ライフリープ

はるまげどん

ライフリープ

「あなたの人生をゲームのようにセーブします、ねぇ…」


 パッケージに書かれた一度も聞いたことのないキャッチコピー。だいぶ古いようで、制作会社や説明欄も擦り切れている。


「掘り出し物があると思ったのに…」


 古いゲームが大好きで、ついつい目に止まった福袋。名作が隠れているかも、なんて思ったものの、開封して見れば当然のようにハズレっぽいゲームばかりだった。捨て値で売られるわけだ、こりゃ。けど、少ない小遣いで買ったゲームでもある。なんだか未練がましく、俺は謎キャッチコピーの書かれたゲーム『ライフリープ』をゲーム機に差し込んだ。

 昔のゲームにありがちなスタート画面が現れて、さてどんな冒険が始まるのか、そう思ったところで早速立ち止まることになった。


「なんで最初からセーブ画面…?」


 ゲームを始めたはずなのに、暗転して出てきた画面は『どのファイルにセーブしますか』の文字と、ざっと並ぶファイルたち。なんの変哲もないセーブ画面だけど、セーブも何も、俺はまだ何もプレイしていない。


「んだよバグかよ」


 面倒だけど仕方ない。

 俺は一度電源を落として、もう一度ゲームを起動させる。まぁ、古いゲームにはありがちなバグだ。出だしは悪いがこれも醍醐味、そう思って画面を見て、でも俺はため息をついた。


「直ってねぇ。なにこれ、壊れてるから売られた感じ?」


 画面に出てきたのはさっきと同じセーブ画面。

 とんだ不良品を買ってしまったもんだ。怒りからソフトを引っこ抜こうと思って、俺は放り投げていたパッケージが目に入る。辛うじて読める一文は『日記のように人生をセーブしましょう』という文字。


「意味わからん」


 試しに『ファイル1』にセーブしてみれば、設定してないはずなのに今日の日付と、時間が表示された。バグってる割に、その辺はきちんとしてるらしい。


「人生、ゲームみたいにセーブできたら苦労しないっての」


 アホらしい。

 俺はそう思って、コントローラーを放り投げた。明日は土曜日で学校も休み。このまま寝ちまおう。俺はずるずるとベッドに上がり目を閉じた。



✕✕✕



「あらた!あんたまたこんな点数とって!起きなさい!」


 突然の爆音という名の、母さんの声。昨日そのまま寝たから、カーテンも締め忘れて、朝日が顔面に直撃してる。のっそり起き上がれば、怒り狂ってる母さんが、なにか紙を持っていて…。


「あ!なんでそれ!」

「部屋の前に落ちてたわよ!前回、またテストの点悪かったら、ゲーム没収って言ったわよね!」

「勝手に拾うなよ!!」


 母さんが持っていた白い紙。一番上に「12点」とかかれたそれは、間違いなく、俺の数学のテストだ。昨日返却されたけど、こんなの見せるわけには行かなくて、カバンにしまいこんでいたはずなのに。


「ゲームばっかりやってるからでしょ!」

「ゲームとテストは関係ないだろ!」


 母さんからテストをひったくって、もう遅いのに何となく背中に隠してしまう。

 

「(こりゃ1時間コースかな…)」


 多分どの家の母親も同じだと思うけど、母さんは怒り出すと長い。あーあ、今日は朝からゲーム三昧だと思ったのに。そう思った所で、玄関チャイムを押す音が聞こえた。


「あらやだお荷物?新、話はまだ終わってないからね!!」


 宅配の人に聞こえるデカさてそう言って、母さんは急いで玄関に向かう。

 ダルすぎる。

 肩を落とす俺は、昨日のゲームがつけっぱなことに気がついた。昨日呆れ返ったバグゲーム、ライフリープが映ったままだ。


「…本当にセーブできるなら、俺を昨日につれてって見ろよな」


 そうしたら、絶対にテストを隠す。

 俺は無駄だと分かっていながら、コントローラーの○を押す。選んだのは勿論、昨日セーブした『ファイル1』だ。

 ○を押した瞬間、何かグっと体が重くなるような気がして思わず目をつぶる。でもすぐに目を開いて、俺はすぐ異変に気づいた。


「なんで夜…?」


 さっきまで感じてた、眩しい太陽。それが一瞬のうちになくなって、窓の外は真っ暗だった。俺は慌てて、スマホを見る。


「は?昨日?」


 画面に表示された時間は、昨日。

 まさか。そう思いながら、俺の心臓はバクバクうるさく鳴っていて、俺は焦りながらドアを開いた。

 ドアの前には、さっき母さんから奪い取ったはずのテストが1枚落ちていた。


「……まじ?」


 勿論、それに答えてくれる人はいない。



✕✕✕



 俺が偶然手にした『ライフリープ』というゲーム。

 信じがたいことに、このゲームはその名の通り、セーブをした時間に戻ることができる、タイムマシンのような力を持っていた。

 テストが見つかって1日前に戻ったあの日。見つかった朝にセーブをしてなかったから、俺はもう一度同じ夜を過ごし、でも次の日の朝、母さんが突撃してくることはなかった。廊下に落としていたテストを俺が回収したからだ。

