幕
こうして一連の騒動は幕を閉じた。一連の事件は鬼の仕業とされ不問となった。それだけではなかった。長門らはこの話を改変させ、歴史の闇に葬ることにしたのだ。
「歴史を作るものは筆を持つものなのよ」
こうして天邪鬼は邪悪なものとされ瓜子姫を襲い、瓜子姫を食べ瓜子姫に成り済ました天邪鬼は育ての親にばれて復讐され蕎麦畑で殺されるという話に書き換えられた。ただし一箇所だけ書き換えられなかった箇所がある。蕎麦の根が赤くなったのは天邪鬼の死によって成したという事実である。こればかりは蕎麦の品種が出回ったせいで改変できなかった。
長門はその後僧侶の姿のまま奥州中にこの説話を琵琶で語ったという。もっともそれは表向きの話で裏では暗殺や情報収集と情報売買にあけくれていたという。
こうして『瓜子姫と天邪鬼』という説話は今日にこのように伝わっている。その本当の真実を今の日本人は知る由もない。
――はずだった。
ところでなぜ長門によって歴史が書き換えられたはずなのにこの話は伝わっているのであろうか。そう、この話には後日談があるのだ。
襲われてから数刻がたった昼さがり。瓜子姫の死骸からやがてまばゆい光が輝く。首飾りが光っているのだ。その光はやがて付近を飛んでいる雀にぶつかった。
瓜子姫は気が付いた。
(あれ? 空飛んでる……)
(私、極楽浄土に行ったのかしら?)
その割にはおかしかった。風景が隠れ里の景色だったのだ。付近の沼に下りて水面を見ると自分の姿に愕然とする。
「なによこれ!!」
水面に映った姿は雀であった。
もう一回隠れ里に戻る。
自分の死骸があった。その死骸は首と胴体が離れているどころか近くの地面に突き刺さった槍の頂に自分の顔が突き刺さっている光景を姫はしっかりと目撃してしまった。
「きゃあああああ!」
雀が飛び回る。壮絶な悲鳴を上げながら雀が飛び回る。しかもなぜか言葉をしゃべっているではないか。
「どういうこと!?」
(落ち着け、落ち着くんだ……!!)
思い出した。
――これお守りよ、きっと何かの役に立つから。
そうだ、お守り。これのおかげで私は転生したのね……。
鳥の目は遠くまでよく見える。そしてよく聞こえる。
チャタテが戦っている!!
空からいそいで駆け付けた。街道で鎖鎌をもっている鬼面と戦っているではないか。
――チャタテすごい!!
しかし鳥の目には見えた。刃の光が。
――危ない!!
しかしチャタテは凶刃をかろうじてかわすことに成功した。しかし姫の目にはその後壮絶な光景を目にする。チャタテの死、そして鬼面を被った者どものが利用され処分された姿であった。
この姿を見てもたとえ言っても何も信じてくれない。だから敵が去った後にチャタテの肉片の周りを飛び回った
「チャタテ、チャタテ、チャタテ~」
「おいこっちだ!」
――役人が来た。離れなければ!!
急いで隠れ里に戻った。
――どうしよう。私、こんな姿でどうやって生きていくの!?
姫は考えた。そして決意した。
――そうだ、他の天邪鬼は? あの時空間転移して逃げ延びたはずの天邪鬼の姿を私たちは見ていない。
真実を伝えないと。それが今私にできる最大の弔い。気を取り直して雀は飛んだ。
鳥になってから移動範囲は各段に広がった。食物も畑の葉っぱなどを食べることで十分おなか一杯だった。
とりあえず雀は鬼洞に戻った。なんと鬼洞の入り口で鬼の死骸を見つけた。だいぶたってるせいか腐乱してる。
――だめだ。ここも敵に知られてる。
夜は木の上で羽を休めて翌日に出発する。天敵にも注意しなければならなかった。その場合は人間の言葉を吐いて驚かせることもあった。最初の隠れ里は吾妻だという。吾妻に戻った。それらしき光景が見えない。今でも結界が機能しているのかしら……。雀はこの辺を飛び回ることにした。絶対に天邪鬼はここに戻ってくるはず!!
