高榎 晴真
最近めっきり暑くなってきちゃって日向にいるのはとてもじゃないけど、きつい。やっぱり木陰が一番だよね。木陰で休む僕の耳に風とともに運ばれてきた足音。久しぶりにお客さんかな?僕は大きなあくびを一つ。
やあやあ坊や。こんな辺鄙なところに何用かな?僕の声に俯く顔を上げた男の子。途端に潤むお目から大粒の涙をこぼし出す。
「父さんが……父さんが……!」
僕は狼狽える。どうしよう。僕、こういう時の対処は苦手なんだよ。この状態じゃ電話ボックスに案内してもって感じだし…。男の子はその場でうずくまる。ヒックと体を揺らして、ズルッと鼻水を啜る。うーん……とりあえず様子を見ていよう。ここが人通りの少ない歩道でよかった。
元気になってもらえる何か、そこら辺に落ちていないかな?秋だったらどんぐりとか栗とか上げられるけど、「夏」かぁ………。もう!うるさいなぁ。考え事の邪魔しないで、よ…?あ、そっか!
ふぇえふぃへ。ほふふふふぁふぇふぁふぉ。
ゆっくり顔を上げる男の子に僕は得意げに胸を張る。
「わっ…!?」
ふほふぃふぇふぉ。
「ご、ごめん……。僕、虫苦手で………。」
あ…………。
「も、もしかして……元気づけようとしてくれたの…?」
項垂れる僕に男の子はぎこちなく笑う。
「ありがとう。」
僕は嬉しくなって思わず駆け寄ろうとし
「で、でも!む、虫は返してきてね…?」
あ……ご、ごめんなさい…。男の子ならカブトムシ、好きだと思ったんだけどなぁ…。僕はポイッとそれを捨てる。急に捕まえたりしてごめんよ。
「………君、名前は?あ、ぼ、僕は
嬉しそうに話していた晴真くんは急に悲しそうな顔をして黙ってしまう。………ねえ、よかったら僕に話してくれないかな?晴真くんはしばらく黙った後、静かに切り出した。
「あの、さ。よかったら……話、聞いてくれる…?」
少し申し訳なさげな晴真くんに僕は笑った。
「あのね、僕………父さんのこと、嫌いだったんだ。父さん、僕の考えなんて無視して、父さんの思う正しいこと、強制してきて。それなのに父さん自身は好き勝手にやって。大っ嫌いだったんだ。」
うわぁ…。嫌な人。まさに自分のことは棚に上げて。だね。
「だから僕、今までは表面上は父さんに従って、母さんには本当のこと言って了承得て…ってしてたんだ。」
お母さんは許してくれる人なんだね。よかった。
「僕はそれでよかったのに……それなのに母さんが……母さんが言っちゃったんだよ!父さんに、全部!」
あっちゃぁ…。
「案の定父さんは怒った。僕……思わず言い返しちゃって。そしたら父さんが僕に怒鳴ったんだ。お前みたいな出来損ないができないようなこと、考えるだけ無駄だって。」
できないこと?
「……僕、ね。学校の先生になりたくて。頭なんて良くないし、教えるのなんて下手だし、僕が教師に向いてない。なんて父さんに言われなくてもわかってる。……でも、どうしてもなりたいんだっ…!それなのに父さんは教師の悪口言い出すし…。感情ぐちゃぐちゃにされて、言っちゃったんだ………父さんなんて、死んじゃえっ!って…。」
晴真くんは項垂れる。
「それから僕、引けに引けなくなっちゃって、父さんとは口も聞かないまんま。そしたら、今日父さんが事故ったって…っ!僕、どうしたらいいかわからなくなっちゃって家、飛び出してきちゃった。」
言霊。言ってしまったらもうそれは取り返しがつかない。……反省、してるんだね。
「で、でもさ…!父さんが圧倒的に悪いじゃ……って父さんを責めても見たけど晴れなくて…。ご、ごめんね。こんな話、君にしても意味ないのに、ね?」
晴真くんは笑う。とても寂しそう…。
「じゃあ僕、携帯も家に置いてきちゃったし……父さんの状況でも聞きに戻るよ。」
あっ、ま…っ。
「なぁに?」
引き止める僕に晴真くんは振り向いてくれる。リリリリリと、電話の音がした。
「あ、ちょっと…。」
僕は電話ボックスに駆け寄って、開いていた扉から中に入る。晴真くんは不審そうな顔をしながらも、僕についてきてくれる。大丈夫!きっと晴真くんのお母さんからだよ。僕は笑ってみせる。
「え……?これ……取れって…?」
受話器を指差す僕。晴真くんはゆっくりとそれを取る。僕の頭の中にリーンと大きな音が響いた。
「もし…もし?」
「……晴、真?」
晴真くんは目を大きく広げる。ね?言ったでしょう?
「そう、だよ。母さん。あの……」
「晴真!父さんね、父さんのね、意識」
晴真くんの心臓の音が聞こえてくる気がする。うるさかった蝉も今はとっても静かだ。
「戻ったって!」
よかったね、よかったねぇ。晴真くんは一瞬理解できないような顔して、すぐに顔を歪ませた。
「ほ、ほんと…?」
「こんなことで嘘ついてどうするのよ?怪我もそんな大したことなかったって。よかったねぇ。」
晴真くんは力が抜けたみたいで、その場にへたり込んでしまう。
「よかっ……た…。」
「そんなことより晴真?どこほっつき歩いてるの。戻ってらっしゃい。昼食用意して待ってるよ。」
晴真くんのお母さんの声、すっごく暖かい。
「わかっ、た。すぐ戻るよ。」
「はーい。じゃあ切るわね?」
「うん。」
晴真くんは受話器を戻す。
「ほー……。」
大きなため息をついて、両手に顔を埋める晴真くん。……だい、じょうぶ…?
「よしっ!」
晴真くんは泣いていなかった。笑顔で立ち上がった晴真くんは電話ボックスの扉に手をかけて僕を見つめる。
「………ありがとう。おかげで少し、楽になった。」
別に?僕ただ話を聞いただけだし。
「まだ、父さんのこと、許せないけど……父さんに会ったら、僕……ちゃんと謝るよ。」
うん。それがきっと一番いい。上手く、和解できるといいね。……できるか。だって晴真くんだもんね。
「あの……それで、なんだけど…………よかったら、また来てもいい?」
少し恥ずかしそうに僕を見上げる晴真くん。僕は澄まして電話ボックスから出る。晴真くんはそんな僕を見て、クスリと笑った。
もし、見つけられるなら、いつでもおいで。
僕は晴真くんを背にして駆け出した。蝉がうるさい。……夏が来た。
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