第三話

 懸命に稽古に励む人々がいた。長者の一家だ。木刀を振るい、術を唱える。わずかな期間で上達した。もちろん首からぶら下げている魔法の石のなせる業だが。


「よくやった岡谷一族。これは卒業の証だ」


「鬼面!?」


 それは赤の色に覆われた鬼の面であった。


「我らは鬼馬衆きましゅう。相馬に身をささげるしのびにして、鬼よ」


 (鬼馬衆!?)


「今日からそなたは、『鬼』になるのだ」


「鬼……」


「そう、貴殿らはこの面を被り情報収集を行う。本当は敵国に潜入したときにしか鬼面を被らないがな。そなたらは特別の事情があるゆえ藩内でも被ってもらう」


 長者岡谷一人は赤色の鬼面をまざまざと見つめた。まさに今の私たちの気持ちそのものを表現していた傑作であった。鬼面には当然牙も角もある。その牙と角がより怒りと悲しさを同時に増幅させていた。鬼面には紐もなかった。岡谷は鬼面をまざまざと見つめそしてそっと貌にはめた。鬼面は第二の肌のようにぴたっと己の貌に吸いついた。


 「気にいった」


 岡谷の声も変わった。くぐもった声になった。


「この面にも魔力が込められている。己の声も変えることができる。すなわち己の素性も隠すことができる。城主の前に出るときは面を付けるがよい。この面は戦の時には面頬にもなる。今日からお前らは鬼だ。そなたらは鬼として瓜子姫と天邪鬼を殺せ。鬼が鬼を殺すのだ」


 そっと岡谷の肩に手を載せる長門。


「そう、鬼が鬼を殺すのよ……」


「我らは鬼」


「そうだ、岡谷」


 それを聞いた岡谷はくぐもった笑声を仮面から響かせた。


 忍びの里には結界が張られていた。その声は『鬼』のみが堪能した。


「そう、我らは鬼」


 僧侶の姿の長門はそういいながら懐から取り出した青の鬼面を被った。


「もっとも相馬のためにもお前らは働いてもらうぞ。もちろん鬼馬衆に対する裏切りは死をもって償うものとする。その時はこの姿でもってお前らを葬ろうぞ」


その声は北風の声であった。


「はっ!」


 一同が青鬼に頭を垂れる。鬼面には赤だけでなく緑の鬼面もあった。


 「出世すれば赤の鬼面は緑の鬼面となる。だから緑の鬼面を見たら敬意を払うがよい。お主等が赤の鬼面から緑の鬼面になることを楽しみにしてるぞ」


 「御意」


 (こいつらは、使える。よい道具だ)


◆◇◆◇


 一方のチャタテと瓜子姫は山を南下する。そしてやってきたのが鍾乳洞であった。


 「ここで魔法の石も取れる」


 洞窟の入り口はまるで地獄への入り口のようであった。


 「行くよ」


 そう言うと手に持っていた木の端に油を塗った。そして炎の呪を唱えた。それは松明となった。


 「姫はここに残るかい?」


 「それもいや!」


 「だよな~。追手が来るかもだし。大丈夫。この先に地獄なんかないから。いくら俺たちが鬼でも俺たちは獄卒じゃないよ」


 洞窟の中は幻想的な光景であった。まるでこの世の物とは思えない美しさであった。だが足元をすべらすと危険であった。そこは天邪鬼たちが「竜宮洞」と呼ぶ場所であった。


「今度は違う石を拾うんだ。残念。まだ誰も来てないみたいだ」


 さびしい顔をするチャタテ。


「この祭壇に石を載せるんだ」


 すると洞窟内で七色に光った。


「わっ!!」


 瓜子姫が驚く。なんて神秘的な光なのだろう。


「終わったよ。これで新しい結界の石ができた。新しい鬼の村を作る」


 最後にチャタテは『天邪鬼チャタテ、緑の結界の石を作る』と書いた。


「これで同族が来ても安心だ。別の結界の石を作られても困るしな」


 二人は洞窟を出た。瓜子姫にとっては地獄から生還したような気分であった。


「出てから言おうと思ったけど、ここは『鬼穴』とも言われていて普通の人は恐れて来ないから大丈夫だよ」


 それを聞くと瓜子姫の顔つきが変わった。


「というか人間来たら最悪殺すけどね」


「チャタテ、それだけはやめて」


「分かってるよ。あくまで最悪の場合な。でもそうしないと人間が来るからな」


「うん」


「さ、川を下ろう。その先に小野町がある。そこからまた山側を目指す。そこに新しい村を作る」


「え? 町に出ていいの?」


「俺たちももう限界だろ? たまには姫にまともな寝室で寝てほしいから」


「ありがとう……。でも大丈夫?」


「危険だけど旅路の途中で倒れるよりよっぽどいい。それに、盗んだものを町で金に換えないとな」


 姫は一気に呆れ顔になった。


 町に行って換金してもらう。そして実に2人にとって一週間ぶりの人家で泊まることとなった。もちろんチャタテは頭の角を隠している。温泉にも入った。二人は寝室に入る。


「冒険ももうすぐ終わりだ」


「ええ」


「地図を見てくれ」


 チャタテは地図を広げた。


「ここに神楽山、猫鳴山、五社山、三森山とある。姫はどこがいいと思うかい?」


「ここがいいわ」


 指差したのは五社山であった。


「なんで?」


「海にも行けるから」


「そっか、海か……。隠れ里なんだけどそれも悪くないか」


 鬼は一呼吸置く。


「ちなみに僕らが前いたところはここだ」


 そこは吾妻あずまと呼ばれる場所であった。


「そんな遠くから!?」


「あの呪文は三十理までなら瞬時に移動できる」


「だって君の住んでる場所はあまり雪降らなかったでしょ?」


「あ……」


「少なくとも相馬の長者の里らへんじゃないってことは分かってたけどこんなに遠かったなんて」


「そっか。そうだよね」


「今度は君の育った場所に近い場所にするよ」

 

「ありがとう」


「そこが君の新しい故郷だよ。ここなら岩城藩いわきはんだ。相馬の地じゃない。もっとも相馬藩の地に近いからこのあたりの領地取られたらきついけどね」


「もっと南には行かないの?」


「これ以上南の佐竹藩まで行ったら同族の鬼と会えなくなるかも。それに鬼にも領域ってもんがある。僕らの天邪鬼が許されてる領域は南だとこことここまで」


 指を差したのは勿来なこその関所と白河しらかわの関所であった。


「それに僕らの一族は昔この一帯ならかつて普通に住んでいた」


「え?」


「勝手に人間は僕らを鬼と称してどんどん山や北の大地に追いやったのさ。『勿来』の意味って知ってるかい? 『来るな』って意味なのさ。人間は誰に対して『来るな』って言ったと思う? 僕らなんだよ」


 (「勿来」とは「鬼は来るな」って意味なの?)


「だからそういう意味でもこのあたりの土地は捨てられない。まあ夜も遅くなるし、続きは明日にしよう。取りあえず夏井川を途中まで下るよ」


 瓜子姫が行燈の火を消した。

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