第5話
屋敷に押し入った強盗はなかなか感心する手際の良さでサラを縄で縛り上げると、大きな麻袋の中に押し込み荷馬車へ放り込んだ。
ガタンゴトンと揺れる馬車の中で、男達の嘲笑をBGMにサラは兄の息遣いを探る。
トビアと強盗達は鉢合わせした時少し揉み合いになった。サラが人質に取られてトビアはすぐに抵抗を止めたが、直後に丸太みたいな屈強な腕が兄の腹にめり込んだのをサラは見た。
「……」
兄が目覚めた様子は伺えないが……。
「にゃー」
近くで暇を持て余してた猫の気配がする。
サラの体感では猫は麻袋の上に寝そべってペシペシと尻尾を袋を叩いているのだが、誰もその存在を咎めないということは常人には視認できないのかもしれない。
黒猫は一体誰に不吉を運ぶつもりなのか。いや、普通はこの状況が不幸なのか。
サラは溜め息をつく。とりあえずは人質らしく身体を丸めて息を潜めるしかない。
しばらく走ると馬車が止まった。肩に担がれて荷物みたいに運ばれて、さすがに投げたりはされなかったものの丁重とは言い難い扱いで床に転がされた。
「おい!そのドレスだって高く売れるんだぞ。雑に置くな」
サラよりも服を優先するような男の言い様が可笑しくて吹き出しそうになった。優先順位が合理的だなと感じたからだ。確かに人間は多少怪我した所でそのうち自然治癒するだろうがドレスはそうもいかない。複雑な縫製を手直しできる職人を見つけるのは手間だろう。ああ、だから麻袋で包んだんだ。目隠しとか人目につかないだけでなく、そういう利点もあるのか。
犯罪にもメゾットがあるんだなぁとしみじみ感心した。
その時、身体を覆っていた麻袋の口が開き取り払われた。
「……」
サラは周囲を見渡す。
隣には横たわった兄の姿。こちらも袋は外されていたが、まだ眼を覚ましてはいないらしくピクリとも動かない。
見知らぬ建物の内部は埃っぽく、薄暗かった。しかし木の板が打ち付けられた窓はぴったり覆われているという訳ではなく、木と木の隙間から差し込んでくる光が室内にいる人間の顔を判別出来るほどには照らしていた。誰も住まなくなって久しいと思われるこの廃墟の外に人の気配はなく、人を拐かして一時的に保管するにはおあつらえ向きの場所と言えるだろう。
ふと、サラは周囲の男達が自分を凝視していることに気付いた。十人程の一団のほとんどが放心したような顔をしていて、その中の二、三人は食い入るような目をしている。
「へぇ……驚いたな。連れ去る時は顔なんて見る暇はなかったけど、随分な別嬪じゃねぇか」
「別嬪つーか……いっそ怖いくれぇの美形だな……」
男達が自分の容貌に感嘆していることに気付いたサラは瞳に憂いを滲ませた。
「しかしこんな美人で七回も婚約破棄されてるってことは、相当性格が歪んでるってことだろ」
「いや、それか宗教画に出てくる天使みたいな面だから畏れ多くて勃たないんじゃねーか?」
誰かがそう言うと、ドッと笑いが起こった。その途端風向きが変わり、天使像を壊してしまったかのような気まずさが下卑た空気に変わった。しかしすぐにまたその空気は変遷する。今度は突然壁に掛けられていた古びた絵画が落ちたのだ。その場にいた全員が身体を強張らせ音源に目を向けたが、シンフィールド家の追手が来た訳ではなく絵が落ちただけだと分かるホッと息を吐いた。
「ビビらせやがって……このボロ家め」
「まぁ、とりあえず祝杯だ。
「女はまだまだ金になる。逃げないようにジョミーに見張らせとけ」
「男は?」
「長男は身代金と引き換えだ」
「上手くいくかぁ?」
皮算用を口にしながら、ぞろぞろと部屋を出ていく。
サラはそれを聴きながら天井を仰いだ。本当なら今日は両親や兄にバレる前にカタをつけるつもりだったのに……。サラに残った僅かばかりの魔力を使って強盗に少しお灸を据えた後、ひっそりと家に戻るつもりだった。例え家族や使用人達がサラの不在に気付いても買い出しに行ってました~で誤魔化し通すつもりだったのに……。
