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 魔法。それは叡智の欠片だと、私は思う。小さな火を起こして、暖を取る事も出来れば、荒れ狂う竜巻を起こし、人々を恐怖へと落とす事も出来てしまう人ならざる力。

 でも、魔法は一人一つしか与えられない。例え、売れない手品師がしてそうな鳩を出す手品が魔法として出てしまっても、その人は一生鳩を出す事しか出来ない。

 逆に、神々と思われるような最適解の頭脳を引き出す魔法を手に入れた者は今後未来永劫を約束した――と、前にネットのニュース記事で見た記憶がある。

 

 ――そして、世界は魔法によって、発展していくのであった。

 完。

 

 ……なんて事はなく、魔法は欠陥だらけであった。

 最初にも言ったが、魔法は一人に一つしか現れず、また男性に現れる事は無い。どうやら、魔法は女性にしか扱う事が出来ないようだった。

 そして、いつ、どんな状況で発現するのかも分からない。八十八歳の米寿の歳で現れた人もいれば、まだ五歳にも満たない子供にも現れた例もある。

 

 勿論、自分も既に魔法を習得している。

 が、自分が習得した時は――思い出しくもない自分の十四歳の誕生日の日の事であり、魔法は無価値だった。


 この魔法のせいで親友だと言い合っていた仲の良い女友達が、消えた。

 何故ならば、価値の無いからだ。人は皆、誰しも自分に価値を付けたがるからだ。

 

 男性が外車に乗ったり、一戸建てを夢見る様に。

 女性が良いバックやアクセサリーを身に着け、とても美しいようにと着飾る様に。

 

 魔法は一種のステータスとなった。……そして、使えない魔法保持者は当然、虐めの対象なった。

 私がそうだったように。――さて、そんなどうでも良い事を語りたいのではない。


 問題はいつ、何処でどんな魔法が出るのかは分からない。と、いう事だ。

 

 突如として現れる魔法の悲惨な事故としてあげるのなら、電車内で爆発が突如として起こり、数百名が死んだ事件が代表的な例か。

 

 とはいえ、今あげた例はまだマシな方だ。

 一番衝撃的だった事は核を生成してしまう魔法保持者が見つかった瞬間、殺害された事だろうか。

 ……まだ、八歳の子供が銃殺されたのだ。危険だからだという理由で。

 

 この事実が残酷と言うのならば、それは余りにも言葉が薄いと私は思う。

 運が悪かったと言うのならば、それは平等では無いと私は思う。

 

 ――他にもまだまだ、問題はある。

 未だ起こっている紛争地域には殺しの道具として戦争に使われる者が居るのだ。魔法が砂塵の大竜巻を出す事が可能なら、一体幾らで雇われ、どれ程の人々を殺した事か。

 

 適切な言葉を出すなら、まさに阿鼻叫喚の渦だったんだろう。

 まぁ、自分がその場に居た訳ではないから、分からないが。


 ……そんな地獄絵図が私の生まれた世界であり、この物語が生まれた。という訳だ。

 

*


「……んっんっ、くぅぅ」


 古びた酒場の一角で、私は酒を飲んでいた。外装は剥がれ切った塗装に、時折点滅しかけている看板が隅っこの壁際に斜めにして、立てかけている。

 もし、貴方がこの通り道でこの店を見ても、近寄りたく無いと思う程だと私は思う。実際、私も入るのを最初は躊躇した――世間一般的にズレてると言われた私ですら分かるレベルで、ここに人は居ないと感じる程のボロさだったのだ。

 

 だが、内装はそうでもない。歩いてカウンターに向かえば、軋む木材はあれど、歩いていると地面へと突き抜けるようなボロさがある訳でも無い。

 むしろ、綺麗に整ってる方だと私は思う。丁寧に拭かれたカウンター席には埃の欠片すら無い。どちらかと言えば、視線に入るのはこの大量の酒の種類だろう。

 知り合いであるマスターの背にある酒棚。そこには、日本酒からそれこそ海外で有名なウォッカ、ジン、テキーラ――アニメで見たような名前の酒ぐらいしか知らない。

 だが、数百以上ある大量のコレクションには目を見張る物があるだろう。酒を知らない私ですら圧巻の意を感じ取ってしまう程なのだから、余程集める事を努力したと見て取れる。

 

