第9話 始まり

 男子ということもあり注目されながらも広場へと行く。僕が一体何をするのか興味深々なようでじぃっと僕に視線を送ってきている人が多数いるので試しに手を振ってみると、顔を赤らめて手を振り返してくれたり、僕が誰に手を振ってくれたかで喧嘩をし始めようとしている人までいる。


 この世界、やっぱりどこか可笑しいと思う。


「ゾーイ様、軽々しく女性相手に手を振り返すなどしてはいけないと思いますけれど」

「それよりすごいことを今からするんだから、大目に見て」

「それはそれ、これはこれです。こんなこと本当はさせたくないんですから。ゾーイ様がどうしてもしたいというから仕方が無く!!」


 アリスが咎めるような視線を向けてきたので視線を上の方へと逸らして回避する。


「じゃあ、早速しますか」


 持っていたこの世界の言語で書かれたFREEHUGSと書かれたボードを持って立ってみる。

 

 すると、僕の方を見ていた生徒や教師の人々が書かれている文字を読んで、赤面したり本当にいいのかと戸惑っている人が多数いる。


「やはり、最初はこうなるか」

「そうですね、一般の人々は男性と関わる事なんてないですから緊張して一歩踏み出すことが出来ないのでしょうね」

 

 そんなことをアリスと話していると、おずおずと一人がこちらの方へと歩いてくる。


「あ、あの。ゾーイ君」

「どうしたの?僕とハグしてくれるの?」

「し、して、いいんですか?」

「うん。だって、そのために僕がこうして立っているんだから」

「じゃ、じゃあしますよ?」


 僕が両手を広げていると、彼女はそっと僕の機嫌を窺いながらゆっくりとしようとするので不安を払しょくするように、僕の方からギューッと少しだけ強く抱きしめてあげる。


「どうかな?」

「にゃ、にゃにこれ?わ、私、死んでるの?こ、ここが天国にゃの?」


 僕が彼女の事を思って抱きしめてあげると魔法の力が働いて、彼女の事を心の底から癒していく。


 気持ちよさそうな声をあげて、腕の中でもぞもぞと動く彼女が可愛くて追加で頭を撫でてあげるとさらに気持ちよさそうな顔をする。


 夢見心地で頭がふわふわしているのか、呂律が回っていないのかずっとここは天国なのかと勘違いしている。


「どう?気持ちいいかな?癒せているかな?」

「しゅ、しゅごいの。ぞ、ゾーイ君ってやっぱり天使だったんだ。大天使様じゃなきゃこんなに癒せるなんて無理だよぉ。それに優しくて、格好良くて。わ、私、ゾーイ君の事だいしゅきぃ」

「ありがと、喜んでもらえてうれしいよ」


 その後、三分間程度その子の事を抱きしめてからゆっくりと体を離す。


 寂しそうな顔をされて少しだけ心が苦しいけれど、いつの間にか僕とこの子が抱きしめ合っているのを見ていた人たちが我先にと周りに来ていたのでごめんね。


「じゃあ、次に僕を抱きしめてくれる人ー」

「「「「はい!!」」」」


 人から人へと僕がこのことをしていることが学園中に知れ渡っていき、お昼休みが終わる頃には何百人という人々が広場に集まって僕と抱きしめ合いたいと思ってきてくれたみたいだ。


 でも辛いこととして、やっぱり離れるときに悲しそうな顔をされるのが胸に来るね。


 チクチクととげが刺さっている感じがする。


「ゾーイ様、今日はこの辺にしておきましょう」

「そうだね。次の授業が始まっちゃうし。みんな、今日はここまで」


 僕がそう言うと、残念そうな顔や、悲しそうな顔、絶望した表情の子がいる。


「あ、明日もするし、僕が在学中はほとんど毎日すると思うからまた明日来てくれると嬉しいな。僕はみんなと仲良くなりたいし、癒したいし、力になれればいいなって考えてるから」

