第16話 俺の安息を邪魔する奴ら

 俺がローブの女のフードを取ろうとしたその時——


「———すいませんね。その子は私達の物なんですよ」

「———ッッ!?」

「な、何者ですか!?」


 俺の背後から突然話しかけられ敵意を感じたため、咄嗟に回避行動をとってしまい、ローブの女から離れてしまった。


 チッ……判断ミスった……俺なら避ける必要無かったのに……。

 

 相手は何故かタキシードを着てシルクハットを被っており、顔には仮面を付けているため個人の特定が出来ない。

 それにどうやらその仮面に認識阻害の魔法が掛けられているらしく、おそらくコレのせいで俺とシンシア様は分からなかったのだろう。


 いや、タキシードって何だよ。

 ここはゾンビがウヨウヨいる場所だぞ?

 舐めてんのか。


 なんて事を思ったが、そう言えばゾンビってあの一瞬チラリと見えた、黒髪ショートの美少女が呼び出したんだったな。

 

 だからタキシードの事はほぼ無視で素通りするのか……。

 でも無視って少しかわいそうな気がする。


 無視ほどメンタルがやられる事はないぞ。

 アレはとても殺傷性の高い行動だと俺は思うね。

 俺だったら即引き篭もる事間違いなしだ。


「…………何故私に同情の目を向けるのか分かりませんが、私たちはこれにて失礼させて貰いますよ」

「———そんな事誰がさせるとお思いですか!」


 シンシア様がいつの間にかタキシードの懐に入り、剣を斬り上げる。

 その剣筋は確実に、フードの美少女を持っているタキシードの右手を捉えていたが、人間とは思えない程の反射神経で躱すタキシード。


 おいおいアレを避けるのかよ……俺でもこの状態なら避けれないぞ……。


 俺はタキシードの反射神経に呆れながらも注意深く観察する。

 勿論その間も戦闘態勢を解かない。


 これは……ふざけている場合じゃないかもしれんなぁ……。

 俺はただ楽に行きたいだけなんだけど……どうしてこんなに邪魔されるんだろうか……。


 俺がこの世の残酷な現実に嘆いている間にタキシードとシンシア様の戦いは苛烈を極めていた。


 シンシア様が剣を横に振るえば静かな風切り音と同時に、剣が月の輝きを浴びて銀色に煌めき、吸い込まれる様にタキシードの体を両断しようと剣が走る。

 しかしタキシードはそれを素早いステップで少し掠りながらもなんとか避けていた。

 

 うわぁ……あの2人の戦いは完全に人間辞めてるなぁ……。

 ほら、抱えられている女の子は目をまんまるに見開いているじゃないか。

 ……いやアレは気絶してるな。

 可哀想に……まぁアンタが始めた事だし自業自得でもあるな……ってアレはダメだろ!?


 俺が謎の美少女を憐れんでいるとシンシア様が剣と体に魔力を流し始めた。

 その顔は険しく、どう見ても本気で戦おうとしている。

 

 マズいマズいマズいぞ……あのまま行ったら確定美少女ごと真っ二つだ。

 そうなったらアイツらがどう言う奴なのか分からなくなってしまう……。

 はぁ…………俺がいっちょ助けに行ってやるか……。


 俺は心の中と現実で同時にため息をつき、誰にも聞こえない様に小さく呟く。


「————」


 そしてその瞬間に2人の間に入り、タキシードの顎に掌底打ちを放ち、シンシア様の剣には掌でどちらにもダメージを受けない様に受け流す。


「——ッッ!?!?」

「なっ、レオンさん!? どうして!?」

「だって今の一撃は確定相手を両断してたろ? 俺たちは情報を聞きださないといけないんだよ。だからどちらかは生きていないと」


 タキシードはご自慢の反射神経が俺の速度に追い付かなかったことと、いつの間にか殴られていたことに驚愕の声を上げながら後ろの木に激突する。

 その時にタキシードの手から離された美少女は勿論俺がしっかりキャッチしておいた。

 

「よし、それじゃあシンシア様はこの子をお願いね。重要参考人だから絶対に逃げられたらダメだからね!」

「…………あの仮面の方はどうするのですか……?」


 シンシア様が俺から美少女を受け取りながらそう聞いてくるので、特に隠すこともないし言う。


「悪いけどタキシードは俺が始末させて貰うよ。アイツは強いから逃げられたら面倒だし、何より俺の平穏な生活が脅かされそうで怖いからな」

「…………そうですか……分かりました。では私はこの者を守ることにします」


 シンシア様はそう言うと、美少女を連れて少し離れた場所に移動した。

 俺はそれを確認すると激突したタキシードの元へ移動する。


 ああ……痛ぇ……これだから戦闘は大嫌いなんだ……。


 俺は表ではなんともない風に装っているが、既に俺の体は筋肉痛で悲鳴を上げまくっている。

 だがそれを何とか我慢してタキシードに近づく。


 タキシードは顎の方の仮面がバキバキに割れており、仮面から覗く顎は完全に砕けているのか口が空いている。

 しかしその部分に淡い光を感じるので、どうやらこいつは神聖魔法まで使える様だ。


 …………ん? 神聖魔法?

 確か神聖魔法って神の信仰がないと使えないはず……でも女神教の紋章も持ってないし…………まさか……!?


 俺は此処で気付きたくないことに気付いてしまった。


「…………お前もしかして邪神教か……?」

「よ、よく分かりましたね……ですがもう遅いですよ……。既に貴方の情報は送っています」


 苦しそうにしながらも余裕そうな笑みを浮かべてそう言ってくるタキシード。


 チッ……仕事が無駄に早いな……だがまだこれくらいなら許容範囲内だ。

 俺自身な多分どんな相手が来ても死なないし。


「これで貴方の望む平穏な日々はお終いですね。ふふっ、こんなに頑張ったのに無様なことです」


 ……………ふぅ……我慢我慢。

 ここでキレても何にも良いことない。

 むしろ墓を破壊するだけで死者に迷惑をかけてしまう。

 そんなことしたらまた母さんに殺されるよ。


「あ、そうそう、貴方だけではなく貴方の家族もこれからどうなるか見ものですね。ふふっ……本当に残念でし———」





 —————あ”?





「———コヒュっ———」




 

 人間とはかけ離れた威圧感と共に、このたった一言がこの墓地全ての空間を支配した。


―――――――――――――――――――――――――

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