「いい加減帰りなよ。あんたの母親、まだ生きてんだろ?」

「うるせぇよ、ばーか」

「馬鹿ってなんだ、馬鹿って。――はぁ、お前も未成年の内にそんなに呑んでると馬鹿になって早死にしちまうぞ?」

「知らねぇよ、放っておいてくれよ……んっ、ぁーうめぇ」


 マスターの優しい言葉を、私は一蹴りする。どうせ、生きてた所でうちの母様かぁさまはもう二度と現世で出歩く事なんて出来やしない。

 なんたって私の母様の魔法は『疑似空間生成』――所謂、三次元を二次元の世界に造り替える事が出来ちまった。

 夢の二次元生活。それは死も恐怖も無い理想郷だ。あるのは娯楽のみ。

 ――私の母様は仮想世界へとトリップした。しかも、全人口のほぼ過半数以上を連れて。

 

 皆、生きるのが辛かったんだろう。

 特に女性なんて、生まれて魔法が分からなければ正体不明の虫ケラのような扱いを受けていた。だからこそ、魔法が無くとも生きられる仮想世界は、人々の精神を救った。母様は英雄扱いされた。――対して私は、何の効果も分からない魔法だった。

 

 身体の感覚で、魔法を習得したのは間違い無かった。だが、幾ら魔法を発動させても何も起こらなかった。

 強大な竜巻の渦が発生する訳でも、人を木っ端微塵に出来るような爆発が起きる訳でも無い。

 私の魔法は『不明』だった。そうして、母様はこう言ったんだ。

 

『お前なんて要らない』

 

 ってね。――その一言は物語によくある悲劇のお約束だった。


 そう、母様は自分が価値ある人間になった途端、要らないと感じたモノをすぐさま切り捨てたんだ。そうして、母様は『メカニカル』という名の元、楽園を作った。

 入り方は簡単。一度、念じてメカニカルに入りたいと思えば、一生をそこで過ごせる。

 

 一度(ひとたび)、願い――目を瞑り、開けた瞬間自分の望む世界がそこに広がる。なんて素敵な事だろうか。

 そこに、死は無い。恐怖も無い。痛みも食べ物を食べて生きて行かなければならない不自由な肉体とはおさらば。

 

 あるのは、出会いと娯楽と快楽のみだ。人を殺しても良いし、殺されても良い。

 強姦しても、未成年を犯しても犯罪には成らない。だって、仮想世界だから――と、母様は言うだろう。実際、何だって出来てしまう。宇宙飛行士に成って、宇宙の旅をする事も、猫耳美少女を連れ込み、酒池肉林に溺れる事だって。

 

 望むまま、気の行くまま、誰もが羨む覚める事が無い夢の世界。

 ――それがメカニカル。


 メカニカルなら、未成年だとしても酒を飲むのは問題無い。

 

 ……だから、現実世界で飲んでも構わないだろう。

 だって、この世はもう既に壊れたんだから。ごくごくと酒を喉に注ぎ込み、ひりつく喉の痛みが快楽へと溺れさせていく――分かってる。

 ただの自暴自棄だって事ぐらい。でも、そうでもしなきゃやってられない。

 

「しかし、お前の母親はひでぇ奴だな。話を聞いてりゃ、そんなのどうしようも無い事だろ」

「……だとしても、私が悪いよ」

 

 ちなみに、マスターはメカニカルに行くつもりは無いんだとさ。

 もう廃れた現実世界には、生産力も何も無いのだからここに居る理由なんてもの存在しないのに。だが、現実世界で飲めない酒になど価値は無いと思ってるらしく、私が寒空とした大雨の中ずぶ濡れで店の前に突っ立って居るのを見るに見兼ねて、助けてくれた。


 勿論、あの日を未だに私は覚えている。生気を失った瞳をしていた私の髪の毛をばさばさとタオルで拭きながら、酒、飲むか? と、聞いてきた時には少し笑ってしまった――そして、私が未成年だと言うと、良いから飲めと言ってくれた。

 

『どうせ、この世の中はメカニカルに奪われていくんだ。お前さんが酒を飲もうと、誰かが捕まえるのか? 警察すらもメカニカルの世界へと入り浸っているというのに。だから、呑め。呑まれてしまえば、忘れられる』


 ――カッコつけちゃって。

 なんて最初は思ってたけど……折角の世界を一人きりで過ごすのは寂しかった。だから、マスターの店にお世話になる事になった。

 

 ある時、酒の魅力について語ってくれた。

 最初はウザかった――けど、会う度に喋ってくれたし、何より貴重なご飯をくれた。酒も飲ませてくれるし、生きて行く上で必要な食料はたんまりあるからと……自宅に帰ろうとすれば、大量のビーフ缶を私にくれる。

 正直、缶詰以外が食べたい所だけど――我儘を言う理由は無い。

 

「はぁ……」

 

 ――重い溜息を付いた。考えているのは母親の事だ。実の母親からは捨てられたのだって、理由は分かってる。

 魔法が不明というだけで自分は酷く畏れられ、それが地元にバレた瞬間、母親は仕事をクビになった。そりゃそうだ、正体不明というだけでも存在が恐ろしいその母親を仕事場に置ける訳が無い。

