第42話 エピローグ
ヴァレリアさんたち三人と精霊たちも一緒に馬車に乗って王宮へ向かい、第一関門である敷地内への外門は問題なく通ることができた。
まあ侯爵家の子息と騎士団詰所の専属治癒師、それから騎士団の詰所に出入りしている薬師。このメンバーで止められることはないだろう。
ただ問題はここからだ。ここからどうやって陛下に取り次いでもらうのか。
「まずはどこへ向かいますか?」
「騎士団詰所だな。多分一番早いのが騎士団長に協力を仰ぐことだ。騎士団長には何か有事が起こった際、陛下へと直接奏上することが認められているんだ」
騎士団長にはそんな権限も与えられてるんだ……改めて、凄い人たちと知り合いだったんだね。
「ノエル、まずはお前が騎士団長に話を通せ」
アルベールさんのその言葉に、ノエルさんは真剣な表情で頷いた。
「分かりました。……レイラさん、説明に精霊たちの協力をお願いします」
「もちろんです」
それから私たちは全員で騎士団長の執務室に向かい、そこで書類仕事をしていた団長に精霊に関することを全て話した。
話を聞いただけでは信じてもらえなかったけど、やっぱり皆が魔法を使って直接肌に触れると、精霊の存在を信じてもらえるらしい。
驚愕に瞳を見開いている騎士団長に、陛下への取り次ぎをお願いしようとしたところで、その前に騎士団長の方から申し出があった。
「この後すぐに陛下へ報告に行く。お前たちも一緒に来るんだ」
「分かりました。よろしくお願いします」
そしてあれよあれよという間に、私たちはこの国の国王である陛下の御前にいた。
陛下は四十代ぐらいに見える威厳のある男性で、突然押し寄せてきた私たちに怪訝な表情を浮かべながら低い声を発する。
「騎士団長、非常事態が発生したということでお主をここに通したが、この者たちはなんだ?」
「はっ。その非常事態に関して説明するにあたり、必要な人材です。では最初からご報告させていただきます」
陛下の表情や声音から緊張感漂う中、騎士団長は臆することなく最初から説明を始めた。説明が進むたびに私や他の皆にも正しいかどうかの確認を取り、陛下に納得してもらいながら話は進んでいく。
陛下の表情は精霊の存在を知らせたところで、怪訝な様子から驚愕の表情に変化し、さらには皆に魔法を使ってもらったところで呆然と宙を見つめた。
陛下の隣にいる側近らしき人たちも、信じられない様子だ。
「本当に、精霊がいるのか……」
「先ほど体験していただいたように、いるようです」
「……精霊の愛し子だというそこの者、名はレイラと言ったか?」
「はい。レイラと申します」
「精霊王という存在がこの場にいるのは本当なんだな」
「本当です。何かお話がありましたら、私が通訳いたします」
私のその言葉に陛下はしばらく悩むと、どこを見つめれば良いのか分からず視線を彷徨わせ、結局は私に視線を向けた。
そして誰もが驚く行動に出る。まさかの……その場で深く頭を下げたのだ。
「精霊王様、そこにいらっしゃるのでしたら最大限の感謝を伝えさせてください。我が国だけでなく、今や世界はいつ決壊してもおかしくない状態です。そんな世界を助けてくださるなと……何と感謝を申し上げれば良いか」
『別に構わん。元はと言えば我らがいなくなったことが原因じゃからな。それに我らも下界で暮らすのは楽しいのだ』
その言葉を陛下に伝えると、陛下は決意を固めた様子で姿勢を正した。
「今度こそ精霊と人間が上手く助け合えるような、そんな世界にすると誓います」
「ふぉっふぉっふぉっ、お主は良い目をしておるな。これからよろしく頼むぞ」
そこからは怒涛の展開だった。陛下はかなり優秀な人だったようで、精霊の存在に関して各国に通達を出して、早々に世界会議が開かれることになった。
さらにそこで他国に承認させるという精霊に関する規約を、私が皆と一緒に同席している中で作り上げた。
その規約を守れば、精霊と人間が良好に関わることができるというものだ。規約を破った場合の罰についてや、取締り機関に関しても側近と難しい話を展開していた。
「ヴァレリアさん。そろそろ私たちも屋敷に向かいますよ〜」
今日は陛下に精霊の存在を伝えてから数ヶ月後の朝だ。私たちは数週間前から忙しく引っ越しの準備をしていて、ついに今日、完全に引っ越しを完了させる。
引っ越しをする理由は、私が精霊爵なんて爵位を貰ってしまったからだ。精霊に関することを一手に引き受ける立場なんだけど、これが思いの外忙しくて毎日仕事に追われている。
