13.寝ぼけた人が見間違えたのさ
いかにも最先端と言った清潔感溢れるビルの廊下、その角から突如としてゾンビが数体湧いて出る。ニアはそれを気持ち悪がる素振りも見せず、素早く銃口を合わせて引き金を引く。バンバンと射撃音が続けて鳴るとともに、ゾンビたちは大きくのけ反って倒れる。
右上のスコアにゾンビの撃破とヘッドショットの成功によるポイントが加算されていく。
「ニア、上手いな」
「これくらいよゆー」
横で銃を構えていた正也が褒めるとニアは誇らしげに目の奥を輝かせる。
目の前の敵を処理し終えると、ゲーム画面は勝手に先へ先へと進んでいく。
「これ、リロードは?」
「画面外に向けて撃つとリロードだ。ちょっと時間掛かるから注意な」
正也の後ろで画面を見ていた慧が答える。ニアは言われた通りに手元の銃を模したコントローラーを液晶の外に向けて、トリガー式のボタンを押す。するとガシャっと銃のマガジンを引き抜くような音と共に、左下の残弾数が回復していく。
「おお―」
小さく感嘆の声をあげ、銃を構え直す。
慧が提案したのはゲームセンターだった。結果が分かりやすく表れるので勝敗も決めやすく、きっとニアにとっても初めての場所だろうと予想しての案だ。
その予想は正解で、ゲームセンター特有の音の洪水に最初は目を回していたが、少しすればすぐに慣れたようで色々なゲームに興味を示し始めた。
その内の一つが今プレイしている、ガンシューティングゲームだ。突如としてゾンビが発生した世界で、それらゾンビを銃で撃ちながら進んでいく、定番所のゲーム。
そしてクレーンゲームや他のアーケードゲームとは異なり、二人での協力プレイが出来るため、折角ならこれで勝負を決めようという話になったのだ。ルールは単純、猫派と犬派で分かれて順番にゲームをプレイし、最終スコアの高かった方が勝ちだ。
先行は正也とニアの猫派。ゲーム画面では、主人公たちの乗ったエレベーターが地上階に着いて、今まさにドアが開くと言ったところ。
チーンとベルの音が鳴り、エレベーターのドアが開く。
そこには大量のゾンビがごった返していた。そのゾンビたちが、エレベーターの音に反応して一斉にこちらを向く。
「ひっ!?」
二人の後ろで見ていた宵月が短く悲鳴を上げる。
それは当然慧の耳にも届いた。ゲームをプレイする二人を見ていた慧だったが、宵月の悲鳴を聞いて咄嗟に横を見た。
「な、なんですか」
「いや……、なんでもない」
宵月が口を両手で塞ぎながら、ジトっとした目を向けてくる。あたかも、さっきの声は自分じゃありませんとばかりの態度に、慧は言おうとしていた言葉を渋々飲み込んだ。
ゾンビに相対している二人はそのやり取りどころか宵月の悲鳴も気にする様子はなく、目の前のゾンビに向けて銃をぶっ放していた。
正也の大胆な乱射とニアの確実な射撃で少しずつ数を減らすものの、そもそもの母数が多いため中々ゾンビの波は途切れない。
「……マサヤこのゲーム、ナイフとか無いの?」
「多分無いし、あってもニアみたいには動けないよ」
「じゃあしかたない」
そんな事を言いながら迫りくるゾンビを処理しているとようやく攻勢は弱まり、最後の一体にニアがヘッドショットを決める。一山を超えた二人はホッと息を吐く。
その後もゲームは進み、度々現れるゾンビに所々苦戦しながらも攻略していく。その道中、慧は横から悲鳴らしき物を何度か聞いて横を見たが、毎度宵月は同じ様な反応を返した。
そしてついに、残りライフ一つの状態でゲームの主人公たちは出口に差し掛かる。あとは目の前に伸びる長いエントランスを走り抜けて外に出るだけ。
視界内は一本道で敵の姿は無い。もうこれでゲームクリアだろう。正也は構えた銃を降ろす。それを見たニアも釣られて銃を降ろした。
宵月も、もう終わったのだと胸を撫で下ろす。
「ふう、案外リアルでビックリし――」
その瞬間、轟音と共に横の壁を突き破って一際大きな怪物が姿を現した。