「貴方に怪我をさせるつもりじゃなかったのにな……」
ぽつりと溢した時、隣から呻き声が聞こえた。
「……っ、サラ……?」
「はい、お兄様」
「無事か。すまん、守れなくて」
「私よりもご自身の心配をしてください。身体の傷は痛みませんか?」
「傷?……ああ、殴られた跡か。平気だ」
縛られた身体をもぞもぞと動かし体勢を変えようと悪戦苦闘する兄を見ながらサラは状況を説明する。
「屋敷から半刻ほど馬車で走った後、この建物に止まりました。道中は袋を被せられていたので景色は見えませんでしたが、この建物の周囲に人の気配はありませんでした。先程までこの部屋に強盗達がいましたが、私が確認したのは十人です。でも他の部屋にまだ仲間がいるかもしれません」
なるほど分かった、と言いながら何とか座ることに成功したトビアは目線の高さが合うと照れたように笑った。
「やっと座れた。サラ、俺の上着の袖を探って見てくれ」
「はい」
言われた通りにすると袖の中から小さな折り畳みナイフが転がった。
「あら~成金の家の子弟子女は大変ですねぇ」
「そうなんだよ」
兄がナイフを拾った時、階段を昇る足音が聞こえてきた。音は成人男性のものよりやや軽い。トビアがさっとナイフを握りしめるのと同時に扉が開いた。
顔を覗かせたのは十代半ばと思しき少年だった。彼はトビアが起き上がっているのを見ると一瞬緊張した顔付きになったが、人質がしっかり縛られていることを確認すると嘆息した。
「……少しでも怪しい動きをしたら殴るからな。嫌ならじっとしてろ。身代金が払われたら解放してやる」
「こんちには」
場違いな挨拶を口にしたのはトビアだ。しかし見張り役の少年は訝しげな視線を返しただけで返事はしなかった。トビアは気にせず会話を試みる。
「君のような子供が何故強盗の一味と一緒にいるんだ?脅されているのか?」
その言葉を聞いた少年は馬鹿にしたような笑みを浮かべてトビアとサラを見た。
「雲の上に住んでる世間知らずな坊っちゃんは知らねぇだろうが下界では十七にもなれば立派な大人だ。それに例えガキであっても金を稼がなきゃ餓えて死ぬだけさ」
「なら君は強盗をしながら生計を立てているということか?子供の頃から?」
トビアは真剣な目をして少年を見つめた。その澄んだ瞳は悪びれる様子もなかった少年を一歩後ろにたじろがせる程に真っ直ぐだった。しかしすぐに少年はトビアを睨み付ける。
「何が強盗だ。お前らが俺達からサ……サクシュした金を取り返してるだけだ!」
「搾取?搾取ってどういうことだ?」
「お前ら貴族が税金とか何とか言って、俺らから奪っていくだろ!当然の報いだ!」
「……」
トビアが黙り込んだ。
シンフィールド家は貴族ではない、市民から金を貰うがそれは品物を売る対価であって一方的な搾取などしない。しかしその反論をトビアは口にはしなかった。
「そうか。君達は今までもこんな風に人も拐ってきた事があるんだろうが、拐ってきた人達はどこに行ったんだ?殺すのか?」
「ば……っ、馬鹿いうな!そんな悪どい貴族みたいなことしない!身代金をとったらその辺に放り出してやる!」
「君の仲間がそう言ったのか?」
「……?」
「君は家族はいるのか?」
「はぁ?」
「君一人なら真っ当に働けば暮らしていけるだろう。しかしそうしないということは養わなければいけない幼い弟妹がいるのか?」
「お前に関係ないだろ、そんなこと!」
「……そうだな。仕事の邪魔して悪かった、存分に見張ってくれ」
トビアはそう言うと考えに沈むように目を伏せ黙り込んだ。
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