第35話 同行者決定
「うわぁ、速すぎる……」
凄い勢いで飛んでいった精霊たちを見送ると、思わずそんな言葉が溢れた。多分風魔法を使って加速しているんだと思うけど、あり得ないほどの速度だ。
下界で見たことがある何よりも速い。
しかもなんでもありな競争のようで、遠くからでも攻撃魔法がガンガンに放たれているのが視界に映った。
水魔法で作られたドラゴンが現れたり、火魔法でタイガーのような魔物が作られたり、氷の蝶みたいなのが大量に現れたり、なんだか見た目にも綺麗な魔法ばかりだ。
この光景を見ていると、フェリスが落ちこぼれだと下界に落とされたのが少しだけ分かるかもしれない。いや、下界に落とされたという部分には全く納得できないけど、この光景と比べると確かにフェリスの魔法は未熟に見える。
でも私の中では、フェリスが一番可愛くて賢くて最強なんだけどね。
「もう見えなくなっちゃった」
火焔山ってあの遠くに見える赤い山だよね……あそこまでどれほどの距離があるんだろう。何時間待てば良いのかな。
そんなことを考えながら泉の畔に座り込んでいると、数分で戻ってくる精霊が視界に映るようになった。思っていた何十倍も早い。
『うぉぉぉぉぉ! 俺が一番だぜ!』
そんな声を上げながら泉の上に飛び込んできたのは、赤い短髪が特徴的なかっこいい精霊だ。
『よしっ、二番に入ったわ!』
次に入って来たのは、ピンク色のふわふわな髪がとにかく可愛らしい精霊。そしてそのすぐ後に滑り込んできたのは、緑色のふわふわショートヘアに目を惹かれる、なんだかのんびりとして見える精霊だ。
でも三番ってことは、見た目よりも魔法が得意なんだろうな。
『僕が三番だね〜』
『ちっ、負けたぜ!』
『私としたことが、不覚』
『もう、遊びに行きたかったのに!』
その後も次々と精霊たちが帰って来て、すぐに全員が泉に集まった。
「皆、魔法が得意なんだね」
『いや、俺らはまだまだだぜ。まあ暇すぎて魔法で何かを作るのは好きだけどな』
『最近の流行りは動物型の魔法だ』
あの形はそれが強いっていうよりも流行りだったんだ。
「この場でも作れるの?」
『もちろんよ。私は蝶がお気に入りなの』
ピンク髪の精霊はそう言うと、私の周りに小さな蝶をたくさん作り出してくれた。
やっぱり魔法の繊細な技術はフェリスとは比べ物にならないね……しかもこれがまだ若い精霊らしいってところが恐ろしい。
――フェリス、私が戻ったら一緒にたくさん練習しようね。
「綺麗だね。ありがとう」
『このぐらい楽勝よ。それよりも早く行きましょう?』
「そうだね。えっと……名前を教えてもらっても良い? これから一緒に行動するなら知ってた方が便利だと思うんだけど」
『確かにそうね。私はアンシュよ』
『俺はロデアだぜ!』
『僕はランセ〜』
アンシュ、ロデア、ランセか。精霊の名前は人間の名前と規則性が違うのか、覚えづらいので何度か口の中で唱えた。
「アンシュ、ロデア、ランセ、これからよろしくね」
『ええ、任せておきなさい。最終的には精霊王様のところに連れて行けば良いのよね』
「うん。そうしてくれるとありがたいな」
『でもその前に遊び場だな! まずはどこから行く?』
『一人一ヶ所ずつ行きたい場所を決めて、近いところからにしましょう。私は銀華の丘でピクニックが良いわ』
『俺は最初にも言ったけど、白水の川で水遊びだ!』
『僕は百味山で木の実の採取がいいなぁ〜』
皆がそれぞれ行きたい場所を発表して、三人が少しだけ話し合うと道程が決まったらしい。
『最初に白水の川へ行って、それから百味山で木の実の採取、そして採取したものを持って銀華の丘でピクニック。それから精霊王様のところに行くわ』
「分かった。決めてくれてありがとう。その道程って何日ぐらい掛かりそう?」
『私たちなら数日よ』
「それって……さっき見た速度で?」
『決まってるだろ?』
うわぁ……それは想像したくないほどに遠いかもしれない。さっきの速度で数日かかる場所なんて、私が歩いたら何ヶ月単位の月日が必要だ。
そんなに帰らなかったらフェリスやヴァレリアさん、皆に心配をかけてしまう。
「私が早く移動する方法って何かないかな?」
『あなたのことも私たちの魔法で運ぶわよ?』
「え、そんなことできるの!?」
『私たちは精霊よ。当然でしょう?』
アンシュはそう言って得意げに微笑むと、私の隣に氷の球体を作り出した。その球体はにょんっと氷が柔らかく変形するように入り口が開き、中にソファーが作られていく。
『中に乗っていれば運ぶわ。でもこれだけじゃ硬いかしら。レイラ、そこの白土をソファーに敷き詰めたら快適になるわよ』
「白土って、この地面のふわふわ?」
『そうよ』
しゃがみ込んでふわふわに触れてみると、とても滑らかな綿のような感触だった。それを一抱え分もらい、氷の球体の中に運び入れる。
そしてソファーに腰掛けたら、予想以上に快適な座り心地だ。
『入り口を閉めるわよ』
「うん。ありがとう」
『風魔法は僕が得意だから、レイラは僕が運ぶよ〜』
『本当? じゃあランセにお願いするわ』
『準備はいいか? さっそく行こうぜ!』
『先頭の道案内はロデアに任せるわよ』
『おうっ!』
そうしてあれよあれよという間に出発準備は整い、私は他の精霊たちに手を振って別れを告げた。そしてランセの『いくよ〜』というのんびりとした声に頷いた瞬間、私が乗る氷の球体はありえない速度で宙を飛ぶ。
「うわっ……ちょ、こ、怖っ」
そのあまりの速度に腰が抜けそうになったけど、なんとか耐えて目を瞑った。これは景色を見るどころじゃない。それよりも恐怖心に勝つことが大切だ。
大丈夫、精霊は強いから私は死なない、ここは安全、落ちることはない、何かにぶつかることもない。
そんな言葉を呪文のように唱え続けていると、だんだんと体が慣れてきて、ソファーにリラックスして座っていられるようにはなった。
それから何十分か何時間か、ひたすら目的地に到着するのを待っていると……ドシンッという僅かな衝撃が体に響き、球体がどこかに着陸した。
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