 ゲームやアニメの世界によくある、タイムリープ能力。が今、俺の手元にある。細かくセーブすればするほど、戻れる場所も増えるってわけで。


「寝る前のセーブも忘れずに、っと」


 俺はあの日から朝と夜、多くて学校から帰ってきた夕方もセーブをしてる。だって、急にテストがあった日とか、体育で恥かいた日とか、母さんに怒られた日とか、戻りたいタイミングはいくらでもある。


「ファイル51、さすがに多いな」


 残念ながらこのゲームはセーブデータの名前は変えられない。だから日付で見るしかなくて、何度もいったり来たりしてるから直近のデータ以外は記憶が曖昧だ。

 でも、知りたいことがあれば戻れば良い。だって好きなだけ行ったり来たりできる。アニメなんかでよくある、タイムリープの代償もない。本当に素晴らしい物を俺は手に入れたんだ。明日はいつに戻って見ようか、そう思いながら俺はベッドに潜り込んだ。


✕✕✕


「…は?」

 

 目覚めたら、知らない道路で寝てた、なんて誰が信じるだろうか。


「は、何これ?夢?」


 意識がある夢っていうのは、実は見たことがない。でも、あまりにリアルな感覚に、少しだけ焦る。周りを見ても人影はなくて、しかも空は真っ暗。勿論、スマホも持っていなかった。


「すみませーん!そこの人―!」

「!」


 道路の奥から聞こえてきた声に、俺はそちらを見た。誰かがブンブン手を回しながら、こちらに向かって走ってくる。第一村人発見だ!嬉しくて俺も走ったけど、段々見えてきた人物に、お互い足を止めた。


「「…俺?」」


 ダサイといわれがちなTシャツと、黒の短パン。俺のエース寝巻きで、週に3回は着るそれを来た、正しく『俺』が目の前に立っていた。


「なんだやっぱり夢じゃん!」

「やっぱ?やっぱそうだよな!」


 なんだか安心して、夢の中の自分とそうだよな、と言い合った。俺って傍から見るとこんな感じなの?ってちょっと思ったけど、多分相手も思ってそうだ。俺~と肩を組んだりして盛り上がってたんだけど、聞いたこともないBGMが周りに響く。どうやら街頭にくくりつけられた拡声器から鳴ってるようで、俺たちはそれを見上げた。


『ようこそ!ライフリープの世界へ!これからあなた達の新しい冒険が始まります!』

「な、なんだ?」

「冒険…?」


 子ども向けのおもちゃみたいな、コミカルな声が陽気に話を続ける。


『ルールはカンタン!最後まで残っていたセーブデータの人が勝ち!制限時間はないので、最後の一人になるまで楽しめますよ!』


 理解できない、けれど、心臓がバクバクと音を立て始めた。

 隣の俺からも、緊張と戸惑いが伝わってくる。


『勝敗もカンタン!自分以外の相手を』


 少し間を置いて、何でもないことのように声の主は言う。

 

『殺せばいいだけです!』


 ハと漏れた息は、俺か、もう一人の俺か。分からないくらい、なんだか全ての物が遠かった。ゆっくりともう一人の俺と顔を見合わせる。さっきは気がつかなったけれど、数字がかかったプレートが首にかかっていた。


「ファイル、にじゅう、に」


 ファイル22。日付は思い出せない、過去の数字。


『町を探索して武器を手に入れましょう!強力な武器があれば、楽に相手を殺すことができますよ!頑張って生き残ってくださいね!さあ、それでは5秒カウントの後にゲームはスタートです!』

