第75話

「主人命令だ。我にハグをしろ」

「いいですけれど、ペットがご主人さまに対してそんなことして良いんですか?」

「我が良いと言っているのだから、良いに決まっているだろうが」


 恥ずかしそうにそんなことを言うご主人様が可愛くて、僕もその気持ちに精一杯応えたくなる。


「じゃあ、しますね」


 ご主人さまに近づき、ギュッとハグをした。


 緊張しているのか触れるとビクッとしたけれど、頭を撫でたり背中を擦ると段々と落ち着いてきたのか僕に身を委ねてくれる。


「どう、ですか?」

「これは.......民があれだけ幸せそうにしていたのも分かる。気持ちが良くて幸せになるな」

「それなら良かったです」


 頭をナデナデしてもう少しだけギュッと強く抱きしめる。


 この世界の女性ならばここでトロトロに溶けてしまった幸せな表情をするけれど、ご主人さまは気持ちがよさそうな顔をするだけである。


 何だか少しだけ悔しくて、もっと強く抱きしめたりしてみたがやはり気持ちよさそうな顔をするだけだったので諦めてご主人様を優しくハグをする。


 まぁ、そもそも僕はトロトロにしてご主人様をどうにかしたいわけでも無い。ご主人様が気持ちよくなってちょっとでも幸せを感じられたのならそれでいい。


 十分程度、そうしてからご主人様の元を離れる。


「あっ.......」


 離れる瞬間に少しだけ悲しそうな声でそう言われてしまう。


 普段、気の強い人がこうして弱弱しく声を出すと、思わずまた抱きしめたくなるがご主人さまに制止させられる。


「私も公務がある故、これ以上は出来ぬ」

「そうですか」


 と僕が無意識に出た悲しそうな言葉を聞くとご主人様は少々慌てて訂正する。


「ち、違うぞ。お前とのハグが嫌で断ったわけではないからな。本当だ」

「分かっています。公務、頑張ってくださいね」

「う、うむ」


 ご主人さまは今までの女性とは違った反応を示した女性だったのでもう少し傍にいて仲を深めたいなと思っていたけれど、公務ならば仕方が無い。


 ご主人さまは部屋を出ていく去り際に、犬を愛でるように頭を撫でた。

 

 ご主人様がいなくなると、僕はやることがないため窓から見える帝都をぼぉっと眺めていると部屋がノックされたので、開くとそこには切れ長の目をした黒髪短髪の綺麗なメイドさんが立っていた。


「えぇーっと?」

「あなたとこうして起きている時に会うのは初めてですね。最近、やらなければいけない仕事が多くて会うのが遅くなってしまいました。申し訳ありません」

「は、はぁ。大丈夫ですけれど」

「私は陛下専属のメイドであり侍女でもあるイリアです。陛下のペットとなったのなら今後、話す機会も多くなるでしょうから、挨拶だけでもと思いまして。それと、少しだけ感謝を伝えに」

「僕、何かしましたか?」

「えぇ。先ほど陛下とお話ししましたがいつもより数段機嫌が良く感じました。きっとあなたのおかげでしょう。ですからありがとうございます」

「い、いえ。ご主人様が喜んでくれているのならよかったのですが」

「.......もしかしたら、貴方ならば陛下の男性不信を直せるかも知れませんね」

「?」

「いえ、なんでも」


 ぼそぼそと呟いていたので聞き返すも、はぐらかされてしまう。


 まぁ、兎に角。


「これからよろしくお願いしますね」

「はい」




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