今がずっと、続けばいいのに

束白心吏

今がずっと、続けばいいのに

 探す。空き教室、使われている教室問わず、校内の教室を探し回る。

 普段なら許されざる──寧ろ今日こそ許されてはならない気もしますが──廊下の全力疾走をして、一階から二階までの教室全てを巡った。しかし──


「どこにもいない……先輩、どこにいったのでしょう」


 息を整えながら三階への階段を登る。すれ違った生徒から奇異な目で見られた気がするけれど、今さらだと切り捨てて登りきると同時に、私は全力で廊下を走り出す。



「け、結局いなかった……」


 肩で息をしながら、私は所属している部室へ向かう。ここまで数分間とはいえ全力で走りっぱなしだったので一休憩つくくらいなら大目に見てくれますよね。

 事前に先輩のクラスメイトの方から手渡されていた鍵を使って部室に入る。窓からの日差しのお陰で明かりをつけないでいいのは助かりますが先輩の姿は……ないですね。

 ここに居ないとなると、もう私にはお手上げだ。他に先輩が行きそうな図書館は閉まっているためまず入れないし、物語で定番のサボり場所である屋上は入れないし、保健室は先生が常駐しているためいないことが確定している。


「先輩、帰っちゃったんですかね」


 あまり先輩の性格からは考えられないけれど、ちらちらと脳内で燻っていた小さな懐疑の火種はどんどんと大きくなっていく。


「? 呼んだか?」

「きゃあ! ……って先輩!」


 声のした教室後方へと視線を向ける。

 まず目に入ったのは可愛いイラストの小説。

 それは先輩のトレードマークであり、先輩以外であそこまで堂々と読んでいる人のいない小説に他ならない。その予想の通り、ずっと探していた石長いしなが天彦あまひこ先輩がひょっこりと顔を出す。


「先輩、どんな格好で読書してるんですか……」

「横になっていた」


 よく見ると三脚の椅子が並んでいる。簡易的なベッドのように使っていたのだろう。

 先輩は本を机に置いて上体をおこし、大きな伸びをした。


「それにしても体が痛くなるな」

「やる前に気付きましょうよ……って、そうじゃないです先輩! クラスメイトの皆さんが探してましたよ!」

「んー? ……嗚呼。もうそんな時間か」


 時計を見ながら先輩は立ち上がる。

 私も時計に視線を向ければ、三時の少し前を指していた。

 今日は文化祭ということもあり、本来授業を受けているこの時間でも生徒達の賑やかな声が外から聞こえてくる。


「ふぁ~あ……ふぅ。行くか」

「あ、私も行きます」


 大きな欠伸をし、先輩は小説を持って立ち上がる。

 私は先輩に続いて教室を出て、肩を並べて廊下を歩く。


「そういえば先輩、どうして呼ばれていたんですか?」

「? ああ、ウチのクラスは体育館を借りて劇をやっていてな。最後は出演者全員が舞台に上がるとかなんとかで……」

「それ早く行かないとヤバくないですか!?」

「問題ない。閉幕は四時頃からだからな」

「……」


 一時間以上前から呼ばれる先輩って……よほど信用ないんですかね。

 けれどそれだけ時間に余裕があるのなら歩いていても問題はないのでしょう。たぶん。


「そういえば先輩、いつから部室にいたんですか?」

「役が終わってからずっとだ……だから三、四時間くらいはいたのか」

「……」


 信用ないのも当然なのかなって。

 ただ先輩、確か文化祭を楽しみにしていたような……。


「ってことは、先輩どこの出し物も見てないんですか?」

「一応、白菊のクラスは覗いてきたな。白菊の様子は見えなかったが」

「そりゃあ裏方にいましたからね」


 それもそうか。と先輩は笑う。

 けど私が裏方に回ってたの、実を言うと先輩の影響があってですけどね。


「後は図書館のスペースにも顔を出した」

「あ、それは司書さんから聞きました……でも数分いたかな程度、と」

「俺のプライバシーが侵されている……?」

「先輩が文化祭に参加する気なさすぎるのが悪いと思います」

「ははは。後夜祭はきっちり参加する気だぞ」

「え?」


 予想外な一言に私は一瞬だけ固まる。

 後夜祭って……あのカップル製造機と名高い?


「先輩……相手いたんですか」

「失敬な。俺は見るだけだ」


 デスヨネー……寧ろそっちの可能性の方が高いこと見落としてましたよ。ええ。


「そんな訳だから、今日は文芸部は臨時休業だ。まあ年がら年中閑古鳥が鳴いてるが」

「今年は新聞部にやられましたからね」


 何なら去年までいた幽霊部員、全員他の部活に移動しましたからね……まあこれは顧問が理由だったりしますが。

 今年は今年で、また先輩がやらかしたのも大きいとは思いますけど。


「そう悪く言うな。アイツも悪気があってやってるわけじゃないんだ」

「あれ、先輩新聞部の方と知り合いだったんですか?」

「ああ。去年から親しくさせてもらっている」


 だから知っているんだ。と先輩は続ける。

 確かに、それなら悪意や敵意でやってる訳じゃないというのは先輩が一番わかってるのかもしれないですね。


「彼らが求めているのはエンターテイメント性だ」

「それ余計タチ悪くないですか?」


 寧ろまだ悪意の方がマシと思うのは私だけ……?

