開戦

列車の外にはイギリス王国国旗を掲げた国民が、大勢いた。

手を振り、激励の言葉が飛び交う。

少年兵達は車窓から身を乗り出し、行ってきますと別れの言葉を口にした。

彼らは戦争の残酷さを知っている。

知識と結果だけではあるが、戦争に行くことは死と同等だ。

死を覚悟した目で最期の別れを告げていた。

私は通路側の席で別れを眺めながら、支給されたパンに手を付けた。


6月30日 長く短い旅の末、ドレスデン地域に到着した。

深夜1時過ぎの空は星が煌めいていて、美しかった。

急いで用意されたベッドは、8分の1カットの食パンほどの厚みのマットレスと、薄汚れたシーツでシングルより少し小さかった。

安眠できるはずもなく、レム睡眠と微睡みを繰り返した。

海に浮かんでいた意識は漂流し、上官の声の波に打たれ、夢から覚める。

まだ眠いと駄々をこねる体を無理矢理動かし、ベッドから出る。

水道に並び、顔を洗い、歯を磨いて、朝食を取る。

朝食はドイツとイギリス王国の食糧を使用し、つい最近までただの国民だった私には豪華な食事だった。

ライ麦パン、ソーセージ、バター、紅茶などが並び芳しい香りを漂わせていた。

少年兵達はうまいと口々に言った。

パリッという音と共に肉汁が溢れるソーセージと、上品な香りのアールグレイは、口の中で混ざり美味しさを増してゆき、嗅覚と味覚を満たす。

朝食を食べ終え、作戦概要の再確認、昼食、模擬戦闘を行った。

食堂に入ると、豪華な夕食が疲弊した私達を迎えた。

調子に乗った一人が、食糧庫からビールを何本かくすねてきたようだ。


「お前も飲めよ!」


酔った男が私の肩に腕をまわし、ビール瓶を近付けてくる。が

男は私が少年兵とは気付いていないようだった。

これ以上絡まれるのは面倒だから、仕方なく一口だけ飲んだ。

5%のビールとはいえども、アルコールが入るのが初めての体には刺激が強かった。

喉が熱くなり、口内にアルコールの匂いが漂う。

大して美味しくはないが、鬱憤晴らしにはちょうど良い。

酒場が繁盛するのも頷ける。

私は静かに食堂を抜け出し、ベッドに入る。

静まり返った寝室は、昨日より幾分か寝心地がよかった。


少し早く寝たせいか、起床時刻より30分ほど早く起きた。

カーテンを開けると、太陽の上部が見えた。

私は昇る太陽を眺めていたが、半分ほど昇ったところで上官の声が響く。

朝食を取り、装備を整える。

ヘルメットを被り、弾薬ポーチを付け、リー・エンフィールドを背負う。

全員の装備が整い、オーデル・ナイセ線に出発し、説明された作戦通りに部隊を展開した。

銃口を向こう岸に向け、引き金に指を掛ける。

1945年7月1日午前10時5分 イギリス王国、フランス共和国、アメリカ合衆国がソビエト連邦に宣戦布告。


「撃てー!」


通信を受け取った男の声と共に、一斉に引き金が引かれた。

既に展開していたソビエト連邦軍との撃ち合いが始まった。

左手を前に出して踏ん張る。

弾丸が大地を、数時間前まで話していた仲間を、抉っていく。

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