?」


 スサノオは、ナミの胸に抱き着いて慰めた。


「スサノオ、赤ん坊だなぁ」


 ヒルコとツクヨミが笑った。

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