第四話

 夏井川を下っていく二人。そこから渓谷を離れて再び山に入っていく。そしていよいよ五社山のふもとに到着した。石を置いていっては呪文を唱えるチャタテ。一日でできる話ではない。ふもとの祠で一夜を明かす。そして数日かけて封印が完成した。隠れ里の誕生だ。


 「石を持ってないと、普通の空間に行く。でもこの石を持ってると……」


 なにか変化した。


 「今は同じ光景だけど空間が異なる場所に行く。今日からここが天邪鬼の隠れ里だ。里を復活するよ。最初はほったて小屋になるけど許してね」


 (やっと安全な場所を作れた。これで瓜子姫に出生の秘密を言うことができる)


◇◆◇◆


 一方そのころ……ここは岩城平の城下町のある屋敷。そこには佐竹領への合併反対派の重鎮の死骸が転がっていた。それが戦国の世の現実だ。相馬の北は伊達領といって城主は変わり者にして残忍な領主だという。そんな領主と戦うにはこうするしかなかった。さらに南から北条が迫って来ていたのだ。


 「友好国である佐竹に吸収されなくては困る。このまま岩城藩が存続するのは相馬の脅威となろう」


 鬼面からぐぐもった声が聞こえる。手には刀。刀から血がしたたり落ちる。鬼面をかぶった者が一同に集まる。裏口も獲物が逃げぬように固めていたのだ。


「いい仕事っぷりだ岡谷。試験は合格だ。次はおまちかねの天邪鬼退治だ」


 青の鬼面が柱にもたれながら答えた。


「御意!」


 青の鬼面に向かって一同が頭を垂れる。


「ではこの場をおさらばしよう」


 そういうと一同は平の城下町を後にした。


「奴らは鬼洞きどうを後にしたとの情報が入った。もちろんその場に現れた天邪鬼はその場で切り殺したの事」


 すっと石を言見せた。


「我らの里と同じ封印石を使っておるのに気が付かぬとは愚かなり」


 部下たちをにらむ。


「おそらく隠れ里はこの辺の山地であろう。くまなく調べろ。もちろん岩城の動きもだ」


「御意!」


「どうせ朝に発覚しても城下の者は『鬼の仕業』と叫ぶのみであろう。我が手を握り潰したのだからな。人間にはできぬ技。そう、人間にはな……」


 静かに駆け抜けながら一同は闇夜に消えていった。朝になると赤の鬼面を被った者六匹のみが浜街道からそれる。見送ったあとに青の鬼面を外した僧侶姿の長門は答える。


「愚かなり。復讐は何も生まぬ。過去に行き、『おぬ』の世界でしか生きることが出来なくなった者の末路」


 そう、しのびとは鬼と同義であった。


「『隠』は『鬼』なり。まさに彼らにふさわしい生き様。もっとも長門様も似たようなものですがな」


 緑の鬼面がそっと言った。彼らは周囲の住民に気がつかれぬように鬼面を外した。


「わかっておる」


 長門は青の鬼面を懐にしまった。


◆◇◆◇


 結界の外でチャタテは木を切り倒していた。大きな音を立てて倒れていく樹。一方瓜子姫は結界内の未完成の小屋にいた。鬼の能力は本当に驚くばかりだ。「木組み」と言って釘すらも使わずに組み立てるようにして小屋を作ることが出来るのだ。社寺で使われる技法なのだという。チャタテは凹凸の部分を妖術で斬ることが出来る。刃物すら要らない。


 大きな物音がする。樹を切る音では無かった。何かが割れたような音だ。


 (チャタテかしら?)


 「これは封印石の反応です。間違いありません。緑の結界石です」


 「よし、この封印を突破するぞ」


 「「お~!」」


 いっきに駆け抜けていく赤鬼面の集団。そしてついに探し出した相手を見つけた。


 (いた。姫が、いた)


 歓喜と憤怒が同時に岡谷一族にこみ上げてきた。


 「我の一族の恨み晴らすべく参上した!」


 瓜子姫は驚く。


 「この顔に覚えがあろう!」


 赤の鬼面を外したその素顔は長者だった岡谷一人おかやかずとであった。


 「あ……ああ、ああ!」


 「お前のせいで我らは故郷を失い……流人となり行き倒れ、いったん命を失い、そして『鬼』となってこの世に戻ってきたのよ」


 瓜子姫は逃げる。しかし姫の足の速さではすぐに追いつかれた。


「姫! お命頂戴!!」


 悲鳴とともに血しぶきが上がった。


「我、復讐を成就したり!!」


 岡谷は鬼面を被らず勝どきをあげる。岡谷は瓜子姫の首を上げ咆哮した。一族は何度も歓喜を上げた。そこにチャタテが戻ってきた。ただならぬ空気を察知して戻ってきたのだ。


「姫の敵!!」


 だがいかんせん一対多。本物の鬼と言えどもかなうわけがなかった。逃げ行くチャタテ。


「お前さえいなければ私はこんなところに居なかったのだ!」


 岡谷はチャタテに向かって指を指しながら再び鬼面をかぶりチャタテを追う。なんと別の鬼面を被った者が自分と同じ炎の術を撃ってくるではないか。炎は小さいが。


「炎の術っていうのはこうやるんだよ!」


 鬼面を被った人間に業火を浴びせる。断末魔とともに仮面が焼け落ちていった。その正体は台所で働く娘であった。全身に火を浴びてやがて動かぬものとなる。


 (あと五人!)


