7.ノロケは最強

「それじゃあ、互いの健闘を祝して! かんぱーい」

 正也の音頭に合わせて、四つのプラコップがコツンとぶつかる。祝して、とは言うもののコップの中身はいつもの食堂の水で、目の前の食事も食堂の常設メニューを各々頼んでいる。

 普段と変わらない夕食の時間。いつもと違う点を挙げるとすればそれは、ここに居る四人全員、バディとして醒夏祭の本戦に出場を決めたという事だけだ。

 そしてその実績は、変わり映えしない食事に華を添えるには十分で、四人の表情にも嬉しそうな色が滲んでいる。

 慧としては予選決勝で殆ど何もしていないので心中複雑ではあったが、宵月が本戦に出る事が出来る。その喜びの方が優に大きい。

「明日、ショッピングモール」

 乾杯の手を降ろすや否や、ニアがそんな事を言い出した。

「ショッピングモール?」

 コップから口を離しながら、正也が疑問符を浮かべる。

「ショッピングモール、行きたい」

「ショッピングモールっていうと、駅前の?」

「ん。明日行こう」

「ニア、楽しみなのは分かりますけどそれじゃあ伝わりませんよ」

 宵月が微笑しながら、逸り立つニアを制する。

「明日一日はお休みじゃないですか? この事をニアと話していたら、じゃあ皆でお出掛けでもどうか、って話になったんです」

「そういうこと」

 目の奥を輝かせながら、さも最初からそう言ってましたよとでも言わんばかりに同調するニア。

 訓練場の点検や本戦トーナメントの諸準備、出場する学生の体調管理などを兼ねて醒夏祭の予選から本戦の間には一日の休息日が設けられる。

 休息日とは言うものの学内に居なければならない制約は無いので、ちゃんと門限までに学内に帰ってくれば外出をしても問題無い。

「思えばニアが来てから学外にお出掛けする機会も無かったですし、醒夏祭本戦に向けた息抜きにも丁度良いと思うんです」

「なるほど、良いんじゃないか?」

 ご飯を口に運びながら頷く慧。

 いつも開放されているトレーニングルームもこの日は閉鎖されるし、学園側としてもそう言った気分転換の日に使われるのは本望だろう。

「一応言っておきますが、慧も行くんですよ」

 慧の言葉選びと口振りから何かを感じ取ったのか、対面に座る宵月が慧に釘を刺す。

「もし仮に、休みだし寝てたいとか言ったらどうなる」

 流石にハブられるとは思っていなかったし、何よりも皆で一緒に何処かへ遊びに行くというのは純粋にイベントとして楽しみだ。でも頭の片隅では、自分が行かないことによって宵月に利益が、例えば唯一の男手になる正也に自然と近づく事が出来るとか、そういう事が起こるなら発言通りにするのもアリだとも思っていた。

「カップルのお出掛けに一人付いていく事になる私の気持ちを考えてまだそれを言えるなら、止めませんが」

「悪かった、絶対行く」

「はい、そうしてください」

 食い気味な慧の返答に、分かれば良いと宵月も矛を収める。

「マサヤは? 来てくれる?」

 二人のやりとりを苦笑いで見ていた正也に、ニアは少し不安そうな顔で問う。

「ここの所ずっと醒夏祭に向けての練習ばっかりだったし、思いっきり羽を伸ばすのも良いね」

「! じゃあ――」

「ああ。折角の外出だし、目一杯楽しもう!」

 乗り気な正也に、ニアの目は再度輝きを放つ。ニアは表情こそ薄いが、じっくり見ていれば感情の変化は案外分かりやすい。猫は喜びを表すときに尻尾をピンと立てると言うが、今のニアはそういう状態だ。

 まるで子供の様に、身体いっぱいにワクワクと嬉しさを詰め込んだ様子のニアを見ていると自然と頬が緩む。

「良かったですね、ニア」

「ん! マサヤと初めてのデート、たのしみ」

 温和な場に投げ込まれたハートフルな言葉によって、空間に緊張と衝撃と緊迫が満ちる。

今まで三人が頑なに、お出掛けや外出というワードで濁してきたものを一切気に掛ける事も無く、ニアは自分の心に素直な言葉を選ぶ。

 慧も宵月も、当事者である正也も、ニアと正也にとってのこれは所謂デートという枠組みに当て嵌められるものである事は当然理解していた。だが口にはしなかった。

 それは明確にダメージを受ける人物が居ると分かっているからであったり、諦めないと決めた現状で二人がそういうステップを踏むことをなるべく認めたくなかったからであったり、いざ再認識するとどうしても緊張してしまうからであったり、三者三様の思惑あっての事だ。

 だが、そもそもデートという言葉を避けていたことすら気づいていないニアには、それ以前の問題だ。

「……? どうしてみんな黙ってるの?」

 心底不思議そうな声でニアは小首を傾げる。

「い、いえ。何でもありません。ですよね、慧?」

「そう……だな。ほら正也、正也はどうなんだ?」

「えっ!? あ、ああ! その、俺も凄く楽しみだよ。ニアとの……デート」

「……マサヤ」

「ど、どうした?」

「なんか、すごい恥ずかしい……。でもすごく嬉しくて、へんな気持ち……」

 赤く染まった顔ごと目線を逸らして、声も尻すぼみになっていく。

 たらい回しの末路は結局、カップルの初々しいやり取りに収束した。慧と宵月は当然それを見ていた。見せられていた。

「……慧」

「……なんだ」

「明日、絶対に来てくださいね」

 先のような光景が繰り返されるとしたら、それを一人で受け止めるのは宵月でなくてもあまりに酷が過ぎる。

 携帯のアラームを起床時間から一分ごとにセットしておこう。慧は心に強く誓った。

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