第17話 それは正に竜の如く

「「「「「「グァ"ァ"…………」」」」」」

「あぁ鬱陶しいですね本当に……! 《不死浄化》《不死浄化》《不死浄化》!!」


 レオンハルトとシンシアが謎の仮面やローブの美少女との交戦中、似非聖女もといフィリアは永遠と湧いてくるゾンビに辟易していた。

 だがそれもしょうがないことだろう。

 幾ら倒しても次々と押し寄せてくるのでキリがないのだから。

 

 そんなフィリアが再び【女神の祝福】を発動しようとしたその時———






 —————あ”?





「——ッッ!? な、何なのですかこの威圧感は……!」


 突如墓地の奥から人智を超えた威圧感を感じ、立てなくなってしまい、その場で尻餅をつく。

 しかしそんなこと気にならないといった風に呆然と呟く。


「——…………一体どうしたのですか———レオン君……」


 フィリアにはこの人外の気配がどうしてもレオンハルトにしか思えなかった。

 何故なら威圧感が襲ってくる前に小さくレオンの声が聞こえた気がしていたからである。


 そして威圧感でフィリアは気付いていなかったが、周りのゾンビは既に威圧のみで跡形もなく吹き飛んでおり、何千もいたゾンビの姿はどこにも無かったと言う。





<><><>





 レオンハルトをずっと見ていたシンシアは目の前の人間が本当にレオンハルトなのか分からなかった。

 姿形は一見変わっていない様に見えるが、魔力は違う。

 レオンハルトから深淵の様に底の見えない漆黒の魔力が溢れ出ており、明らかに人間が保有できる量を遥かに凌駕していた。


 シンシアは自身が強いが故に、自身とレオンハルトには圧倒的な力の差があると気付いてしまった。

 それと同時にレオンハルトはもう誰にも止められないと。


 シンシアは自分には何もすることが出来ないと悟り唇を強く噛む。

 その表情には悔しさと自身への情けなさがありありと浮かんでいた。


 そんな時、レオンハルトが口を開く。


「——お前、さっき言ったこと、もう一度言ってみな」


 レオンハルトは、何もしていないのに首を押さえて苦しそうに藻搔いているタキシードを無機質な目で映しながら言う。

 その表情に更に息苦しくなるタキシードだったが、自分が離さなければ殺されると分かっていたため何とか話し始める。


「わ、私は……お、おま、いえ、貴方様の家族がどうなるかみ、見ものですねと、い、言いましたッッ!!」


 何度も噛みながらも何とか口に出した。

 何とか言えたとホッとしていたタキシードに少し威圧を強めてレオンが再び質問する。


「これで最後の質問だ。お前達の本拠地は何処にある?」

「…………そ、それをし、知ったところで何をするのですか……?」


 威圧に少し慣れたのと、状況を整理できたため少し余裕の戻ったタキシードは、しかし恐る恐ると言った感じでレオンに問う。

 するとレオンは特に迷いもせずあっけらかんと即答した。


「そんな物聞く必要があるのか? まぁこれから死ぬんだし教えてやるよ。———この世からおさらばして貰うんだよ。全てな。俺の家族に手を出そうとしたんだからそれぐらい当たり前だろ? むしろそれだけで済んでありがたく思ってほしいくらいだ」