たくさんお金をもらえてるから良いんだけどさ……陛下も人使いが荒いよね。
この爵位はこれから私の子供、または精霊の愛し子によって引き継がれていくらしい。要するに、精霊と話せる人しか受け継げない爵位だ。
そして爵位を持つ者が貴族街に屋敷を持っていないのはダメだということになり、私たちは陛下から大きな屋敷をプレゼントされて今回は引っ越しをする。
「ヴァレリアさん? 何をやってるんですか?」
馬車が来ているのに薬屋から出てこないヴァレリアさんを迎えに戻ると、ヴァレリアさんは優しい表情でガランとした店内を見回していた。
「ここにも随分長くいたと思ってな」
「……まだここにいたかったですか?」
私が爵位をもらって引っ越す話が出た時に、私だけで大きな屋敷に住むのは少し心細くて寂しくて、ヴァレリアさんに一緒に行きませんかと言ってしまったのだ。
ヴァレリアさんはそれにすぐ頷いてくれて、うちの家の専属薬師という立場になることになった。
「ははっ、そんな顔をするな。ここよりも広い場所で調薬ができるから嬉しいんだ。王宮への納品もすぐ近くだしな」
「……本当ですか?」
「ああ、それに今まで賑やかに暮らしてきたからな。私も一人になったら寂しい」
その言葉を発したヴァレリアさんを見上げると少しだけ頬が赤らんでいて、それが本心からの言葉だとすぐに分かった。
「ふふっ……それなら良かったです。ヴァレリアさん、これからもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしくな。じゃあ行くか」
それからヴァレリアさんとフェリスと共に迎えの馬車に乗って屋敷に向かうと、そこは遊び回る精霊たちでとても賑やかだ。
ノエルさんとアルベールさんも来てくれているらしい。
ちなみにアルベールさんは無事に王宮の文官になり、今は精霊に関する業務を担当している。ノエルさんは変わらず騎士団の専属治癒師だ。
「レイラさん、ついに引っ越しですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。これからは近くなりますし、いつでも遊びに来てくださいね」
「では休日に入り浸らせていただきますよ?」
悪戯な笑みを浮かべてそう言ったノエルさんに、私は頬が緩んでしまう。
「もちろん、いくらでも来てください」
「ありがとうございます。……そうだ、最近は精霊たちのおかげか平和ですし、今度お出かけをしませんか? 実はレイラさんが気に入っていたお菓子を扱うお店が、先日カフェをオープンしたらしいんです」
「本当ですか! ぜひ行きましょう」
私の答えにノエルさんは優しい笑みを浮かべてくれて、私たちは穏やかに笑い合った。
楽しみがまた増えたから、これで大変な仕事も頑張れるかな。
『レイラ! 凄く良いお屋敷だね。皆がいて楽しいね』
私の近くにいたフェリスが、楽しそうにそう言って私の周りを飛び回る。これからの生活への期待からか、フェリスの瞳はキラキラと輝いている様子だ。
「凄く立派なお屋敷だよね。フェリス、これからもよろしくね。そして……一緒にこの世界をもっと良くしていこうね」
『うん!』
フェリスは私の言葉に大きく頷くと、嬉しそうに上空へと飛び上がった。フェリスを追って見上げた空は雲一つない快晴で、この先の世界が良い方向に向かっていくことを予感させた。
これからもこうして大切な人たちと、そして精霊たちと楽しく幸せに暮らしていけたら良いな。
〜あとがき〜
「薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜」
これにて完結となります。ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!
面白かったと思ってくださいましたら、評価やコメント、レビューなどしていただけたら嬉しいです。
それから私は他にもたくさんの長編作を書いていますので、よろしければそちらも覗いてみてください。
これからもよろしくお願いいたします!
蒼井美紗
薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜 蒼井美紗 @aoi_misa
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