 しかし飛んできた無数の短剣をよけきれず、とうとう短剣がチャタテの肩に刺さった。


「ぐあっ!」


 (だが逃げなければ。殺される。このままでは天邪鬼一族は殲滅されてしまう)


 チャタテは地面に向かって土の術を撃った。瞬く間に土煙が上がる。せき込む音が聞こえる。成功だ。肩に突き刺さった短刀を抜いて走り去る。


 (逃げろ、逃げるんだ!)


 山を下りて里へ向かう。海が見える。己の服を破り傷口を縛る。


 「逃がすか!! 追え!!」


 もう一回山に登り辺りをうかがう。柿の木があるではないか。


 (よしこれもらっていこう)


 チャタテは柿の木に登って柿の実を取り、柿の実に向かって呪文を撃った。一見何も起きない。田園に出た。あたりを見渡す鬼面を被った者を見つけた。


 (行くぞ!! 当たれ!!)


 木の上からチャタテは柿の実を投げた。見事に鬼面を被った暗殺者に当たる。なんとその場で爆発した。


 「柿の実に爆発の術を仕込ませたのさ」


 肉片になった暗殺者に向かって言う。


 (あと四人!)


 チャタテは陸前浜街道に達した。ここなら鬼面の連中は派手な行動はとれまい。チャタテは頭上の角を布で隠す。それでも肩の傷のせいで血だらけだ。明らかに不審人物である。周りの視線が刺さる。

 陸前浜街道は奥州街道よりも人通りがさらに少ないがまだ人の目がある。そう簡単に派手には動けまい……。そのまま人の流れに沿って行った。木戸宿に行けばなんとかなるはず。安心したその時突然街道の横から飛び出した鎖の鎌が足に絡まった。


 (しまった!!)


 街道の横に引きずり込まれる。布も取れてしまった。短刀を向けられる。腹部に拳をぶつけ、刃を足で落とした。その短刀を拾った。再び鎖鎌の刃が今度はチャタテの首に向かって飛んでいく。そのまま逆に鎖の部分を取った。そのまま業火の術を鎖に浴びせた。敵は鎖をつたって業火を浴びた。悲鳴が上がる。相手はやけどを負った。


 その隙を活かさないわけがない。そのまま心臓に向かって刃を刺す。悲鳴が上がった。鬼面を取るとなんと岡谷の奥方である和子ではないか。


「夫の無念はらすべか!」


 なんとまだ懐に持っていた刃を向けた!!


 間一髪!! のけぞって事なきを得た。


 チャタテはそのまま和子を蹴飛ばして、さらに手刀で何度も和子の胸を刺した。手が血まみれになった。


 「事件だ~!」


 (しまった!!人間に見られた!!)


 チャタテはそのまま木戸方面に行くことを断念し、砂浜まで向かった。ここなら死角もない。北迫川の河口にまでやってきた。傷口を洗う。悲鳴を上げた。傷口がしみる。血だらけの服も洗った。さらに服の一部を引きちぎってもう一回患部をきつく巻いた。


 (どうしよう、岩城藩の役人まで敵になってしまう)


 チャタテはボロボロになった服を着た。その時氷の矢が飛んできた。あわてて跳ね除ける。


 (鬼面!!)


 しかも小柄な体だ。明らかに自分と同じ子供だ。


 「母上の敵!!」


 「やめろ!! こんな事してなんになる!」


 その氷の刃は明らかに傷を負ってる肩を狙っていた。業火の術も突如生じた氷の壁によって阻まれた。


 「業火の術! 破れたり!」


 そこでチャタテは河口の石を拾って呪文を唱える。


「へえ、それを投げて爆発させるの?」


「そうとは限らないさ」


 叩きつけるように投げた。すると周りが熱風が生じた。


「熱い!」


 敵は氷の壁を作った。だがすぐ溶けてしまう。


「隙あり!!」


 そのまま拳によって氷の壁を叩き割り、その氷の壁の先にあった敵の腹を叩き込む。さらに手を握りつぶした。骨音が響き渡る。


「ぐぎゃああ!」


 さらにもう片方の手をチャタテは握りつぶした。さらに鬼の絶叫が河口に木霊した。

 鬼面を取ると予想通り岡谷の子長一であった。さらにチャタテは長一を何度も何度も平手打ちした。長一の顔から血が飛び、歯までもが飛んだ。さらにチャタテは鬼面を足で叩き割った。チャタテは長一の首をつかむ。