「「「「「絶対に行きます!!」」」」


 悲しそうな顔が一転、明日に向けて気合を入れ始めてくれる彼女たちを微笑ましく思う。


 初日だったけれど、まさかここまで高評価だとは思わなかった。


 この文化が異世界で受け入れられるかは不安だったから最初は少しくらいしか着てくれないかなとどこかで思っていたから、成功して良かったなと思う。


 広場から撤収して、午後の授業を聞きに行く。


 正直知っていることばかりで退屈だなとは感じてはいるけれど、基礎をもう一度復習できることは良いことなので真面目に聞くことにする。


 何事も基礎が大事だって言うし、新しく癒すことが出来る何かにつなげることが出来るかもしれないからね。


 そんな風に真面目に授業を聞いているとふと視線が送られていることに気が付く。


 そちらの方を見ると、此方を見て居ていたのはキルシュ帝国のエリザ第二皇女様である。


 青色というよりは紺色のほうが近い髪の毛に金色の瞳をしていてお胸はそこまで大きくはないけれどスタイルがよくてスラっとしている。


 彼女は高い魔法の才があるようで、世界でも有数の魔法の名門校でありあのドロシー教授がいるということもあって、まぁ、王国と帝国の色々な関係もあってこの学園に入学したようだけれど、どうしてあの皇女様が僕の方を向いていたのだろうか?


 こちらと視線が合って一瞬だけにやりと笑ってから前を向いて何事もなかったかのように、講義を聞き始める。


 何故こちらを見ていたかも不明だしどういった意図があったのかも分からない。そもそも何となく僕の方を見ていただけという可能性もあるから自意識過剰になるのは良くない。


「皇女だからと言ってゾーイ様に失礼を働いたら許しませんからね。シャーッ!!」

「威嚇しないの。それと講義中だから静かにね」


 アリスを宥めて、講義を聞くことを再開する。


 それからは、何事もなく時間は過ぎていき放課後となり、約束通りドロシー先生の研究室へと足を運ぶ。


「うわ......予想してた通り」


 研究室を開けると、本が大量においてあったり資料が乱雑に散らばっていたりとドロシー先生らしいと言えばその通りの研究室が広がっていた。


 当の本人はその資料の中に埋もれて熱心に何かを読んでいる。


 集中してそうなので、そっとしておいて資料をアリスと手分けをして整理をしていく。


 ドロシー先生本人はどこに何があるのかを理解しているのかもしれないし、多分そうなのだろうけれど手持無沙汰で落ち着かないからとりあえず整理することにした。


 ドロシー先生の周りにあるもの以外を分別して整理していく。


 こういう時魔法は便利で一気に動かすことが出来るから楽をすることが出来る。


 一時間程度してやっとドロシー先生は僕が来ていることに気づいたのか、嬉しそうに微笑んで抱きしめてくる。


「ゾーイ、来てたなら言ってくれればいいのに」

「集中してたから、迷惑かなって思って」

「ゾーイにされることで迷惑なことなんて何もない」


 グリグリと頭を押し付けてくるので、癒しのなでなでをしてあげると猫のように気持ちよさそうに目を細める。


「なんか、いつの間にか綺麗になってる。ゾーイがしてくれたの?」

「はい、暇だったのでアリスと一緒に」

「ゾーイは本当に何でもできる凄い子。結婚する?エッチする?結婚する?」

「ドロシー先生ならもっといい人に巡り合えますよ。あなたは凄い人なんですから」

「ゾーイ以上に凄い人なんてどの種族にもいない。世界一すごい」


 ドロシー先生は僕の事となると採点が激甘だからこういうことを言ってくれているのだろうけれど、嬉しくなってついついもっと頭を撫でたりドロシー先生を癒したいと思う気持が強くなり、さらにドロシー先生を甘く溶かすように癒してしまう。


「うぅ、これ、ダメになる。頭が溶けてなくなるぅ」

「溶けてなくなってはいけないので、この辺で終わりにしますね」


 離れようとすると、ドロシー先生がくっついて離れない。


「溶けてもいいからこのまま」

「分かりましたけれど、門限までには帰りますからね」

「うん、それまでゆっくりしていって」


 ドロシー先生の方がどう考えても年上だし前世を足しても圧倒的に届かない年齢差なのに幼く、とても愛らしくて可愛らしいし綺麗だから甘やかしたくなってしまう。


 結果、門限ぎりぎりまで研究室にとどまる事となって仕舞った。

 

 

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