◇◆◇◆
一方、空間転移したチャタテの友人コチャテ。ここは雪深い山の中の寺院にいた。
「どうしたね? また人間にやられたかね?」
「その声は和尚様」
「まあなんだ、とりあえず上がりなさい。ただし人に見られるでないぞ」
「よく
そう、ここは伊達藩支配下の会津国ですらない。もっと先の越後国なのだ。
「そなたの主毘沙門天にお祈りしなさい」
「はい」
「祈りは済んだかね」
「はい」
「毘沙門天は夜叉などの鬼の主。夜叉王なのだぞ。あの踏まれてる邪鬼はお主等じゃろう。でも悪さしてふまれてるわけじゃないことは散々説明したはずだが」
ここ越後の地は毘沙門天を信仰する謙信の地であった。
「主等が毘沙門天二十八使者のように鬼から鬼神にして福の神になるのはいつのことじゃろうか」
ずらりとならんだその二十八の像は角こそないものの明らかに鬼に近い風貌であった。いきいきとした風貌である。
「瓜子姫を助けました」
「瓜子姫が生まれてしまったのか!?」
「はい。大地が反応して瓜に命が吹き込まれたのでしょう。天邪鬼と人の血が入った子が……」
人と天邪鬼の血が瓜に付くとまれにそういう事が起きる。
「はい。その瓜子姫は予想通り相馬家城主の姫の候補になりました。当然瓜子姫は拒否し、チャタテが成り済ましで助けたところ、裏を取られ隠れ里全体が襲われました」
「なんとお前らは……無謀よの……」
和尚は呆れた。
「相馬も馬鹿よの。鬼の血筋を入れた子なら天下が取れるとでも?」
和尚は鬼を見つめた。
「で、どうするのじゃ……」
「万が一の時に転生の石をチャタテの母に渡しておきました。チャタテは女でありながら立派な天邪鬼族の勇者です。失敗しません。ですが万が一失敗し、命を落とした際は近隣にいる鳥に転生するようにしています」
「そうか……」
戸を開けて外の景色を眺める和尚。
「三月待つのじゃ」
「三月!?」
「雪が舞い降りるころ。その時、瓜の形の旗を持っていくがよい。そして元の里に戻ってくるのじゃ」
「それで?」
「姫とチャタテが無事ならそれでよい。チャタテは新しい里に行くはずじゃ。今鬼洞に行くのは危険。奴らに狙われるようなものじゃ。事が収まったら昔の里に行くがよい。お主等が行った結果どんな結果がわかるじゃろ。ダメだった場合はここにもう一回来るのじゃ」
「和尚様、ありがとうございます」
「例には及ばぬ。その代りここで奉仕してもらうぞ」
「はい」
◆◇◆◇
こうして三月後に瓜の巨大な旗を立てた。もちろん結界のギリギリ外である。毎日瓜の旗を掲げ、隠れ里に少しだけ入る。残党狩りに合わぬよう。
姫だった雀はその旗を見た。急降下して何度もぐるぐる回る。
「私よ!! 瓜子姫よ!!」
コチャテは驚いた。
「姫、そのお姿ということは……」
「え? 知ってるのね!?」
「知ってます。まずは一緒にお供ください」
こうしてコチャテと瓜子姫だった雀は空間移動し、阿賀の毘沙門堂に着いた。
「姫、このような姿にしてしまって申し訳ございません。我々は姫を守れませんでした!」
土下座するコチャテ。
「まあなんじゃ命だけでもあってよかったではないか。で、いきさつはどうだったのかの?」
いきさつを聞いて和尚は考えた。
「いきさつをここに全部書き写す。コチャテ、やってくれるか?」
「はい、和尚様」
「それとこの仕事が終わったら、この辺に隠れ里を作るのじゃ。上杉の領地まで奴らは入ってこれまい。いや、奴らがここへ偵察に来たところで……」
和尚はそういうと懐から取り出した黒の鬼面を貌に付けた。
「コチャテよ、越後の地に奴らが来たら我らに知らせよ。我らが殺す!」
「はっ!」
「コチャテよ、チャタテの監視実にご苦労であった……。ところで」
うれしそうに黒鬼は雀を見た。
「姫よ、そなたに選択肢はない。この事実を書き記した後、そなたは空から鬼馬族の偵察をしていただく」
その声は黒に黒を塗りつぶした殺気の漲った声であった。
「姫。約束守ってくれないと、今度こそ死ぬよ?」
そういいながらコチャテの爪が熊手のように伸びていった。雀は戦慄を覚えた。
こうして本物の瓜子姫と天邪鬼の冒険は記された――!
そしてこの古文書は二一世紀に発見され、新たな瓜子姫の物語に追加されたのである。
<終>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます