阪井 伊月

 たっくも〜。寒くなるのが早いんだからぁ…。少し前まで丁度いい陽気だったのにね。変わらず日向はあったかいけど。今年の冬は……どうやって、越そうかなぁ。

「こんなところに電話ボックスなんてあったんだ…。」

 あれ?人?うわぁ〜いいなぁ。暖かそうなコーヒーを片手に携えてる。

「電話……して、みよっかなぁ。」

 びっくり仰天。そんなこと考える人がいるなんて…!今の時代、携帯なんて持ってて然るべし〜じゃないんだ?

「小銭あったかなぁ…。あ!テレフォンカード持ってたw。」

 お財布にテレフォンカード!?………この人、過去から来たのかな…?男の人が入って閉まる扉を僕は足で止める。声聞こえないのは嫌だもんね〜。

「…………?」

 男の人は電話を隈なく舐め回す。どんなに探しても見つからないよ?テレフォンカードやら硬貨やらを入れるところなんて。だって存在してないもん。

「!?」

 男の人は飛び上がって驚く。頭負傷しないように気をつけてよね?

「……………。」

 ……このままじゃ帰っちゃいそうだよね…。よぉし!僕の出番さ!一つ咳払い〜コホン、

「お兄さん、お兄さん。それは行方が知れないお兄さんの大切な人に繋がる電話だよ。言いたいこと全部、吐き出してごらんよ。」

 一瞬たじろぐ男の人。でもそれはほんと一瞬で、僕が瞬きをすると男の人は受話器を手にしていた。リーンと音が鳴る。

「………君は、元気にしてるかな?俺に、誰も君のことを教えてくれないんだ。君が生きてるのか、死んでるのか……。あの日、俺は怖かったんだ。急に郁恵いくえが苦しそうに倒れて。慌てだした親たちに郁恵が囲まれて。俺は怖くてただ見てることしかできなくて。何もしてやれなくてごめん。今でも時々思い出す。あの時、俺が動いていたら?何かしていたら?何をしていたって結果は変わらなかっただろうけど、それでも考えてしまう。………もし、君が生きているのなら、その声、一度だけでいいから………僕に聞かせてください……」

「その声……もしかしていっちゃん…?」

 男の人はパッと顔を上げる。戯けた表情で宙を回る女の子。

「郁恵?郁恵なの?」

「やっぱりいっちゃんだぁ〜。声変わりすぎてわからなかったや。それにしても泣き虫なのは変わんないんだねぇ?」

「わ、笑うなよっ!」

 男の人は、大人と思えないくらい無邪気な笑顔を浮かべる。

「………郁恵は元気にやってる…?」

「もう元気元気〜!元気すぎて親に怒られるくらい。」

「それなら、よかった。」

「あぁ泣かないでぇ〜。ごめんね、今、ちょっと手、離せなくて。よかったらまたかけてきてよ。その時はゆっくり話そ。」

「あぁ。」

 絞り出したように男の人は一言。一息置いて受話器を戻す。おっとっと…。

 扉を開ける男の人は、扉の目の前にいた僕を見て驚いて、そして笑った。

「君…だよね。僕の背中を押してくれたのは。」

 そんなわけないじゃん。僕、しゃべれないもん。

「不思議なこともあるもんなんだね。……ありがとう。あいつが幸せそうってことが知れてよかった。」

 僕は言う。君が勇気を出した結果さ。僕を一撫ですると男の人は去っていく。

 「あぁあ、行っちゃった。」声の主を見上げる僕。男勝りな女の子は豪快に笑う。「あんなので信じちゃうなんていっちゃんはチョロいんだから。」

 嘘はいけないよ?という僕に女の子は背を向ける。「君みたいな自由人にはわかんないだろうけど、優しい嘘って言って、いい嘘もあるんだよ。これはいっちゃんは知るべきじゃないから教えてあげないの。」でも……僕は言いかける言葉を止める。

 落ちる涙を必死に歯を食いしばって止める女の子は言う。「ごめん。ごめんね。私のせいで伊月いつきを縛って。そんなつもりなかったのに。あの日、親の言うこと聞いてちゃんと部屋にいたら違ったのかな?これで、私の呪縛から抜け出してくれたかな?伊月の中の私はちゃんと消えれたかな?」それは無理だろうな。僕は一人そう思う。いつの時代であっても、嘘は時に残酷で、悲しいものなんだね。

 二人の優しい涙がアスファルトに落ちて溶け合って消えた。

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