「な、なぁ、これって夢だよな」

『5』

「おい…?」

『4』

「おいって!」

『3』


 叫んでも、もう一人の俺からは返事がない。でも、ゆっくりと俺を見た。そして、コミカルな声が『1』を告げる。


『スタートです!』

「うわあぁぁぁああ!」

「?!」


 その瞬間、ここじゃないどこか遠くて、誰かの叫び声がした。誰か、なんて言ったけど、本当は分かってる。この声は、きっと、俺だ。


「今の、俺…」

「なぁ、夢だよな、こんなの、だって」

「うぅうるさい!」

「え?」

「やめろ、こっち来るな!!」


 俺は一歩も近づいていない。けれど、22の俺はまるで化物を見るみたいにこっちを見て、後退り始めた。


「おい!あんなの嘘だって」

「こっち来るなって言ってるだろ!!」


 そう叫んで、22の俺はさっき来た道を走り去っていってしまう。伸ばした自分の手が、間抜けにも目についた。こんなのたちの悪い夢に決まってる。あんなゲームを手に入れてしまって、代償のことなんて考えたから。だから脳みそが見せた夢だ。それ以外あり得ない。そう自分に言い聞かせようとして、でも、そう遠くない場所から足音が聞こえてきた。


「やめろよ!!」

「止まれよ!夢だと思ってるなら別にいいだろ!」


 2人の人間が言い争う声だ。でも分かる。どっちも自分の声で、片方が、片方を襲っている声だ。一気に呼吸が荒くなるのを感じて、俺は声から遠ざかるようにがむしゃらに走り出した。

 走れば走るほど土地勘のない町で、暗いから曲がり角なんかが以上に怖い。そこら中から聞こえてくる足音や声が怖くてたまらない。それらから逃げるように、俺は近くの家に飛び込んで玄関を叩く。


「た、助け、助けて下さい!誰か!」


 強く、何度も叩いても誰かが出てくる気配はない。こんな夜だ、寝てるかもしれない。それに、ここは夢だ。そしたら、俺以外の人間はいないのかもしれない。色んな考えが浮かんできて、頭がグチャグチャになる。ずるずるとそこに座り込んで、今にも出てきそうな涙をすすって、それで俺はすぐ近くにあった箱に気がついた。


「な、に、これ」


 怪しさ満点の、日本の庭には不釣り合いな箱。それは現実世界では見たことはない、でもゲームの世界では死ぬほど見慣れた、そう、宝箱だった。あの放送で言っていた『町を探索して武器を手に入れましょう』を思い出す。

 現実で初めてあける宝箱は、想像していたよりずっと重い。ゆっくり開ければ、まさしくゲームの効果音と一緒に、中にポツンとそれは置いてあった。


「これ、銃か…?」


 思ったよりも重くないそれは、これまた本物は初めて見る拳銃だった。

 俺の体は情けないくらい震えだして、思わず後ろに後ずさってしまう。玄関前の扉が音を立てて空いて「うわぁ」と声が聞こえた。瞬間的にそっちを見れば、驚いた表情の俺が1人。


「お前、それ…」


 制服を着た俺は、震える手で俺の右手を指さした。右手にはさっき拾った拳銃が握られていて、ハっとする。


「違う!俺は」

「銃なんて、ひ卑怯だ!そんなの持ってる奴、見たことない!」


 制服の俺は、怯えながら手に持っていた物を俺に向ける。紛れもない、金属バットだ。街頭に照らされたそれは、先が少し赤くなっていて、俺は息を飲む。


「お前、まさか」

「なんだ、お前だって、誰か撃ったんだろ?!」

「撃ってない!さっき見つけたんだ!それに、こんなの夢だろ?!俺のくせに、何あんな声に騙されてんだよ!」

「夢かどうかなんて、分からないだろ!」

「は!?」

「あんな魔法みたいなことが出来るゲームだ、こんなことが起こせてもおかしくない!上手く行き過ぎだって、俺なら思っていただろ?!」


 バット越しに、制服の俺の震えが伝わってくる。


「それに、夢なら覚めた時それでいいだろうが!あんなことしちゃったけど、やっぱり夢だった~で!でも本当だったら?!たったひとつのデータの自分しか、目覚められないかもしれない」

