星河 光希

 んん〜…。ふはぁ…。

「君かい?」

 !?……び、びっくりした…。僕にわざわざ話しかけてくる人なんているんだ…。君かい?って……何が?

「不思議な電話ボックスの主って。」

 ……ふぅ〜ん。僕も偉くなったもんだね〜。

「ねえねえ、あの電話ボックスって……死んだ人にもかけられる?」

 どこからその話が来たんだろ?とても気になるけど…。

 まぁ、事例はあるよ?死んだ人にかけたっていう。でも……、成仏してる人とは話せないよ?成仏してるってことは、新しい器があるってことだからね。記憶もその人の表面上には存在しないだろうから。

「もし……かけられるなら、俺にも、案内、してくれない?」

 …………あ…。遠くからベルの音がする。僕は重い腰を上げる。あの電話が呼ぶなら僕は連れていかなきゃならない。これが僕の仕事。

 少し歩いて、男の子を振り返る。男の子は顔を輝かせる。

「連れて行ってくれるの?」

 男の子の声は飛び跳ねる。歩き出す僕を見て嬉しそうにニコニコ笑いながらついてくる男の子。でも、顔を上げた次の瞬間に男の子の顔は驚きに変わることになる。

「……さっき、この道通ったのに…。」

 君が見落としていただけじゃない?僕は笑う。

 立ち止まって見守る僕。男の子は一歩、また一歩と電話ボックスに近づいて…、扉に手をかけた。

「……本当に不思議だね…。電話ボックスなのに、かかってくるの?」

 僕は頷く。言うなればこの電話は「かけられない」。受けることしかできない不思議な電話。男の子は大きく一呼吸すると、受話器に手を伸ばした。

「………もし、もし。」

 あれ?音が……鳴らない?

「……………。」

 しばらく続く沈黙。僕は焦る。ベルの音はもう鳴っていないのに…?と、唐突に大きな音が響く。リーンって。

『もしもし。星河ほしかわです。』

 少ししわがれた、優しい声が電話ボックス内に充満した。

「じい、ちゃん…?」

『…………その声は光希みつきかな?…でも、声が低い……あぁ。光希、今は何歳だい?』

「じゅ、16…。」

 すごい。おじいちゃんよくわかるねぇ。声が低い……声変わり前ってことだもんね。光希くんだって気づくのもすごいし、未来からの電話だって納得できちゃうのもすごい。

『そうかそうか。大きくなったなぁ。光希。元気にしているか?』

「うん…。俺は、元気だよ。」

 光希くんが少し吃ったのをおじいちゃんは聞き逃さなかったみたい。

『…なぁ光希。じいがいつもお前に言ってること、覚えてるか?』

「お、覚えてる。覚えてるよもちろん。」

『そんな力まなくてもいい。』

 楽しそうに、和やかに笑うおじいちゃん。

『私はね、光希の自由を奪いたい。なんて考えてないんだよ。結果的にそうなってるみたいだがね。』

 図星を刺されたようで、光希くんは腰が引けてしまう。

『私は光希に、人の寂しさがわかるような優しい人になりなさい。と言ってきたね。お前はそれをどう捉えたんだい?』

「捉、える…。俺は……誰かを傷つけないように…人の感情を、言われなくても読んで、気を配れるように……それから、それ、から…。」

『優しい人。光希はこれをそう解釈したのかい?』

 光希くんは小さく頷く。

「だって…優しい人っていうのは」

『人に寄り添える人のことだよ。』

「寄り添、える…?どういう…?」

『馬鹿騒ぎをしたっていい。人に迷惑をかけてもいい。気を配らなくてもいい。時には傷つけなければならないことだってある。もちろん限度はあるがね?』

 おじいちゃんはただ笑う。

『ただ、傷ついている人を、落ち込んでいる人を見つけられるようになりなさい。そしたら……どうすればいいかはわかるね。』

「寄り添う…?」

『そうだ。よくできました。』

「こ、子供扱いするなよ!」

 光希くんは膨れる。

『すまんすまん。私が相手にしている光希はまだ7歳なもので。急に16歳と言われてもなかなか実感わかなくてね。すまんな。』

 途端に光希くんの顔が曇る。

「じいちゃ」

『おっと光希。それ以上は言ってはいけないよ。』

「で、でも…!」

『過去は変えられない。変えられるチャンスがあろうとも、変えてはならないんだよ。変えられたとしても……きっとお前にいい影響はないさ。』

 …………あぁ!わかった。そういうこと。今、光希くんは、おじいちゃんに何かの助言をしようとしたんだ。………おじいちゃんを、死なせないために。

 え?このおじいちゃんすごくない?もしかして未来でも見えてるんじゃ……。

『話は戻るが、光希はどうして“寄り添う”のかわかるかね?』

 光希くんは黙る。きっと彼の頭の中で色々な可能性を浮かべて……

「わかん、ない……。」

 だよね〜。僕もわかんない。

『じゃあ光希。お前は落ち込んでいる時に言われたことで、余計に凹んだことはないか?』

 僕が、落ち込んだ時……。あぁ、あったあった。僕の友達が旅行に行っちゃって、落ち込んでたら、仲間の間で僕がその友達に嫌われたんじゃないかってあらぬ噂が立っちゃって。あんな友達、嫌われてよかったじゃないかぁ〜って言われて…。大好きな友達を馬鹿にされてすごい悔しくて…、落ち込んだなぁ。

