津山 美穂(2)
「あら、お昼寝?」
……ん?僕?
「お久しぶり。あなたは元気にしてた?」
……………あっ!
「あの時はごめんね。迷惑…かけちゃったよね。」
申し訳なさそうに笑う美穂ちゃん。……別に僕は迷惑してないよ。美穂ちゃんが大丈夫そうで……よかった。
「あの時は私を呼び止めてくれて、ありがとう。熱中症だったの。危険なところだったってお医者様には言われた。」
美穂ちゃんが口に出してだるいって言ってたからだよ。じゃなきゃ僕は気付けなかったし。
「お医者様には怒られちゃった。どんなに仕事が大変でも水分補給と朝食くらいは食べなさい、って。………あの、さ。私の愚痴、聞いてくれる…?」
もちろんだよ。僕でよければいくらでも聞くよ。
美穂ちゃんは一呼吸置く。
「私、昔から頼まれたこと断れなくてね。それに私が勤めてた企業が、いわゆるブラック企業だったらしくてね。そんなたらいつのまにか……気づいたら仕事が、処理し終わらないくらい溜まっちゃって。お母さんにも親友にも怒られちゃった。ちゃんと断りなさい、って。」
美穂ちゃんはフヘヘと笑う。
「でもねっ!もう転職して、引っ越しして。ご飯は三食ちゃんと食べて、睡眠も八時間以上取れてるの。すごい進歩だと思わない?」
頼み事は?
「頼み事は……まだしっかり断れないけど…。でも職場の人がいい人ばかりで、頼まれること自体が……少ない、かな。」
じゃあ今後に期待だね。美穂ちゃんなら断る勇気も持ってるよ。大丈夫。
「………頼み事を断ったらね、人が悪いって言われそうで。……人でなしって…仲間はずれって嫌じゃない?だからそうならないようにって自分なりに頑張ってたつもりだったけど………違ったみたい。」
違うの?僕は怖いものから逃げるのもまた勇気だと思うよ。
「断らないことで、『いい人』になろうと思ってたの。でも断らないことでなれるのは『都合のいい人』だけなんだって。そう……気づいたの。」
いい人はいい人でも『都合の』いい人、か…。
「……今からでも私、頑張るよ。私がなりたい『いい人』になれるように。………今からでも、遅く……ないよね…?」
うん。遅くなんてない。僕が断言してあげる。まだまだ人生は長いんだから。死ぬ時に自分が自分のなりたい自分になっていれば、それでいいんだよ。
……ねえ美穂ちゃんさ?
「あのさ、あの時の女の子……誰かわかる?」
…?あぁ…。
「お医者様がね、高校生くらいの女の子が適切な応急処置をしてくれていて、私が倒れた時の状況も詳しく教えてくれたから助かったって…。気づいたら居なくなっていて、名前、聞けなかったらしくてね?お礼を言いたいなぁと思ったんだけど…。あなたならなにか知ってるかなって。」
………残念だけど僕はなにも知らないよ。そう。なぁんにも、ね。
「ここに来れば会えるかなぁと思ったの。転職とか引っ越しとか色々忙しくて今になっちゃったんだけど。」
美穂ちゃんは少し悲しそうな顔をする。
「コロナのこともあるし、あんまり外には出ないよね〜。」
…………え?今なんて言った…?ころ、な、って…?
美穂ちゃんは僕が混乱しているのに気づいたみたい。
「そっか。コロナって言ってもわからないよね。コロナウイルスって言って今流行ってるウイルスなんだけど…。外出制限だったり色々うるさくてね……ってもうこんな時間!」
美穂ちゃんはパッとベンチから立ち上がる。何かの約束?
「……ここだけの内緒だよ?」
もちろん。お口チャックしとくよ?
「実は最近……ドラマにハマってて…。リアタイで見るのが今の日課なの。」
恥ずかしそうに笑う美穂ちゃん。全く恥ずべきことじゃないよ。……そんなに恥ずかしがるってことは今までそんなに見てこなかったのかな?今までできなかった分まで楽しめばいい。いいじゃんドラマ。
「あぁあ。あなたに貸し、また作っちゃった。………ありがとう。」
美穂ちゃんは大きく頭を下げる。僕なんかに大袈裟な。なんて慌てて見るけれどとても嬉しくて…。
「じゃあまたね。元気でいるんだよ?」
僕は苦笑する。君こそ体を大切にね。
大きく手を振って去っていく大きな子供らしさが残る背中に。街へ出てみよう。僕はそう決心した。
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