 しかしそう言われるとそうだな、と思ってしまうところがあるのが悔しいところ。思い返せば先輩の奇行は面白おかしく記事にされていましたし、決して悪くは書かれていませんでした。

 ……受け手側がどう取るかはさておき。

 エンターテイメント性を追及していたと言われれば納得できる記事ではありますが、ですがまだ悪意疑惑を払拭できないのも事実。


「ははは。新聞部曰く『イケメンは社会的に死すべし。さあもっと墓穴掘れ』らしい」

「純度100パーセントの悪意じゃないですか!」


 それを先輩本人に行ってるところは清々しいですけど!

 というか先輩も新聞部もそれでいいんですか……先輩は特に、新聞部の記事のせいで全校生徒から奇異な目で見られているわけですし。

 私の心配を知って知らずか、先輩はいい笑顔で続ける。


「だから安心しろ白菊。来年には部員が入るぞ」

「入っても新入生だけですけどね」

「それが普通だろう。まあ内申点狙いが大半だろうけどな」


 わかっていたけど嬉しくない理由……っ!

 まあ来年には私も受験生ですし、入らなければ入らないでいいんですけどね。私が文芸部に入った理由、先輩がいたからですし。



「あー! やっと来た!」

「おい衣装の奴ら呼べ! さっさと始めるぞ!」


 他愛のない、だけど楽しい会話をしながら体育館へと向かって歩いていると、少し遠くからこちらへと走りながら叫ぶ声が聞こえて来た。

 ……ちょっと、残念ですね。


「……あれ、先輩って何の役なんですか?」

「ナレーションだ」

「……」


 ナレーションに衣装……?

 一体、どんな劇だったのか非常に気になってきましたが、それを口にする前に先輩のクラスメイトの方が口を開きました。


「白菊さんもありがとな! ほらいくぞ天彦!」

「ああ……そうだ白菊。後夜祭の時はどうするんだ?」

「え――」


 それってお誘い……あの先輩から……っ!

 ど、どうしましょう。いえ拒否なんて選択肢は端からありませんけど、先輩のことだからもしかしたら――


「学校に残るようなら……」


 こ、これは、ゲームで言うところの確定演出というやつでは!

 友人がゲームでテンションを上げてるのを疑問に思ってたけど、今その理由が理解できた気がします。



「部室の電気をつけておいてくれないか?」



「はい! よろこんで!」



 ……。

 ……あれ? 先輩、何ていいました?

 部室の……え? 後夜祭ではなく?


「そうか。助かる。それにしても白菊は本当に部活が好きなんだな」


 先輩は私の食い気味だった返事に微笑みを浮かべて言う。

 違うんです先輩……私は先輩が後夜祭に私を誘うのかと思ってたんです……!


「しかし白菊が残るのは意外だな……はっ、白菊も後夜祭に参加するのか?」

「い、いえ私は……」


 そもそも相手いませんから! 先輩以外はノーセンキューですし!


「水差すようで悪いけどあっちの機嫌がすこぶる悪いから早くしてくんない?」


 口を開く前に先輩のクラスメイトが切羽詰まった様子で入ってきました。

 先輩も何か思い当たる節があるのか、至極真面目な顔で返事します。


「む、それはマズいな……それじゃあ鍵は頼んだ。教卓にでも置いておいてくれれば回収するからな」

「……は、はい」


 連行されるような形で先輩は体育館へと連れていかれます。


 なおその後、先輩が主役レベルの凝った衣装を着て出て来て、劇を見ていた人たちが仰天していました。

 皆の反応にしてやったりと思う反面、先輩のナレーションがどのようなものだったのか非常に気になりました。


■■■■


 ――時は少し遡る。

 クラスメイト数人に囲まれて――白菊しらぎく眞名まなの表現を借りるなら、連行されて――体育館に向かう天彦は隣を歩く男子生徒と急いでいるとは思えない会話に興じていた。


「――さっきの言い方、てっきり白菊さんを誘っているのかと思ったぜ」

「? 誘ってる、とは?」

「後夜祭だよ後夜祭。お前が出るとか意外だなって思ったんだけど」

「そんなわけないだろう。俺はカップル成立その他諸々を見るという使命を新聞部と共に完遂しないとだからな」

「なんだかんだでお前と新聞部って仲いいよな!?」


 普段のいじられようでは少し怒ったりしてもいいはずだが……と考える時点で、彼らはわかっていなかった。

 天彦が新聞部の作る記事に無頓着であることに。


「ははは。案外話してみると皆、根はいいやつらだからな。

 それに、だ。白菊を誘うときはあんな軽々しく言えないだろうな」

「……」


 何気ない風にいう天彦であるが、それはつまり――

 自覚していない様子の天彦に、囲んで会話を聞いていたクラスメイト達の思いは一致した。


 ――重症、処置なし。


 と。

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