「————っ」


 タキシードは目の前の生き物の余りの恐ろしさに声も出せず、ただ震えることしか出来ない。

 既にタキシードにはレオンの事が人の形をしたドラゴンにしか見えなくなっていた。


 自分を見下ろす双眸は竜の様に鋭く恐ろしい。

 溢れ出る暴力的な魔力は、自分が絶対的下位だと思い知らされるほどの格の違いを感じる。

 だが本能がここから逃げろと警鐘を鳴らしていたため、タキシードは無様にその場を全速力で逃げようとするが……


「う、うわぁぁぁあああ!?!———ガッ!?」

「……何処に行こうとしているんだ? 俺がお前を逃がすとでも?」

「あ、ああ……」


 一瞬で捕まったタキシードは、最早言葉にならない声を上げ、涙を流す。

 その瞳には既に絶望の2文字が浮かんでいた。

 そんなタキシードに、レオンは今タキシードが最も聞きたくないであろう言葉を無慈悲に告げる。


「口を割らないだけならまだしも、逃げようとするなんて……もうお前に何が起きても俺は顧みない。——今からお前の頭を覗く。本当はその危険性から禁術扱いだが、お前が精神が崩壊しようが俺には関係ないし、罪悪感を感じないで済むから存分に使わせて貰う」

「や、やめ——」


 タキシードが否定の言葉を言おうとした瞬間に、レオンはタキシードの頭を掴んで持ち上げ、ある魔法の名前を紡ぐ。


「——【追憶】」


 タキシードが突如、ビクンッッ!! と体を震わしたかと思うと、体から力が抜け、目の焦点は合わず、口も半開きになり、廃人の様になってしまった。

 そしてその間にレオンはタキシードの記憶を辿って本拠地の位置を特定する。

 

「なるほどな……まさか邪神教の本拠地がアウトにあるとはな……。しかも学園の近くに……。あそこには俺の弟と妹天使達がいるから即刻消滅させないとな。…………もうこいつは要らないか」


 特定し終わったレオンは、廃人と化したタキシードを軽く上空に飛ばすと、何処からともなく現れた木剣を何の予備動作なく無造作に振るう。

 しかしその剣は誰にも見えない速度で振るわれると——




 ———ズバァァァァァンッッ!!





 レオンが剣を振り切ったとほぼ同時に、タキシードにぶつかった際の物凄い炸裂音と共に辺りを爆風が襲う。

 その爆風は辺りの木を薙ぎ払い、地面を抉る。

 更には夜空に浮かんでいたどんよりとした雲をも掻き消した。


 その間シンシアは地面に剣を突き立てて必死に飛ばされない様に耐えていた。

 そんな状態は長く続かず、10秒ほど経つと辺りに静寂が訪れる。


 しかし10秒前とは似ても似つかない光景が広がっていた。

 まるでドラゴンが強大なブレスを吐いたかの如く、辺りにはクレーター以外何も見えず、その中心には無傷のレオンが立っている。

 

 シンシアは剣を地面から引き抜いてゆっくりと立ち上がり、此方に駆けてきたフィリアにローブの女を預ける。


「フィリアさん、一旦この子を持っていてください」

「え? ま、まぁ良いですけれど……こ、この子は一体誰なのですか?」

「この子は今回のゾンビを生み出していた張本人です。もう1人仮面を被り、タキシードをきた者がいたのですが……」


 シンシア様が気まずそうに視線をフィリアからレオンに移す。

 それだけでフィリアはタキシードの敵を誰が倒したか分かってしまった。


「……レオン君が殺したと」

「……はい……それも跡形もなく」

「…………そう。……取り敢えずレオン君の所へ行きませんか? 何か分かったことがあるかも知れませんし」


 フィリアがそう言うとシンシアも頷き、足早にレオンの元へと行く。

 未だいつもの雰囲気に戻っていないレオンにシンシアが遠慮がちに話しかけようとすると……


「———行くぞ」

「……へっ? ———キャッ!?」


 先にレオンがシンシアにそう一言言うと、軽々とシンシアを持ち上げてお姫様抱っこをする。

 突然されたシンシアは気恥ずさと困惑に染まっており、『あうあう』としか言えなくなっていた。


 そんなシンシアにレオンが告げる。  





「奴らの本拠地を見つけた。今から潰しに行くから一緒に来てくれ」



 

 




「…………へっ?」


 シンシアの口から出たのは、この場には余りにも不似合いな間抜けな声だった。


―――――――――――――――――――――――――

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