12.KAWAII WAR
結局あの後、五分ほど掛けて正也はなんとか場を平定する事に成功した。宵月もニアも試着した服を買い、その荷物は正也に一手に任されている。その状態でショッピングモールの中を当てもなく歩いていると、ニアがペットショップで足を止めた。
上下段に分かれたショーケースの下段。そのガラス面に屈んだニアがそっと手を重ねる。するとケージの中の子猫がその手を捕まえようと小さな両前脚でガラスをカリカリと擦る。
「!」
ニアは無言で目を見開いた。手を左へゆっくりとスライドさせると、子猫もそれを追いかける。じゃれつくように鼻先を近づけたり、前足を合わせてみたり、小柄な体躯をのびのびと動かしている。
それを見ながらニアは震える声で呟いた。
「かわいい……! マサヤ、ネコ、かわいい!」
「ははっ、そうだな」
子供のように目を輝かせてそんな事を言うニアも相当可愛らしく、正也含め三人の頬は緩んでいるがそれに気づかないくらい、ニアは猫に夢中だった。今も手を左右に動かして子猫と遊んでいる。
「ニア、遊んであげるのも程々にしてあげてくださいね。その子が怪我したりしたら大変ですから」
微笑ましい光景ではあるが、過度に興奮させてしまったり、疲れさせてしまったりとペットショップの動物に構い過ぎるのもあまり宜しくない。宵月が優しく注意をするとニアは名残惜しそうにしつつも、すぐにガラスから手を離す。
「ん。わかった」
それでも視線は猫に釘付けになっている。遊び相手を失った猫はショーケースの中を歩きまわっている。ゆらゆらと揺れる尻尾に釣られるように、ニアの視線もゆらゆらと宙を漂う。
「ふふっ、ニアは猫派ですか」
「ん。ネコはかわいい。さいきょう」
「最強とまできましたか」
鼻息荒く猫を支持するニアに宵月はつい笑ってしまう。
「うんうん。やっぱり猫が最強だもんな」
一歩引いた後ろで、同じく猫派の正也が深く首を縦に振り同意を示す。
「ヨツキもネコ、すき?」
「んー、猫も良いですが私は犬派ですね。ほら、見てください」
宵月はニアが見ているショーケースの上段側に視線を注いでいる。
屈んでいたニアが立ち上がり、宵月と顔を並べる。
そこでは、二匹のモフモフとした子犬がクッションベッドの上で身を寄せ合うように眠っていた。
「わぁ……」
こちらから寝息を聞き取る事は出来ないが彼らには外の音が聞こえているのか、眠っている内の一匹の耳がときたまピクピクと小さく動いている。
「どうです? 犬も可愛いでしょう?」
「……ん。たしかにかわいい」
「そうでしょう、そうでしょう」
満足気に宵月はうんうんと頷く。
「ケイは? イヌとネコどっちがすき?」
「俺も犬だな」
「む、ちょうどバラバラ」
猫派の正也とニア。犬派の慧と宵月。四人のグループだったはずの集まりが、実は二人と二人の構造であった事に気づいたニアは思案顔をしてから言う。
「じゃあ……たたかうしかない」
「どうしてですか」
「まぁ、そうだよな」
「そうなるね」
「そうなるんですか……?」
皮切りとなるニアはもちろん、正也も慧も同意見のようだった。宵月だけが疑問を挟むが、それは誰にも聞き入れられない。
「二人とも、猫派の軍門に下ってもらうぞ」
「ん。ようしゃしない」
猫派の好戦的な言葉に慧は負けじと食って掛かる。
「こっちだって、お前らに犬の可愛さを叩き込んでやるさ。なぁ、宵月」
「いえ、状況が全く呑み込めてませんが」
宵月を余所に、三人は熱を増していく。
置いてけぼりにされている宵月は、また始まった、とそのやり取りを温かく眺めていた。
というのも、こういう流れは何も初めてではない。あの三人は何気ないやり取りから急に大袈裟な茶番劇を始める事がたまにある。そういう波長が合わない宵月は、合わないなりに天災や自然現象などと同じカテゴリでそれを受け止めている。
傍観者に徹するコツとしては『犬と猫どっちも可愛い、では駄目なんですか?』などの正論をすぐには言わない事だ。
ちなみにこの手の掛け合いは一年次から正也と慧の二人だけでも起きていて、後にニアもこのノリに乗っかれるタイプだと分かった時はちょっとだけ疎外感を覚えたが、それはまた別の話。
「それじゃあ勝負は……何にしよう」
「じゃんけん?」
「それは最終手段だな」
見切り発車の勢いはそう長く続かず、すぐにグダグダになる。これもまた良くある幕引きだ。
「にらめっこ?」
「ニア、変顔とか出来るのか?」
「あ、ちょっとみたいかも」
正也がそう言うと、ニアは少し黙って想像する。そしてほんのりと顔を赤くした。
「……やっぱりにらめっこは無し。だめ」
「そうですね、この感じだと私も巻き込まれそうですし却下です」
女性陣が揃って厳しい顔をする。語気にも僅かばかりだか普段より強い否定の色がある。
にらめっこはゲームの性質上、相手を笑わせるために変顔をする必要がある。男子にとっては変顔なんてそんな気にする物でもないが、女子にとっては抵抗感のある行為だろう。それが好きな人の前なら尚更だ。
慧はこの機微を悟って、あえての無反応を貫いたが正也がそこに思い至る様子はない。そうかー、などと言いながら別の案を考えようと頭を捻っている。
そこで慧はある事を思い付いた。
「なら、あそことかどうだ? 多分ニアは行った事無いだろうし丁度良いかも」
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