4.主人公未満

 仲村慧という人間は昔から、大体の事は人並み以上に出来た。勉強も運動も、その他の様々な初めて触れる事柄でも器用にこなせた。けれど、どれも一番にはなれなかった。何においても自分よりも上の存在が居て、なまじ馬鹿じゃないだけにその差がどうしようもないものだと本能的に、もしくは理性的に気付けてしまう。そういう人間だった。

 それでも幼稚園や小学生くらいの頃にはまだ、雲の上を睨み付ける気概を持っていた。

 中学生になる頃には、幾ら手を伸ばしても空には届かないと理解する分別を持ち始めた。

 高校生になり衛醒学園に進学したのも偶然想造者として産まれたからだけであり、特別立派な志は持っていなかった。

 そんな惰性で選んだ道の先で最初に出会ったのは正也だった。

 最初は無作為で選ばれたただのルームメイトだった。いかにも善人と言った雰囲気に、合わないだろうな、と思った事を覚えている。

 だがその評価が変わるのにそう時間は掛からなかった。なあなあで一緒に居る内に、正也がただの善人ではなく根っからのお人好しなバカである事を分からされた。困っている人が居ればすぐに飛んでいき、利害も見返りも関係無しに迷わず手を差し伸べる。

 どうしてそんな事をするのかと、一度聞いてみたことがある。問われた正也は喜怒哀楽どれともつかない表情で頬を掻き、

――なんか勝手に身体が動いちゃうんだよな

 一言そう言って、あっけらかんと笑った。

 慧には理解出来なかった。それでも、誰かのために生きるその生き方は、素直に眩しいと思った。


 それから少ししてだった。宵月の事を知ったのは。

 見知らぬ誰か曰く、出来損ないの次女。

 見知らぬ誰か曰く、東童家の恥さらし。

 常に比べられる世界に居ながら、無関係の周囲からの心無い罵倒に地に膝を着くことなく、挫けず空を睨み続ける。燦然と煌めく太陽を見上げ、自分も飛んでみせると諦めない。そんな彼女の姿に慧は憧れた。

 それは慧が出来なかった事だから。既に諦めて腐ってしまった自分を勝手に重ねて、勝手に想いを託した。

 出会った頃の宵月は、率直に言うなら心が荒んで壊れてしまう寸前だった。背負い続けてきた圧力にまだギリギリ耐えられているだけで、ほんの少しのキッカケで瓦解する。慧にはそう見えた。宵月を支え、助けたい。そんな想いが湧き上がってくる。元を辿ればそれは、正也の真似事だったのかもしれない。

 それでも初めて慧は、誰かの力になりたいと心から思えた。そう思える心が自分にもあることが、嬉しかった。

 正義感の強い正也も危なっかしい宵月を見過ごす事は出来ず、二人の考えは一致した。

 だが、最初から上手く行ったわけではない。

――私に構わないでください。ハッキリ言って、邪魔です。

 独りで生き続けてきた宵月に、何度も否定された。

――何が目的ですか。何であろうと、私は貴方たちと関わるつもりはありません。

 自分以外の全てを拒む宵月に、何度も拒絶された。

――分かりません……。何で貴方たちがここまでしてくれるのか、私には何も分からないんです……っ!

 でも諦めなかった。宵月には諦めて、腐って欲しくなかった。どこまでも飛び、やがて目標を掴む宵月の姿が見たかったから。

――ありがとう、ございます。……私、正也と慧に、出会えてよかった……。

 だから、それだけで救われた。涙ながらに見せた宵月の初めての笑顔。その時に初めて、慧は自分の胸の内にある憧れの陰で恋心が芽生えている事を自覚した。

 一年前の六月初め。慧はその日の事を絶対に忘れない。

 初めて見た宵月の笑顔と、宵月が正也に恋をするその瞬間に見せた表情を。

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