「そんなの、誰だって一緒だろ!全員俺なんだから!」

「だったら、ここで俺に殺されてくれるのか!」

「それは」


 いいよ、と俺は言えなかった。それを見て、制服の俺はバットを握る力を強くする。


「いいよな!夢だって思ってるなら!」


 振り上げられたそれに、俺は反射的に目をつぶることしか出来ない。


「…?」


 でも数秒たっても来ない衝撃に、ゆっくりと目を開ける。

 目の前にはバットを振り上げた俺、それは変わらなかった。少し違うのは、制服の俺の背後にもう一人、黒い私服を着た、いつかの日曜の俺がいることで。


「え」


 制服の俺の手から、バットが落ちる。金属のぶつかる音がして、すぐさまバットの持ち主の体もその場に崩れ落ちる。


「おい!何が…っ!」


 伏せるように倒れた、制服の俺。その背中に突き刺さった包丁が嫌でも目に入った。私服の俺が、何でもないことのようにその包丁を引き抜く。


『ファイル17を殺害しました!ファイル44にボーナスがつきました!』


 コミカルな電子音が、さっきの放送よりは小さな声で聞こえてくる。


「ファイル、よんじゅう、よん」


 包丁を引き抜いて、今まさに俺を殺した、別の俺。ファイル44がいつの日の俺だったかなんて覚えてない。だけど、こいつは空きからに最初にあった俺とも、今倒れた俺とも違う雰囲気をまとっている。


「なんで、なんで、俺にこんなこと出来るはずない…!お前も、俺なんだろ?!」


 平然と、目の前で殺人を犯す俺。そんなこと、いつの俺だって出来るはずがない。だって、俺は刃物もハサミくらいしか持ったことがない、ごく平凡な日本人なんだ。こんなことが出来るはずがない。なのに。


「出来ない俺もいれば、出来る俺もいる。それだけのことだろ」


 作り物みたいな目と、俺の声。でも、別人の物ように聞こえたそれに、俺は地面を蹴って走り出した。後ろで舌打ちが聞こえて、追いかけてくる音が聞こえる。同じ俺なら足の速さは同じはずなのに、とてつもない驚異のような気さえして、明らかに俺の息の方が上がっていた。

 見知らぬ道を逃げて、逃げて、逃げ続けて。どうしてか、お決まりのように俺は行き止まりにたどり着いてしまった。


「嘘だろっ」


 ジャンプしても、とてもじゃないけど超えられなさそうな壁と、追いついてきた44の俺。

右手には赤く汚れた包丁があって、俺はない俺が、刺された姿を思い出した。


「17番の俺は碌な武器持ってなかったんだよ。お前はどう?」


 そう言われ、無意識的にベルトに刺した拳銃に触れた。どうやら相手は俺の武器が何かまでは知らないみたいだ。でも、銃なんて撃ったこともないし、セーフティとか、よくアニメとかで言われる奴とか、とにかく使い方が全く分からない。

 44の俺が、一歩、また一歩と近づいて来て、いよいよ刺される、そう思った時だった。


「掴め!」


 壁の上から紐状の物が伸びてきて、俺は理解する前にソレに飛びついた。クライミングみたいに紐を助けに壁をよじ登れば、伸びてきた手が俺をすくい上げてくれる。


「た、助かった…!」

「安心するのは早い!ついて来い!」


 壁の後ろはなにやら資材置き場のような場所で、一息つく間もなく、俺は手を引っ張られて強制的にまた走るはめになった。

 無理やり走らされているけど、俺のようにデタラメじゃない。目的のある走り。ふとそいつの横顔を見れば、まさしく俺なんだけど、髮が少し短かった。多分、結構最初の方の俺だ。


「ここまでくれば、大丈夫だろ」

「はぁはぁ、ありがとな、えと」

「自己紹介は、どうしたらいいんだろうな。ファイル1だ、とかでいいか?」


 ファイル1。ゲームを手にしたばかりの、俺。


「…ファイル51だ」

「51! 俺、そんなにセーブするのかよ!」


 こんな状況下で、1の俺はケタケタと笑う。なんだかそれが自分らしくて、俺も肩の力が抜けるのを感じた。でもそれと一緒に、とある疑問が浮かぶ。


「な、なんで助けてくれたんだ。他の俺は皆…」

「……まぁ、まだ夢なんじゃないかって思ってるのもあるけど、やっぱこんなのおかしいだろって思っててさ」

「!」

「現実だとしても、こんな胸糞悪いことやってる奴がいるってことだ。そいつをどうにかすれば、開放されるんじゃないのかって。だって、変だろ?全員、俺なんだから!」


 ファイル1のセリフは、まさに俺が思っていたことそのものだった。


「そう思って逃げてる時に、同じように言ってるお前を見つけたんだ。あぁ、こいつなら協力してくれるかもしれない!まさしく俺自身なんじゃないかって」

「お前…」

「だから、一緒に誰も殺さず、この状況を打破する方法を考えないか?!俺、誰も殺したくないんだよ…」

「勿論だ!俺なのに、なんかお前心強いな!」


 ニカっとした、俺じゃないみたいな笑顔で1の俺は笑った。

 俺ってこんな頼りがいのある一面もあるのか、なんて少し照れくさいけど、いっきに気持ちが明るくなって、何とかなるような気さえしてきた。


✕✕✕


 ファイル1は、俺にしては頼りがいがあって、色々なことを知っていた。

 ステータスっていうのが、空中に画面みたいに現れて確認出来ること。

 武器は宝箱を見つけたり、別の自分からもらったり、交換が出来ること。

 そして、殺したボーナスってのは、いわゆるHPだったりすること。

 なんで詳しいのか聞いたら「隠れてる時に他の俺が話してるのを聞いた」んだとか。逃げている間も何度か襲われたけど、俺たちは協力して戦わずに逃げきれていた。ファイル1はなんと武器を持っていなくて、一応探してはいるんだけど、なかなか未開封の宝箱は見つからない。