 爆発するかもしれない、雷撃を落とすかもしれない。

 

 いつ爆発するかもわからない不発弾をこの世界では敵と見なすのだ。――母様の人生を狂わせた最低最悪の娘、それが母様から映る私だろう。

 憎くて、殺したくて、絶望させたくて――母様は溜らなかったはずだ。それに自分が手に入れた魔法を使えば、私を一生を掛けて懲らしめる事だって出来た筈だ。

 

 ――でも、それはしなかった。泣きながら、出て行けと私に叫んだだけだった。包丁、茶わん、愛用のマグカップ。投げられるものをとにかく私に投げつけ、私を遠ざけた。

 

 最初は分からなかった。でも、自ずと答えは理解出来た。

 

「殺せないんじゃない。殺したくなかったんだ」

「母親かが? ――ありえないね。少なくとも、あんたは捨てられた」

「……そうだね。捨てられたよ。でも――」


 自分の娘だから手を加えたくない。

 でも、身も悍ましく感じるほどの憎悪が全身から溢れていく。止められない、殺してしまう。だから、母様は私を遠ざけた。私を守る為。

 ――って、私は勝手な想像している。いや、したかった。そうやって自分を騙したかった。酒に溺れ、そのまま死に際を走り去ってしまいたい。

 

 ぐるぐると天井に吊り下げられたシーリングファンを見て、自分の思考もぐるぐると回す。

 母親と仲慎ましく暮らすには、どうしたら良かったんだろう。それが私に突き付けられた人生最大の障害だった。

 

 ちりん、ちりんちりん――と、突如として店のドアの鈴が鳴り響いた。

 ――来店者? まだ、この現実世界で生きてる者が居るのか。

 とは思いつつも、私にはそんな事どうでも良かった。酒のお陰もあって、視界は歪んでいる。その人にチラリと視線を向けるが、元から目が悪い私には何をしているかは分からなかった。

 酒でも飲みに来たのだろうか? だとしたら、この店は大正解だ。この世の酒という酒が……。

 

「っ! 千夏、危ない――っ!!」


 えっ――なんて言う暇もなく、マスターは私をカウンター席から突き飛ばすような形で、飛び込んできた。

 

 刹那、凄まじい発破音が聞こえてくる。安っぽい映画に出てくるような ぱぁん  そんなチープな音なんかでは無い――明らかにそれは、実銃だ。

 小刻みに音は耳を震わせ、耳鳴りが小さく聞こえてきたと思えば、真っ赤な鮮血が飛び散っていた。

 

 ――私の手には、倒れ込んでいくマスター。一瞬時が遅くなる程揺らぎを感じながらも、それは現実として捉える事はそう遅く無かった。私の手のひらはマスターの血で、染まっていたのだから。

 

「ぐっ……っ」

「マスター⁉」


 何が起こったかは分からない。分からないが、店に入ってきた誰かが私目掛けて拳銃を発砲した事は分かった。

 不味い、不味い不味い。殺される。コイツはヤバイ。というか、この世界に生きている奴がまともじゃない事ぐらい、すぐ理解しろよ。私!!

 

「にげ、ろ……。ち、なつ。――ぁ」

「おい、マスター!! んな逃げろって言ったって……!!」


 不運は更なる不運を呼び起こすように、私の手の中で倒れ込んだマスターは痛みによってなのか、気を失ってしまった。

 酒を飲んでいた私はマスターを退(ど)ける力なんてものは無く、逃げる事なんて到底出来ない。不味いと思ったの束の間――かちゃり。と音が鳴る。

 

 ……トリガーの引く音だ。音は耳元付近で響き、私の心臓は死ぬ程、跳ね上がる。

 突き付けられた。二回目だ。次は私の番だ。逃げろ? 何処に? 

 息は荒くなる。逃げられない。このままでは、死ぬ――しぬっ……っ!! ……嫌だ。いやだ、いやだいやだ!! 死にたくない。責めて、酒を呑まれて私は死ぬん――。

 

「貴方の魔法、買い取りますよ」


 銃を突きつけたまま、彼はそう言った。――今にでも、私の唇を奪ってしまいそうな程の距離感に合わせ、真っ直ぐと見つめる男の眼は隻眼となっていた。

 そして、白い瞳には私の泣き崩れた酷い顔に、情けない姿もまた、映っていた。

 

*


「……おや、なんですか。理解してないような顔をして」

「理解、しろって方が無理があんだろ!?」


 状況が逸脱しすぎて、私の頭では理解が出来ない。この男はマスターを撃ったのにもかかわらず、平然とした顔で私を見ている。それどころか、私の魔法を買い取るだって……?

