2.想造者(イマジナリー)

 学内敷設のトレーニングルーム。そこは主に学生同士の模擬戦や訓練で使われる、能力の使用が認められた二十五メートル四辺の部屋の一つだ。その箱の中、慧と宵月は互いに向かい合う。

「ルールは本番通り、攻撃は概念態イデアでだけ行うこと。それ以外は自由、で大丈夫?」

概念態とは、想造者が操る能力の形態の一つであり、肉体にダメージは与えず攻撃の威力を精神的ダメージに変換して相手に与える状態の事だ。概念態での致命傷は意識を一時的に奪うだけで命に別状を及ぼさないため、訓練の場では勿論、保安想士の現場でも主にこちらが用いられる。

 部屋の外から正也が尋ねる。その隣にはニアも居る。

「おー、問題ない」

「私も大丈夫です」

 十メートルほど離れた場所から、宵月の澄んだ声が慧の声に続く。。

「それじゃあ二人とも構えて。カウントの後、ブザーが鳴ったら開始だ」

 それを最後に部屋の扉が閉まり、部屋の外と中が遮断される。とは言っても壁は安全面などを考慮して全面透明の超強化ガラスで造られているため、内からも外からも様子はしっかりと見える。

「手加減、しませんからね」

 そう言いながら宵月は何もない空間から剣を呼び出し、構える。

想造者は皆一人一つの得物、創像武装アーマメントを持っている。創像武装には当人の精神性が大きく反映される。宵月にとってのそれは長剣だ。華美な装飾が有る訳ではない、しかし高潔さと美しさを湛えた一振り。

「どーかお手柔らかに」

 続いて慧も自らの創像武装を呼び出す。

それは短剣と呼ぶには長く、長剣と呼ぶにはリーチが足りない細身の剣。一切の飾りも色彩も持たず、刀身から柄尻まで変わらない鈍い銀色が照明の光を跳ね返している。

『カウントダウンを開始します。十、九――』

 部屋の中にカウントダウンの機械音声が響く。無機質な声はキッチリと時を刻み、そしてゼロの代わりにけたたましいブザーの音が鼓膜を強く叩く。

「はあああああ!」

 直後、開いていた十メートルの距離を一歩で詰めて、宵月が横一文字に剣を振り抜く。

 低い体勢から放たれた、胴体を真っ二つにせんとするその一撃に刃を合わせる。甲高い金属音と共に腕が、脳が、即座に危険信号を鳴らす。

 あまりに重いその一撃を受け止めきるのは早々に諦めて、逆にその力を活かして後ろへ大きく跳躍する。

「相変わらずとんでもねえ馬鹿力だな」

 一瞬でもマトモに受けようとしたせいで慧の手はジンジンとした痺れを訴える。

「私にはこれしかありませんから。馬鹿力上等です」

 宵月は誇らしげに言い放つ。どこか自虐的な言葉だが、それが紛れもない事実であり、それこそ宵月が強い理由である事を慧は知っている。

 自らの精神を力の源とする想造者には基本、能力の先天的な得手不得手がある。火を扱うのが得意な者、水を操るのが得意な者。十人十色なその中で、宵月が得意とするのは自己強化だった。

魔力で自らの身体能力を強化するその技能自体は特別珍しいものでもない。むしろ、想造者なら誰でも扱う事の出来る基礎中の基礎だ。

しかし宵月のそれは他の想造者のそれを遥かに凌ぐ。爆発的なスピード、圧倒的なパワー。底上げされた純然たるその力は想造者の起こす超自然的な現象にも引けを取らない武器となる。

正面から剣を打ち合った所でこちらの勝ち目は万に一つも無い。初撃に対応出来たのだって、宵月の事を知っていたからこそだ。

構え直した宵月がこちら目掛けて走り込んでくる。

 距離を詰められるのはマズい。走って距離を取りながら、身体の中で魔力を練り上げ、攻撃へと変換する。

 突き出した手のひらから迸る何本もの稲妻のムチが宵月を襲う。しかしそれらは最小限の身のこなしで躱される。一瞬前まで宵月が居た場所に閃光が奔り、地面を抉り取る。

 宵月が軽やかなステップで稲妻を避けたその先、地面に薄い霜が降りる。

「っ!」

 危険を察した宵月は前へと進む力を斜め上へと向けて、大きく跳ねた。それを追いかけるように一本の細い氷柱が立ち上がる。だが既に宵月は氷柱のほんの僅か外の空中へと身を投げ出している。

 そして空中では誰もが無防備になる。

 突如、地面から四本の緑色のツタが四肢を絡めとらんと宵月へ伸びる。自由の効かないはずの空中で、宵月はまるでジェット噴射のごとき軌道と速度でこちらへと向かってきた。

それと同時、宵月の背後の氷柱が粉々に砕け散る。

氷柱を足場に利用されたのだと理解した。標的を見失ったツタは虚しく互いで絡み合う。

 弾丸のような速度で飛んでくる宵月。強引な跳躍で身体の軸こそブレているが、その振りかぶった剣の破壊力は疑うまでも無い。慧は防御姿勢すら取らず、真っ先にその場を離れる。

 空を切った宵月の長剣は地面を激しく揺さぶり、小規模のクレーターを生んだ。破壊の中心で宵月は刺さった剣を引き抜き、こちらを見据える。

「仕留め損ねましたか」

「ホント、どうなってんだよっ!」

とにかく距離を詰められるのはマズい。そう判断して、慧は出鱈目に魔力の弾を宵月へ放つ。これも想造者なら誰でも出来る、簡単な魔力の使い方だ。

 宵月は立ち止まったままそれらを的確に切り払う。慧の放った魔力弾の最後の一つを斬った瞬間、宵月の剣を中心に砂埃が舞う。

「けほっけほっ……。目くらまし……!」

 慧は最後の一つだけ、ただの魔力弾ではなく衝撃を受ければ爆ぜて砂埃を撒き散らすように変換していた。

 宵月の武器が卓越した身体強化なら、慧のそれは魔力変換のバリエーションにある。何か一つの扱いが突出して巧い訳ではないが、これと言った不得手も無い。

自分ではどうやっても磨き鍛えられた一に対しての真っ向勝負など出来ない。相手の舞台には付き合わず、手を変え品を変え、搦め手を駆使して喰らい付く。それこそが自分の取るべきスタイルだと慧は理解している。

視界は塞いだ。その隙に足音を殺して宵月の背後へと回り込む。そして死角からの一撃を決める――つもりだった。

「はぁっ!」

 宵月が回転斬りの要領で身体を廻す。リーチのある長剣とはいえ、がむしゃらなその軌道は慧には届かない。だが、小細工を吹き飛ばすのには十分過ぎた。

振り回された剣の風圧で砂埃は一気に押し出され、宵月の背後に居た慧を通り抜けて反対側の壁に集められる。

「くっ……」

 砂塵が通り過ぎる一瞬、堪らず閉じてしまった目を開けると眼前には冷たく鋭い刃が突き付けられていた。

「勝負あり、ですね」

「……降参だ」

 殺傷能力が無いとは言え、刃を突き付けているとは思えない可愛らしい笑みの宵月に、慧は両手を上げて大人しく負けを認めた。

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