「たぁぁぁぁぁ!?」
「っ!」
「ひゃあああああ!?」
三者三様、様々な悲鳴が上がる。慧はその悲鳴たちを愉しそうな表情で聴いていた。
「マズいマズいマズい!」
「ひきょう……!」
不意を突かれた正也とニアは急いで銃を構え直して怪物と対峙する。初動が遅れた上に動揺で対処が間に合わず、怪物からの一撃を受けてしまう。ギリギリで保っていた残り一つのライフは無情にも削られ、画面にゲームオーバーの文字が躍る。
「あー! 惜しかったのに!」
「……くやしい」
「お疲れさん。ちなみにあそこ抜ければ本当にゴールだぞ」
「やっぱりそうか―、でもあんなの気ぃ抜いちゃうだろ」
「ん」
慧の言葉を聞いて二人は更に表情に悔しさを滲ませる。一種の爽やかさもあるその顔は、ゲームが楽しかった事を暗に伝えてくれる。
「というかその口振り、もしかして慧、このゲームやったことあるのか?」
「まぁな。って言っても、中二とかそれくらいに一時期遊んでただけだけどな」
慧が中学生くらい、自分にも何か一番になれる事は無いかと探す意志がまだ残っていた頃、慧は色々な物事に手を出していた。
ゲームセンターもその一環で、多様なゲームに触れてはそこそこ良い記録を残して、上位との差を痛感してまた別の物へ、というサイクルを繰り返していたのだ。
なのでこのゲームに長い間ハマっていた訳でも無いが、最後の怪物のギミックに関しては自分も初めて見たときにビックリさせられたので良く覚えていた。
「それ黙ってるのズルいだろー」
「そーだそーだー」
「だって聞かれなかったし」
「良くないヤツのやり口だー」
「そーだそーだー」
「ははは、勝負だからな。なんとでも言うが良いさ」
正也とニアからぶーぶーと抗議の声が上がるが、慧はのらりくらりとそれを受け流す。特にニアに関しては声に抑揚も何も無いので、ただ何処かで聞いたり読んだりした言葉を言っているだけなのだろうな、と容易に想像出来た。
「それじゃあバトンタッチ」
「おう」
慧は正也からコントローラーである銃を受け取る。軽くも重くもない絶妙な重量感が、慧にかつての記憶と懐かしさを思い出させる。
このゲームに熱心だったあの日。結局これでも一番を取る事は叶わず、自らの中途半端さを証明する出来事の一つとして終わってしまったあの頃だが、今になって報われる日が来たのかもしれない、とそんな事を考える。
上位には届かず、三年ほどのブランクもあるが、それでも流石に宵月や正也よりは上手い自信が慧にはあった。だから、ここでならば宵月に多少なりとも良い恰好が出来るかもしれないと、そんな事を考え――ていた。さっきまでは。
そもそも、それが本旨では無いとは言え高校生にもなってゲームの上手さで意中の相手の気を惹こうとするのはどうなんだ、とかそういう葛藤もあったがどうやらそれ以前の問題だった。
銃を手で弄びながら、慧は宵月の方を見る。
「ヨツキ、はい」
正也にならい、ニアも宵月へコントローラーを差し出す。だが宵月はそれを受け取らない。それどころか、宵月は話しかけたニアに反応を示さずにゲーム画面の映っていた液晶パネルを遠い目で眺めている。心ここにあらずと言った様子だ。
「……」
「ヨツキ?」
「へ? あっ、私の番ですね! ありがとうございます」
二度目の呼びかけで宵月はハッとして、慌ててニアからコントローラーを受け取る。取り繕った笑顔には、僅かに汗が浮かんで見える。
「ヨツキはこういうゲーム、やったことある?」
「い、いえ。ゲーム自体あんまりやらないので」
厳格で古風な東童家にはもちろんゲーム機など無く、娯楽は専ら読書だった。尤も、宵月はその読書も寝る前や身体を動かせない時に嗜んでいただけで、魔力制御や身体の鍛錬を行っている事の方がずっと多かったが。
「じゃあ、わたしがおしえてあげる」
一日の長ならぬ、一ゲームの長があるニアが、得意げに胸を張って言う。
