第33話 精霊の泉へ

 王都を出発してひたすら馬車に揺られること一週間。私はやっと目的の街に辿り着いていた。


「今回は本当にありがとうございました。とても助かりました」

「いいってことよ、気にするな」


 御者の男性は最初の印象通りとても良い人で、道中は楽しく話をしながら進むことができた。さらに街に寄るたびに宿の確保をしてくれたり、時には夕食を奢ってくれたりと本当にお世話になった。


「この街に家族がいるんだよな?」

「はい。場所は分かってるので、ここで大丈夫です」

「それなら良かった。じゃあ嬢ちゃん、また何かあったら利用してくれよな」


 最後まで優しくて気持ちの良い男性に見送られ、私は男性の姿が見えなくなったところでさっき入ってきた街の門に引き返した。

 今はまだ昼を過ぎた時間なので、今日中に精霊の泉に向かって進んでおきたい。


「フェリス、泉はどっち?」

『向こうの山だよ。歩いたら……二日ぐらいかな』

「そこまで遠くないんだね。じゃあ頑張ろうか」


 拳をぐっと握りしめて気合を入れてから、街道を逸れて山に向かって歩き出した。


 しばらくは冒険者の人たちもいる場所なので魔物に襲われることはなく進むことができたけど、山を登り始めた頃から人は全くいなくなり、獣道もないので前に進むだけで大変になる。


「フェリス、その精霊の泉って人間に知られてないの?」

『うん。そうと分からないようになんの変哲もない小さな泉だから、知られたとしても観光地になったりはしないと思う』

「そうなんだ……はぁ、はぁ、疲れるね……」

『レイラ、僕が魔法で道を作ろうか?』


 確かに……それはありかもしれない。フェリスの強すぎる魔法が役に立つ時はここじゃないだろうか。


 でもまださっき人がいたところが近すぎるから、もう少し登ってからが良いかな。


「今日は自力で登って、明日からは道作りをお願いしても良い?」

『うん! 任せておいて!』


 それからしばらく頑張って山を登り、日が暮れてきたところで今夜の寝床を探すことにした。寝床はできれば洞窟が良いんだけど……


 そう思ってフェリスに周囲を探してもらったら、少し歩いたところに小さな洞窟があったようなので、そこに向かうことにした。

 数十分歩いているとやっと辿り着き、私が十分に入れる大きさだったので寝床はここに決める。


 その辺にある大きな葉っぱなどを敷き詰めれば、簡易ベッドの完成だ。


「フェリス、夜の見張りはお願いね」

『もちろん任せておいて。何が来てもレイラには指一本触れさせないよ!』

「頼もしいよ」


 でも明日起きたら周辺が荒野になってたなんて、そんなことが起きそうで少し怖い。


「ふわぁぁぁ、もう眠いから、ご飯を食べてからすぐ寝るね」

『うん。早く寝たほうが良いよ』


 それから私は鞄に入れてあった保存食を少しずつ口に含み、空腹感がなくなったところで食事は終わりにして横になった。

 体力回復のために、もう寝よう……



 ハッと目が覚めたら、辺りは明るかった。あまりの疲れに日が昇るまでぐっすりだったみたいだ。

 洞窟の外に出てみると……そこには予想通りの光景が広がっていた。


「フェリス、おはよう」

『あっ、レイラ! おはよう!』

「私が寝てる間に、随分と魔物が襲ってきたんだね……」

『そうなんだよ。一回群れが来た時にはちょっと焦ったかな』

「フェリス、倒してくれてありがとう」


 荒野にはなっちゃったけどフェリスは私の命の恩人なので、感謝を伝えて頭を優しく撫でた。

 するとフェリスは嬉しそうに顔を緩め、少しだけ頬を赤くする。


 やっぱりフェリスは可愛いな。


「じゃあ朝ご飯を食べて、今日も精霊の泉を目指そうか」

『そうだね! 今日は僕が道を作るよ』

「よろしくね」


 ――ドガァァァン!!!


 それからの私たちは、そんな衝撃音と共にひたすらまっすぐ、文字通りまっすぐ精霊の泉に向けて足を進めた。昨日とは比べ物にならない進行度に、このまま行けば今日の夕方には精霊の泉に辿り着けそうだ。


『レイラ、いくよ!』

「うん、よろしくね」

『ウィンドカッター!』


 ドンッッッ!!


 おおっ……何度見ても凄い。


「フェリス、魔力は尽きないの? 大丈夫?」

『うん。まだまだ心配はいらないよ』

「そっか。やっぱり精霊って凄いね」


 それからもフェリスがひたすら張り切って魔法を使い続けること数時間、私たちの目の前に……綺麗な泉が姿を現した。


 しかし綺麗だとは言ってもどこにもありそうな泉なので、確かにこの場所にあるこの泉が観光地になることはないだろう。


「ここが、精霊の泉?」

『そうだよ。僕はここまでしか行けないんだけど……』


 心配そうな表情を浮かべてそう言ったフェリスを、私はぎゅっと抱き寄せて背中を指先で優しく撫でた。


「フェリス、私は絶対無事に帰ってくるよ。だから待っててね」


 そしてそう声をかけると、フェリスからは涙声が返ってくる。


『うん……っ、うんっ、絶対に、無事に帰ってきてねっ』

「約束するよ」


 最後にフェリスの顔をじっと見つめて笑いかけてから、私は一人で精霊の泉に向かった。


 なんの変哲もない、普通の泉。その畔まで歩いてぐるりと辺りを見回してみたけど、特に何も起きない。どうすれば精霊界に行けるのかな。


 そう考えて何気なく泉の水に手で触れてみると――


 ――触れた瞬間に、目の前が真っ白に染まった。

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