依光 修平
「だり…。」
………体温温存したいんだけどなぁ…。
「……でも…いやいや。俺なんてさ。」
うるさいなぁ…もう。僕はよっこらせっと立ち上がって声の元へ向かう。こんな朝っぱらからどうしたの?
僕を見た男の子は固まって……
「不吉…。」
おいっ!目の前にいるのにそれはないだろっ!僕だって人並みに感情は持ってるんだぞ!
「やっぱり今日の俺は不吉なんだ。そう、部活に行っても顔面でボールを受ける未来が見える…から、俺は休んで正解だった!」
僕をこじつけに使ってくれちゃって…。ふぅ……。部活で何かあったの?ボール……サッカー?野球?バスケか…バレーとか?あ、テニスもか。他に何かあるかな?
「お前……逃げないの?こわぁ〜い人間様だぞぉ〜。」
両手を上げて見せる男の子に僕は呆れてものも言えない。たく…。
「あれ逃げない…。どんなに人懐っこいやつでもこれすると逃げるんだけど…。」
な訳ないでしょ…。逃げてるんじゃなくて呆れてるのよ。
「……なぁ。どうすれば上手くなれるかな、野球。」
あ、野球なんだ。…って言っても僕、野球あんまわかんない…。
「…同級生はレギュラー取ってるんだ。それなのに俺は万年ボール拾いだ。」
ふーん。上手い人がレギュラー取るのは当たり前なんじゃない?つまり君は下手なんだねw
「お前今すっごい失礼なこと考えただろ。」
あ、バレた?
「でも…俺だって頑張ってるんだよ?」
頑張ってたって上手くならないものはあるよ。サボってるくせに上手いのもいるでしょ?ああいうのすっごくムカつくけど。
「………どうしよう…。サボり癖、ついちゃうかなぁ…。」
んん…それは君の頑張り次第じゃない?
「…………あれ?なんか……聞こえない…?」
小さき若者よ〜さぁ、音の正体を見つけなさいな。男の子はキョロキョロあたりを見渡して、そして何かを見つけたみたい。
「電話…?」
そうそう、電話。大正解。てことで君を呼ぶベルの音だよ。早く行ってあげて。
男の子はキョロキョロあたりを見渡す。どんなに探しても君以外の人はいないよ?僕はクスッと笑う。
「………あれ、俺取ってもいいのかな…?」
どうぞどうぞ。僕は誘って歩き出す。
僕を通り越して伸ばされた手はゆっくりと電話ボックスの扉を開けた。
「…しっ。」
男の子は何かを覚悟したように声を漏らすと、受話器を取る。大きな音が鳴った。
「もしもし。
『依光お前出るのが遅いんだよ!!』
「え…?」
依光くん、放心状態〜。受話器を耳から出来るだけとぉくに伸ばしちゃってさ。……それだと僕にも被害被るのでやめてもらえないかな…?
『こっちは何回電話したと思ってる!無断欠席なんてけしからんぞ!!』
「コー、チ……。」
おぉ。てことはこの馬鹿うるさく怒鳴って騒いでるこの人が君の野球の先生。ってところかな?
『……おい。依光。なんか言ったらどうだ。黙ってても何もわからんぞ!』
「………俺、行きたく、ないです。」
『そうか。じゃあもうやめろ。別にお前がいなくても困らんしな。無断欠席した理由が行きたくないなんてふざけた理由で許されると思ってるのか…?』
依光くんは黙ってしまった。この先生、いけ好かないねぇ。
『ダンマリか?じゃあ退部ってことでいい』
「…ってください。」
『そんな声じゃ聞こえねえよ。声張れ!』
「待ってください!俺は退部なんかしたくない…!」
受話器を強く握る依光くん。
「俺は……俺は…!」
『上手くなりたいか。』
先生の言葉に依光くんの堰が切れる。
「そりゃそうに決まってるじゃないですか!もっと上手くなりたくて、もっと試合したくて、俺だって…俺だって、みんなみたいに試合をもっと楽しみたいんだよ…!みんなは一球一球、一喜一憂して、楽しくって、悔しくって声張り上げてる。でも…!俺には……それができない。どこか他人事なんだ。入った点も、失った点もどこか遠い世界なんだ。なのに、みんなの上手さに嫉妬して、妬む気持ちはしっかりある!!」
依光くんは一息、大きく吸い込んだ。そうそう。思ってること、吐き出したら楽になるよ?
「もう、うんざりなんだよ!こんな自分も…何もかも!!どんなに練習しても、頑張ってもみんなに追いつけない。ただ、背中を追いかけるだけなんて……疲れたよ…。」
そういう依光くんはなんだか寂しそうで見ていられないとさえ思った。と、依光くんは夢から覚めたように、ハッとする。
「すんません。急にこんなこと言って…。今から……行きます。」
『早く来いよ。』
『あ。』
そう言って先生が電話を切った音がする。
『ありがとよ。』
「え……?」
依光くんが困ったように焦る。フフフ〜これは不思議な電話ボックスなんで、ね?
『いえいえ。それよりせんせ。終わったら代わってって言ったのにどうして切ったんですか?』
……女の子?マネージャーさんとかかなぁ?
『余計なこと言われたくないからな。』
先生はムスッと一言。
『余計なことって……私がですか?』
『お前以外に誰がいるんだよ。』
『なぁんだ。先生が
「…………。」
修平くんは目を見開いて固まっちゃった。
『修平、今まで部活休んだことなかったもんなぁ。いつも一番頑張ってて。それは心配にもなりますよね、せんせ?』
僕、この女の子好きだなぁ。
『………お前、それ黙ってろよ?』
あ、否定しないんだ。この先生思ってたよりいい人では…?
「……俺、行ってくる。頑張るよ。」
そっか。君なら出来るよ、きっと。
「ありがとね、これ、聞かせてくれて。」
修平くんは爽やかに笑った。
駆けていく背中に僕は一言叫んだ。
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