11.服は着せてる方が楽しい

 服屋の一角。試着室のカーテンが引かれ、着替えたニアが現れる。

「……どう?」

 着慣れない服装が恥ずかしいのかもじもじとしながら訊ねる。

 さっきまで着ていたお嬢様のような装いとは異なり、普段着寄りのラフな、けれども可愛さも忘れていない服装のニアに正也は心臓を高鳴らせる。

「おぉ……! さっきのも良いけど、こっちのも凄く似合ってる」

「やった!」

「……あり、がとう」

 正也の褒め言葉を聞いて真っ先に喜んだのは、宵月だった。褒められた当人のニアは、恥ずかしさからほんのり赤く染まっていた頬が更に上気させる。

 慧たちが最初に入ったのは服屋だった。ニアに自分のお下がりだけでなく、もっと色々な服を着せてあげたい、という宵月の希望によるものだ。

 ニアへの誉め言葉に対して宵月が一番喜びを露わにしているのも、服のコーディネートが宵月によるものだからだ。一からニアに合わせて選んでいるだけあって、ニアの良さを全部活かしてやろうという気合いを感じる。

「じゃあニア、次はこっちを着てみましょう」

 宵月は手に持った別の服をニアに突き出す。

「これも……?」

「大丈夫です、絶対似合いますから!」

「ん、わかった」

 興奮気味の宵月から服を受け取り、試着室のカーテンを閉める。

「次は何を着てもらいましょうか、さっき見たのも良いですし、あっちのも良いと思いませんか?」

「楽しそうだな、宵月」

「はい。正直かなり楽しいです」

 着替えを待つ間も宵月は身体をワクワクさせて落ち着きがない。ここまでテンションの高い宵月も珍しいくらいだ。

「みたいだな。ニアが完全に着せ替え人形にされちゃってる」

 正也はおかしそうに笑いながら、頬を掻く。

「それで良いのか、彼氏さんよ」

「ニアも本当に嫌なら嫌っていうだろうし、そこは宵月も分かってるだろうし」

「なるほど。それから?」

「俺も色んな格好のニアをもっと見たい」

「ですよね! 正也としては、どんな感じが良いとかありますか?」

 至って真剣なトーンで言い切る正也に潔さすら感じる。それに宵月も乗っかって、更にテンションのギアを上げていく。

「……きこえてる」

 待ったと言わんばかりにシャッと勢いよくカーテンが引かれ、また新しい服装のニアが姿を現す。今度はボーイッシュな印象で纏められている。少しオーバーサイズの物を選んだのか、シルエットが全体的にブカっとしている。その着られている感が、小柄なニアのイメージに合っていてますます可愛く見える。