 何を言ってるんだ。コイツは。どうして、そうなった。――だが、私だって冷静になるしかない。下手な返答をすれば私だって同じように撃ち込まれるかもしれない。それは視線を左に、ズラせば見えてくる拳銃の存在が物語っている。

 一触即発の危機的状況。何がどうなってるのか。どう返答すべきか。

 

 私は考えていると――男は首を傾げ、不思議そうな顔を取った。

 

「まさか、貴方の自分の魔法を知らないんですか?」

「……っ!! いい加減にしろよ。第一、私の魔法は使いもんにならない正体不明の魔法だっての……っ!! 何が―さも当然知らないんですか? って顔をしてんだよ!」


 余りにも、腑抜けた顔で言うものだから、私はつい逆上してしまうと、男は考え込む素振りをして、口をつむいだ。

 ――暫しの無言。何を考えているかも不気味そうな顔だったのだが、少しすると男はあぁ――と何か分かったかのように、口走った。

 

「もしかして、貴方。自分の魔法が何なのか理解してないんでしょうか?」

「さっき、それ言った!! ったく、何なんだよもう……魔法を買い取るとか訳わかんねぇ事言ってんだよ!」

「だとしたら、魔法をさっさと発動してください。そうすれば――」


 分かりますよ。と、ずいずいっとおぞましい程の笑顔を私に近づける。

 魔法を発動すれば、分かる……? 何を言ってるかは分からなかったが、下手に質問を投げかけて殺されるのはゴメンだった。

 

 仕方無く、自分の魔法を発動させようとする。

 

 頭の中で浮かび上がる読んだ事の無い文字列。口ずさんだ言葉は、私にも理解不能だ。だが――これは間違いなく、私の魔法だ。

 一字一句、丁寧に呼び起こし、脳が震えていく。頭の中で、何度も何度も語り掛け、念じた。

 

 ――すると。それは奇跡を起こした。

 むくりと起き上がり、何事も無いようにマスターは起き上がったのだ。止めどなく溢れていた血は止まっており、それは奇跡とも言える魔法の力に違いない。

 

「う……俺は、一体何を……ってぇ、この野郎!! 俺を撃ちやがっ、て?――あれ? 俺、撃たれたよな」

「えぇ、撃ちました。そして、貴方は死んでました。間違いなく、俺の銃弾は貴方の肉体を貫き、心臓を止めましたよ」

「するってーと、何か? ここは天国か?」


 あぁ、良かった。生きていた。無事だったのだ。

 てっきり私は死んでしまったものだと、私は思っていた。――男は何かを言っていたようだが、今の私にはどうでも良い。大事な知り合いを失う事の方が、余程辛く苦しい事だって私は知っている。

 一度失ったものは取り戻す事は愚か、手に入れるのだって難しい。

 そんな大事な人を抱き締めながら、私の耳を胸へと当てる――聞こえてくるのは心臓の鼓動。それはとても安心出来る音だった。


「おいおい。千夏、抱き着くなって」

「だっでぇ、生ぎて、生きてた……っ!!」


 そんな泣き腫らした私をマスターは優しく撫でまわし、ゆっくりと立ち上がる。背中の傷は一切、残ってない。それ所か、撃たれた筈の衣服すらも治っていた。


「いえ、だから――死んでましたって。……って、どちらも聞いてませんね」


 男はやれやれと手を振るが、私にとってはそんな事どうでも良かった。大事な人が――生きていた。その事実だけを噛み締め、安堵の息を漏らす事しか出来ずにいた。

 気付けば自分の頭に拳銃を突き付けられていた事すらも忘れ、泣きながら抱き締めていた。


「さて、話を戻しましょう。これで分かったでしょう? 貴方の力は――いえ、貴方の魔法は」


 ――蘇生です。

 死に絶えた者に、新たな命の息吹を吹き込む。正に最強とも言える魔法の一角です。

 

「よくわからんが、俺ぁてっきり死んだと思ってたぜ」

「ですから。死んだんですってば、貴方」

「でも、ぴんぴんしてるぜ? ほら、この通り――って、いだだだだっ!! 腰、腰がぁ……っ!!」


 ……なんだこれ。異質過ぎる。先程まで殺した者、殺された者とは思えない。話に、合わせて彼はカップに入った熱々のコーヒーを飲んでいる。

 マスターが提供したのだ。折角来てくれたのだから。と


 いや、いやいや。その人、マスターを殺したんですってば。何さらっと、お客様扱いしてるんだよ⁉ 






 流れとしてはこんな感じです。ありがとうございました。

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④さいつよ魔法は蘇生でしょ!! ステラ @sazann403

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