「お前ら知ってたんだろ? 俺が瓜子姫に成り済ましてた時、城内でどんな方法で反撃したのか!」


 悲鳴がさらに上がった。


「もうその手で剣は二度と握れまい。お前は鬼になんかになれない。おとなしく農業でもやって一生をすごせ。その顔の傷を見るたびに自分が何やってきたのか思い出せ」


「ぐうううぅぅ!」


 長一は立ち上がれない。


「俺に情けをかける気か!!」


 指を差す鬼だった者。


 「待て!!」


 だがチャタテはおとなしくその場を去った。しばらく歩くと日の出の松という松林にさしかかった。殺気が漲っていた。松林の先には蕎麦畑が広がっていた。


 「待ってたよ、お前を」


 松に寄り添うように待っていた岡谷。


「さあ、決着を付けよう。どちらが鬼なのかをね」


 そして岡谷は懐から鬼面を取り出し、被った。短刀を構えるチャタテ。これに対し岡谷は武士が使う刀を抜いた。チャタテは戦う前から肩で息している。


「お疲れのようだな。楽にしてやってもいいんだぞ」


「断る」


 この会話が戦いの合図となった。岡谷はチャタテに向かって刀を切りつけてくる。よけるのが精いっぱいだ。これに対し、チャタテは業火の術を何度も放つ。だが連戦の疲れでその炎の威力は業火どころかまるで松明の火のようだ。刀をかわすことが精いっぱいだ。

 岡谷はなんと呪文を唱えた。チャタテに向かって水を浴びせた。いや違う、これは酸だ!!


「ぐわあああ!」


 チャタテは悲鳴を上げる。予想ができなかった。いやもう連戦で判断が出来なかったというべきか。


「おっと傷がしみたかな?」


 さらに酸を足に浴びせた。チャタテはさらに絶叫する。チャタテは動けなくなった。ところどころ皮膚が焼けただれた姿で崩れ落ちた。


「一族の敵!!」


 そういうと何度もチャタテに向かって切りつけた。ほとばしる鮮血。チャタテは動かぬ者となった。


「お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ~!」


 チャタテだったものを細切れ肉にする鬼がそこにはいた。


「はあ、はあ、はあ……」


 悪態をつく。


「終わったぞ」


 蕎麦の苗がチャタテの血をどんどん吸い取っていく。やがてそれは根の部分がすべて赤に変色していった。天邪鬼は大地の精霊とも聞く。蕎麦畑に血が反応したのであろう。蕎麦が新種のものとなり力強く茎も太くなっていくのが分かる。


「ち、父上」


 鬼面をも破壊され、壮絶な顔となった自分の息子がそこにいた。かろうじて目を開けているのがわかる。抱き合う親子。


「終わったぞ。宿敵は死んだ。お前の母の敵も討ち取った」


 そこへ拍手が飛んできた。青の鬼面を被った男がいた。


「おめでとう。君は敵を討ったのだ」


「ありがたき幸せ。これも長門様のおかげ」


「たしかに敵を討つことを約束した。だがこれほどまでの騒ぎを起こすとはどういうことだ?」


 岡谷はいぶかしんだ。


「じきにここにも岩城の役人が来る。これではわれらの暗殺計画がばれてしまうではないか」


 岡谷の表情は徐々に恐怖に歪んだ。


「私は言ったはずだ。裏切り者には死でもって償えと」


 そのまま長門は剣を抜き刀を振り下ろした。悲鳴とともに鬼面ごと割られ倒れこむ岡谷一人。


「そうそう。裏切り者がもう一人いたな」


 うれしそうに青鬼は長一を睨みつけて言った。


「あ……あ……」


 青鬼は喉を鳴らす声を響かせた。笑っているのだ。長一は何も声が出ない。そのまま長門の剣が振り下ろされ血しぶきをあげやがて長一は動かぬものとなった。


「これは鬼馬衆が戦場でなくなった時の餞だ。受け取るがよい」


 二人の頭に角を付ける長門。その角も魔力を帯びていた。糸もないのに2人の頭頂にぴたりと吸いついた。角が取れぬことを確認する青鬼がいた。


「これでよい。お前らは『鬼』としての生をまっとうしたのだ」


 死人に向かって頭を下げる青鬼。


「すべての死体に角は付けたか?」


「はい、抜かりありません」


「よし、相馬城へ帰るぞ」


「御意!」


 長門はそのまま呪を唱え空間に割れ目を生じさせると、その割れ目の中に入った。役人が駆け付けたのはそれからしばらく経ってからのことであった。役人は見て驚いた。日の出の松まで赤く染まっていたのだ。こうして「奥州日の出の松」は「血の出の松」とも呼ばれるようになった。

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