 一つ問題点を挙げるなら、それを着ているニアの頬が不機嫌そうに膨らんでいることだろうか。

「おー……、似合ってて可愛い、ぞ……?」

 バレた気まずさから、歯切れは悪いがそれでも褒め言葉を欠かさない正也。

「……それは……うれしい……」

 頬の空気を吐き出し、また赤い顔でお礼を返すニア。恋人同士特有の甘ったるいムードが立ち込める。

「こほん。それじゃあ会計を済ませて次に行きましょうか」

 宵月が咳払いをして、そのムードに割り込む。

「どうしますかニア、そのまま着て行きますか?」

「んん。もとのがいい」

 ニアは首を横にふるふると動かす。

「もしかして、好きじゃありませんでした……?」

 不安そうな顔で尋ねる宵月。しかしニアはそれにも首を横に振る。

「どれもすごくすき。ぜんぶもステキで、マサヤもかわいいって言ってくれた。でも、ヨツキが初めてわたしにえらんでくれた服だから、きょうはあれがいい」

「ニア……」

 宵月が嬉しそうにポツリと漏らす。ニアは僅かに微笑みを返す。

「分かりました。じゃあ着替え直しましょうか」

「ん」

 試着室のカーテンが閉められる。

「……ふぅ」

 宵月は軽く深呼吸をする。興奮で火照った頭をクールダウンするように、体内に空気を取り入れる。吐いて吸って、また吐いて。その口元は緩やかな弧を描いていた。


 少しして元の服装に着替え直したニアが試着室から現れる。腕の中にはさっき試着した服が収まっている。

「おまたせ」

「大丈夫ですよ。それじゃあお会計は……」

 宵月はキョロキョロと辺りを見回し、試着室を後にしようとする。

 が、それをニアが服の裾を掴んで止める。

「ニア? どうかしましたか?」

「わたしだけはふこーへー。これ、もってて」

「え、ちょっと、ニア!?」

「いいから。まってて」

 そう言ってニアは服を宵月に持たせると、一人で店の奥へと小走りで駆けて行った。

「どうしたんでしょう……?」

「さぁ……?」

 残された三人は揃って顔を見合わせる。そうしていると、言葉通りすぐにニアが戻ってきた。

 手には服が一セット握られている。今ニアが着ている、宵月のお古の服に近い印象のそのコーデを、ニアは宵月に差し出す。

「あ、これ……」

「着て」

「わ、私がですか?」

「ん。きっと似合う」

 自信ありげに更にグイと突き出す。宵月は突然の事にポカンとしながら、微笑んでそれを受け取る。

「分かりました。ちょっと待っててくださいね」

 宵月が試着室へ入り、カーテンを閉める。

 着替えの待ち時間、慧が抑えたトーンで話しかける。

「なんであの服を?」

 じっくりと見た訳では無いが、慧はニアが渡した服のチョイスから何処となく宵月に似通ったセンスを感じた。それに、あんな短時間で選んでこれたのも気になった。まるであの服があそこにあるのを知っていたかのようだ。

「わたしに着せる服をえらんでお店の中を歩いてたとき、ヨツキがほかの服よりも一瞬だけ長くみてたから」

 慧にならって小さい声でニアが説明する。

「オシャレとかはまだ良くわからないけど、あの服を着たヨツキはきっとすごくキレイ。だって、ヨツキがすきになった服だもん」

 その言葉を聞いて、服を持ってきたニアがやけに自信ありげだった理由を理解する。ニアは自分のセンスに自信を持っていたのではなく、自分に合う服を選んでくれた、宵月のセンスを信じているのだ。

「き、着替えましたけど……」

 戸惑い交じりの声と共に、試着室のカーテンが開かれる。

 慧は思わず息を呑んだ。さっきまでがラフ寄りな可愛らしい服装だったのに対し、今の宵月には綺麗という言葉の方がしっくりくる。宵月が纏う高潔で清純な雰囲気をより引き立たせるような、自然と目が惹き寄せられる、そんなオーラがある。

「へ、変じゃないですか? 浮いちゃったりしてませんか?」

「そんなこと無い。すっごくにあってる」

 煌びやかな宵月の姿に、ニアは目を輝かせる。

「というか、ヨツキが着たい服のはず、どうしてはずかしがってるの?」

「着るつもりで見てませんでしたから、心の準備が出来てなくて……どう、ですか?」

 上気した顔で、宵月がチラリと正也たちの方を見た。

 正也もコメントを求められている事に気づいて、それから視線を僅かにニアへと彷徨わせる。それは正也なりの葛藤の表れだ。

 彼女の前で他の女の子を褒めるのは良いのか、とかそんな事が頭に過ぎったのだ。それはきっと彼氏としては正しいのだろう、臆病だが優しい気遣いだ。自分の彼女にとっては、だが。

 言葉を求めた宵月の視線が微かに曇る。その目線の動きに慧は気づいて、堪らず口を開いた。

「凄く綺麗だ、めちゃくちゃ似合ってる。他の誰よりもずっとずっと魅力的で、素敵だ」

「え……?」

 突然、歯の浮くような台詞を連ねていく慧に宵月は目を丸くする。

「って、正也が言ってたぞ」

 そしてすぐに話題の中心に正也をすり替えた。

「俺!?」

「マサヤ……?」

 スッとニアが無表情に正也の方を見つめる。言葉も何も無いのに、異様な圧迫感がある。

「言ってないから! そんな事」

「……ですよね。ごめんなさい、お見苦しい物を見せてしまって」

 必死に否定する正也の姿に、宵月はまた表情を曇らせてしまう。

「いや別に言ってないだけで、そう思ってない訳じゃなくて」

「おもったの? ヨツキはほかの誰よりもミリョクテキだって……?」

「ちがっ、そういう訳でも無くて」

 ニアと宵月の板挟みに遭っている正也を見て、慧は笑いながら声を掛ける。

「大変そうだな」

「慧のせいだからなっ!?」

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