酒向 茉凪

「うぇえん…ま、ママぁ…。」

 見ない子…。……迷子、かなぁ?珍しいねぇ。

「ま、ママどこぉ?」

 ………しょうがない。助けてあげよ。

「ま、ま、ママぁ〜。」

「はい。これ良かったらどうぞ。」

「ふぇ…?」

 女の子は僕を見上げる。かわいいなぁ…。僕はしゃがんで手を開いた。

「これ。いちご飴。持ってたからあげる。」

「ほんと!?」

 目を輝かせる女の子。あ……。下に目をやると、膝が赤くなっていた。お母さんを探す途中で転んじゃったのかなぁ。

「もちろん。でも、その前に足手当てしよっか。」

 女の子は僕の言葉で痛みを思い出しちゃったみたい。涙目になる。

「歩ける?」

 ぶんぶんと首を横に勢いよく振る。

「抱っこしてもいい?」

 小さく頷いた。僕は彼女を持ち上げると、公園の端にあるベンチに座らせた。

「ちょっと待っててね。」

 こくんと頷く。いい子だねぇ。僕はふわふわの髪を少し撫でた。

 水道から落ちる水が気持ちいい…。ハンカチを無事濡らし終えた僕は女の子の元へ駆けていく。

「少し滲みるかもだけど我慢できる?」

 唇を強く噛んだ女の子。小さく頷く。

 消毒液ないけど…。まぁこれで大丈夫でしょ。

「わぁ。かわいい〜。」

「ありがと。」

 フフフ。かわいい絆創膏のお出番〜。

「痛いの痛いの富士山に飛んでけぇ!はい。これでもう大丈夫。よく頑張ったね、ご褒美に飴ちゃんもあげよぉ。」

「ありがとうお姉ちゃん!」

 女の子は嬉しそうに飛び上がる。

 小さな口に頬張って、ほっぺた膨らませて幸せそう。

「君、お名前は?」

茉凪まな酒向さこう 茉凪まなっていうの!かわいいでしょ?」

「いいお名前だねぇ。」

「お姉ちゃんは?」

「ぼ、僕?」

 茉凪ちゃんはキラキラのお目目で僕を見つめる。僕、の、なま、え…?

「僕……僕、は……。」

「お姉ちゃんのおめめきれいだねぇ?おそらみたい!」

 そ、ら…?

「お姉ちゃん、のままじゃだめ、かな?」

「へんなのぉ〜。お姉ちゃんじぶんのおなまえわかんないの?」

「恥ずかしながら…。」

 茉凪ちゃんは笑う。僕の名前って……なんだっけ…?

「ねえお姉ちゃんあそぼ!」

「………それより茉凪ちゃん。お母さん探そ?」

「おかあ、さん?」

 茉凪ちゃんの顔が少し曇る。フフフ。僕にまっかせなさぁい。

「僕に任せて!すぐ見つけてあげる。」

「ほんと!?」

「着いて来れる?」

「うん!」

 僕は真っ直ぐ電話ボックスへと向かう。こんな時こそ電話ボックス。

「なぁに、これ?」

「これはね、電話ボックスって言って、お電話できるんだ。」

「へぇ〜!」

「詳しくはお母さんに教えてもらいなよ。」

「うん!」

 茉凪ちゃんは大きく頷く。小さい子ってかわいいねぇ。僕は受話器を手に取った。

「もしもし。はじめまして。」

 リーンと大きな音が鳴った。

『はい…?どなた、でしょう?』

「はじめまして、茉凪ちゃんのお母様でしょうか?」

『茉、凪…?』

「あ、ママだぁ!」

『茉凪!』

 …すごい。ほんとに繋がった…。

『すみません。茉凪がお世話になったみたいで…。』

「こちらこそ名乗れなくてすみません…。」

「お姉ちゃんね、なまえわかんないんだって!」

 茉凪ちゃんは可笑しそうに笑う。それ、大人に言うと、ほんとに危ない人だから、やめてくれないかなぁ…。

『そ、そう、なのね。』

「あの、春ノ宮公園…って言われてわかりますか?」

『あ、はい。……そこに、行けばいいんですか?』

「はい。茉凪ちゃんと待ってますね。」

 ツーツーと音がして、電話を切れたと告げる音が僕の耳に入る。

「じゃあ、お母さんが来るまで遊ぼっか。」

「うん!」

 受話器をガタンと置いた。


「茉凪ね、おばあちゃんちにあそびにきたの!」

 それで見たことない顔だったんだね。

「おばあちゃんもおじいちゃんもみっんな優しいの!」

「……茉凪ちゃんは、楽しい?」

「うん!とっても!」

 ……人の笑顔は好きだ。僕は、この笑顔をずっと見ていたい。

「あ、ママ!」

 顔を上げた瞬間に見つけたのであろう。女の子は嬉しそうに駆けていく。………もう、魔法の解ける時間だ。

「ママァ!」

「茉凪!大丈夫だった?変なことされてない?」

 心外だなぁ。

「…あ、足!大丈夫?怪我したの?」

「ころんだの。でもね、お姉ちゃんが「いたいのいたいのとんでけ」ってしてくれたからだいじょうぶ!ふじさんまでとばしてくれたんだよ!」

「……お姉ちゃん?」

「そう!ママもおはなししたでしょ?あ、そうだしょーかいするね!」

 茉凪ちゃんはクルリと振り返る。

「……あれ…?」

「……そうね、きっとお姉ちゃんもお家に帰ったのよ。茉凪も帰りましょ。」

「はぁい。…またねっていいたかったのになぁ…。」

 茉凪ちゃんは寂しそうに石を蹴った。ごめんね、でも君を助けられて良かったよ。もう、迷子になんてなるんじゃないよ?

「私もお礼が言いたかったわ。茉凪をありがとうって…。……それにしても…どうして、携帯の番号がわかったのかしら…?」

 お母さんは不思議そうに首を傾げる。

 フフッ。ナイショだよ?

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