第34話 精霊界
突然視界が奪われたことで思わずギュッと目を瞑り、その場に丸まってしゃがみ込むと、次第に真っ白な光が収まっていくのが分かった。
それに気づいて恐る恐る目を開いてみると……目の前に広がっていたのは泉だけど、さっきまでの泉とは全く違う場所だった。
泉の水はなぜかピンク色で、その周りに広がるのは白くてふわふわな地面。私がしゃがみ込んでいるのもそんな白い何かの上だ。
「うわっ」
立ち上がろうとしたら、地面が不安定で転びそうになってしまった。
「ここが、精霊界……?」
そう呟いた瞬間、後ろから突然声が聞こえてくる。
『精霊の愛し子の気配がする子なんて、久しぶりに会ったわ』
『もう気配は薄いが、確かに感じるな』
『おい、この娘を精霊界に呼んでも良かったのか?』
『愛し子の末裔ならいいんじゃない?』
『怒られても知らないぞ』
ガバッと後ろを振り返ると、そこにいたのはフェリスと同じような形の精霊たちだった。しかし人間のように、全員の姿は違う。
ピンク色の可愛らしいふわふわな髪の女の子とか、赤色のツンツンした短髪の男の子とか、たくさんの個性的な精霊がいる。服装も全員が異なるようだ。
「あの……初めまして、私はレイラです」
とりあえず挨拶をすると、精霊たちは思っていたよりも好意的に私に近づいて来てくれた。
『レイラって言うのね。あなたは精霊の愛し子の末裔でしょう? 面白いから精霊界に招待したわ。泉の管理は本当に退屈で』
『誰も来ないもんな』
『下界にも行けないしな』
この子たちが下界と繋がる泉の管理をしていて、私を招待してくれたってことだよね。
「ありがとうございます。あの……精霊さんたちは、なぜ下界に行けないのですか?」
フェリスから聞いた話が合っているのか確認のために問いかけてみると、私の言葉を聞いた精霊たちは予想外な反応を示した。
『よく分からないけど、人間は危ないからダメだって言われたわ』
『理由は教えてもらえないんだ』
『いつもはぐらかされるんだぜ』
理由を知らない精霊もいるんだね……もしかしたら、この子たちは比較的若い精霊なのかな。もっと上の精霊たちに会わないと、下界を救って欲しいとお願いもできないかもしれない。
『そんな話よりもせっかく来たんだから遊びましょう? 銀華の丘でピクニックはどう?』
『それよりも白水の川で水遊びをしようぜ!』
『えぇ〜せっかく人間が来てくれたんだから、話を聞こうよ』
「あの、私は精霊さんたちの偉い人に会いたくて、案内してもらえないでしょうか?」
このままだと遊びに付き合わされて交渉もできないと思って皆の話を遮ると、全員からのブーイングが届いた。
『遊ぼうぜ〜』
『偉い人って精霊王様のこと?』
『遠いから行くの大変だよ〜』
『それよりも遊んだ方が楽しいよ?』
「いや、でも……」
最初にいた精霊たちに続いて、会話が聞こえたのか近くにいた精霊たちも集まってきて、私の周りは一気に賑やかになる。
ただ大切な言葉も聞こえた。この子たちでも精霊王の居場所を知ってるみたいだ。フェリスからも精霊王が精霊界の頂点だって聞いてたし、会えるのなら説得には一番良い相手だろう。
『え、人間がいるよ?』
『もしかして呼んだのか!?』
『ダメなんじゃねぇの?』
『でも禁止されてるのは私たちが下界に行くことだけよ』
『愛し子の気配がするぞ』
『人間ってこんな感じなんだね〜』
『大きいね〜』
皆が各々好きなことを喋るので、口を挟む隙すらもらえない。精霊ってお喋りなんだね……可愛いけど、今は話を聞いてほしい。
「皆! 話を聞いてくれない?」
敬語も止めて声を張ると、一応こっちに視線は向けてくれたけど、それぞれが好きなように話すのは止めてくれないみたいだ。
『なになにー?』
『遊ぶのー?』
『遊ぶ場所を聞きたいの?』
「いや、そうじゃなくて」
それから何度かそんなやりとりをしたところで、やっと精霊たちは口を閉じてくれた。はあ……何だかすでに疲れたよ。
でもここからが本番なので、気合を入れ直して私の前にズラッと並んでくれた精霊たちを端から見回した。全部で二十人ぐらいはいるみたいだ。
「私は精霊王様に、とても大切なお話があるの。だから遊んでいる時間はなくて、できる限り早く精霊王様のところに行きたいんだけど……」
『えぇ〜、ただ行くだけなんてつまらないよ? そうだ! 遊びながら行けば良いんじゃない?』
『確かに!』
『途中に色々と楽しい場所があるよ』
『精霊王様のところは遠いもん。遊びながらじゃないと飽きちゃうよね』
うぅ……あんまり緊急性が伝わってない。この子たちが子供だからかもしれないけど、思っていたよりも精霊たちって自由なんだね。フェリスはめちゃくちゃしっかりしてる子だったよ。
どうしよう。遊びながら案内してもらうっていう提案に頷いたほうが良いかな。このままここで押し問答してるのも時間が勿体ないよね……
「じゃあ、遊びながら精霊王様のところに案内してくれる?」
結局はそこで妥協することにして、精霊たちにそう告げた。すると皆は宙をぐるぐる飛び回って喜びを表してくれる。
やっぱり精霊って可愛いな。
『それなら良いわよ!』
『早く行こうぜ!』
『やった〜』
『いや、ちょっと待て。ここに誰もいなくなるのはダメだろ?』
『確かにそっか。じゃあ……誰が残るのかを決めるためにゲームをする?』
一人の精霊が発したその言葉に皆がすぐに同意を示して、私の同行者を決めるゲームが行われることに決まったらしい。
『何のゲームにする?』
『こういう時は競争だろ! 火焔山の頂上にある朱石を持って、ここに戻ってくるのが早い順に三人でどうだ?』
『あら、良いじゃない』
『私が勝ちます』
『勝つのは俺だ!』
『じゃあレイラ、開始の合図を頼むわよ。順位もあなたが見ていてね』
「え、私!?」
なんだかよく分からないまま私が競争の審判に任命され、皆が泉近くで横一列に並んだ。
『良いわよ』
『じゃ、じゃあ……スタート!』
混乱しつつもとりあえず合図をすると、二十人ほどの精霊たちは私の目では追えない速度で目的の山に向かって駆けていった。
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