「ある、よ。」

『そう。言葉をかけるとそういうことが起こり得るんだ。しかも慰めてくれてるってわかっていたら、否定しずらいだろ?』

 確かに…。良かれと思って言った言葉で余計傷つけていたら世話ないもんね?

『だから寄り添うんだ。寄り添われるのが嫌な人はいないだろう?』

「で、でも…一人がいい場合は?人といたくなかったらどうするの?」

『人間はね、一人じゃ弱いんだ。どんなに一人がいい。そう思っていても心の底は誰かを求めているんだよ。……きっと、何度も人に裏切られたんだ。話を聞くよと言われて安心して話すと、馬鹿にされ、罵られ…。そんなことを繰り返して、心を閉ざしたものが“一人でいたい”と思い込んでいるんだよ。』

「じゃ、じゃあ……僕は、嫌われなければいいの…?」

 …?どうして?

『まぁ…そうかもなぁ。大っ嫌いな人に寄り添われても嬉しくはないからなぁ…。』

 そういうことか。ふぅ〜ん。

『ただ、全員に嫌われない、なんて難しいことなんだから、背負うんじゃないよ?節度を持ってバカやって、人に寄り添える優しい人になれれば、人は少なからず寄ってくるものさ。』

 ……なぁんか、難しい。だって、人の気持ち考えなくてよくて、馬鹿騒ぎしてもいいのに、その馬鹿騒ぎは節度を持って…つまり、人のこと考えて、人が嫌がらない程度にやらなきゃなんでしょ?矛盾してない?ほら、光希くんも黙っちゃったじゃん。

『と、難しいことをつらつら並べてきたが、光希はそのまま曲がらずに育てばいい。お前は充分優しい子だから。』

 光希くんは目を泳がせる。

「そう、かな…?」

『そうだよ。……自分が信じられないなら“私”の言葉を信じてくれ。な?』

 光希くんは小さく頷いた。

『……あ、そろそろ……時間だね。今日は話せてよかったよ。ありがとう。』

「うん…。」

『元気で…るん…よ。』

「うん。」

『じいはいつ…見てる……ね。』

「うん…。」

 ザーと雑音が酷くなって、電話が切れる。ツーツーと電話が切れたと告げる音とともに…。噛み締めた唇も虚しく、涙が何粒もこぼれ落ちた。


「ありがとう。落ち着いた。」

 僕が勝手に側にいただけだから別にいいよ。……そんなことよりさ、

「君は…咲斗さくとって、覚えてるかい?」

 ………あぁ、あの嫌な奴。嫌いな人って、忘れるタイプだからさ、僕。今の今まで知らなかったよ、そんな人。

「そいつが…教えてくれたんだ。この電話ボックスのことをさ。」

 ふぅ〜ん。………聞かなきゃよかったなぁ。

「ある時から、あいつ、惚気話をしなくなってさ。前までことある度に聞かされてたのに。なんかあったのかなぁとか思いながらも見て見ぬ振りしてた。そしたら……あいつまた始まってさ?」

 あ……ご愁傷様。

「迷惑なのが復活したよね、ほんと。でも、なんかあいつらしくて…。それとなぁ〜く、聞いてみたんだよ。何があったんだってね。そしたらここのことペラペラ話し出してさ。……気づいたら足が向かってたよ。」

 ふぅ〜ん…。まぁ、あの嫌な奴からここの存在を聞かなくても、いつかは光希くんの足で見つけてたってことだろうね。

「今日はありがとう。なんかスッキリした。………多分、じいちゃんが言うのは、君みたいな子なんじゃないかな?俺も君を見本に頑張ってみるよ。」

 そう?まぁ、僕は

「…あぁでも喋れないしな、お前。話聞くのは得意に決まってるか。」

 ………類は友を呼ぶ、ですね。僕は光希くんに顔を背けて駆け出す。もう二度と来るなよ?友達にも教えて真わんないでよね!

「あ、そうだった。」

 なんだよ!?

「これ、お土産。」

 にぼ…!?

「咲斗に聞いたんだよね〜って……聞いた通りかよ。」

 光希くんが苦笑する。

「はい、どうぞ。」

 ………やっぱり、いつでも来ていいし、お友達にも話して回ってよ。ぜひぜひ〜。っべ、別に、煮干しに釣られたわけじゃないからね!!

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