「そうですね……、ご教授願えますか?」
「ん。まかせて」
少し逡巡しつつ、意を決した表情で宵月はニアに指導を仰いだ。師となったニアが、起伏の薄い声で雄弁に語り始める。
「銃をかまえて、頭にむけてトリガーをひく」
「ふむふむ、それから?」
「おわり」
随分あっさりした指導だった。コツみたいなものを教えられる訳でも無く、本当に必要最低限の事だけを教えるだけだった。
「これだけ出来ればだいじょうぶ」
確かにそれは間違いない、と慧は心中で頷く。それが出来るようになるための技術を得るのに多くの人は苦戦するという過程を省いているだけだ。
その点、ニアは初プレイのはずなのに銃の扱いが巧かったな、と改めて少々感心する。
「ありがとうございます、ニア。私頑張ってきますから」
当の宵月も、自分にとって必要な物よりも数段先なアドバイスだとは思いながら、意識して明るく感謝を告げた。
「ん、がんばって」
一応勝負の相手であるはずのニアから激励を浴びて宵月は表情に笑みを浮かばせつつ、ますますマズい事になったな、と内心で焦りを膨らませる。
そしてその懸念は慧も同じ物を感じていた。
「……どうしたんですか慧。は、早く始めますよ」
正也とニアの視線を背中に受ける宵月が、震えかけの声で慧にゲームスタートを促す。
どの口でそんな強気な事を言っているのか。そう思うものの、宵月の瞳は既に覚悟を決めた色をしている。その覚悟を折るような事は、慧には言えなかった。
宵月はホラーが苦手でこのゲームも出来る事ならやりたくないと思っている、なんて事は言葉にしなかった。
「本当に良いんだな? 今ならまだ退けるぞ」
それでもどうしても気に掛かり、心配の言葉を掛ける。だがそれは宵月の反発心を煽る形にしかならず、最後通牒にも耳を傾けずに宵月はそそくさと硬貨をゲーム機に投入する。仕方ない、と慧も続けて硬貨を入れる。
クレジットを受け入れたゲーム機は腹の底に響くような低音を返す。
画面では物語の導入となるムービーが流れ始める。
「あ、あー。久しぶりだから緊張するなー。な、宵月?」
「大丈夫……大丈夫……」
心の籠らない声で慧は宵月の反応を窺うが、宵月はまるで呪文でも唱える様にボソボソと自分に言い聞かせている。
ああ、これは駄目だ。意志こそ強く持っているようだが、銃を構える腕がプルプルと震えている。どう見たってめちゃくちゃ怖がっている。
「怖くない怖くない……、ゾンビなんて怖くない……!」
「そうだな、ゾンビなんて怖くないよな」
だが、慧は宵月を信じると決めたのだ。宵月はどんな壁にも、どんな障害にも負けない、そういう人間だと信じぬき、背中を押し続けると決めたのだ。
「こっ、こんなのただの映像ですし、少しも怖くなんて――ひゃああああっ!?」
早口でまくし立てている途中で導入のムービーが終わり、ゲーム開始と共に画面に大きくゾンビが映し出された、宵月はそれに驚いて可愛らしい悲鳴を上げる。
「無理無理、やっぱり無理ですぅぅぅ!」
目の前の敵を排除しようとトリガーを目一杯引くが、マトモに画面を見れていない宵月の銃弾は見事なくらいに当たらない。
「大丈夫だ! 宵月、映像だから! 大丈夫だから!」
想像した通り、いや、それ以上の取り乱し方に慧は言葉での鎮静化を図るが、当然聞き入れられない。
それなら、と何とかゲーム面でカバーしようとするが、二人プレイで想定されている敵の量に一人で対処しきれるはずもなく、ゾンビの猛攻によってあっと言う間にライフがゼロになる。
それでもかなり凌いだ方だが、恐怖で動揺している宵月が慧のプレイの上手さに気づく余裕はなく。つまるところ、高校生にもなってゲームで異性の気を惹くのはどうなのかとか以前に、気を惹きたい異性はそれどころでは無かったのだ。
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