「誰とも戦いたくないし、武器はこの際なくてもいいよ」

「護身用って言葉があるだろうが!あの44の俺なんて、刃物持ってるんだぞ」

「あいつはやばそうだよな…同じ俺とは思えん」

「マジだよな」


 一緒に行動するうちに、俺たち2人はそんな軽口まで叩けるようになっていた。同じ顔だから少し違和感はあるけれど、ファイル1の俺は雰囲気が違うからか、兄弟がいたらこんな感じだったのかもしれない。そう思って1の俺を見れば、そのすぐ後ろ。ブロック塀を伝って走り込んできた人影が迫っていた。


「おい!後ろ!」

「!?」


 ブロック塀から飛び降りて、刃物を振りかざしてきた人物。誰、なんて考えなくても分かる。黒い服に、俺とは思えない身のこなしと、雰囲気を持つ、ファイル44の俺だ。1の俺は間一髪その一撃を逃れたけど、次はない。そもそも、あいつは武器を持ってない。

 バカみたいにうるさい心臓が、何も出来ない俺を責めてるみたいで、俺はそれを振り払うように背中に手を伸ばしていた。


「っう、動くな!動いたら、撃つ!」

「?!」

「っ」


 銃を持つ手が、震えて仕方がない。でも落とさないように、銃口を外さないように、両手でしっかりと支えて、44を見る。さすがに驚いたのか、44は動きを止めた。ずっとベルトに差し込んでいた銃。使い方も分からないし、使えるわけがない。そう思っていたのに。


「…どうせ、お前には撃てないだろ」

「うるさい!」

「俺も打ち方を知らない、だったらお前も知らないはずだ」

「そんなの分からないだろ!俺は、ファイル51、お前より後の俺だ!」

「っ」


 44の俺が、ちょっと焦るような、そんな雰囲気が見てわかった。

 だけど、あいつの言う事は正しくて、銃なんて打ち方もしらない。一応引き金に指はかけているけど、それを引ける気はしなかった。頭の回る1の俺がどうにかしてくれないか、淡い期待を抱いて視線を少しずらした、その時だった。物で物を殴るような鈍い音がしたのは。


「え…?」


 一瞬、何が起きたのかさっぱり分からなかった。

 でも、すぐに何が起きたのか分かる。


「なんで、お前…」


 目の前に倒れる俺によく似た、俺じゃない男。それは1でも、俺でもない。そう、44の俺が頭から血を流しながら地面に倒れこんでいた。視線を1の俺へと送れば、その手にはバールのような物が握られていて、先にはべっとり血がついている。


「あ~、危なかった。なぁ?」

「え、何、お前武器持ってたのか。え、でも」


 俺、誰も殺したくないんだ。

 そう言った1の顔が浮かんで困惑する俺だったけど、横に振られたバールを見て、反射的に体をそらす。上手く避けきれず、目の下に鉄がかするのを感じた。


「なんだよ、避けるなよ」

「お前、なんでっ」

「バカだなぁ。騙されてたってまだわかんないわけ?協力なんてするわけねぇだろ」

「っ」

「お前が銃拾ったの見てたんだよ。それに、コイツが驚異だったから、俺以外の奴が倒してくれないかな~って思ってたし」


 コイツといいながら、1の俺は倒れる44の体を足で小突く。ついさっきまで最大の驚異だった44が、少し可愛そうに思えた。


「それ、使いこなせないだろうから俺にくれよ」

「やるわけないだろ!お前なんかに!」

「お前、俺のわりに甘いし、鈍くさいし、何も出来ないだろ。どうせ誰も殺してないだろうし、ボーナス持ってる俺には勝てないって」

「お前も同じ俺だろうが!大体、お前は最初のデータで、俺は最後のデータ!俺が、本物の俺だろうが!ていうか、ボーナス持ちって」


 ボーナスは、誰かを殺すとつく。コイツから教わったことだ。


「殺さないと生きれない。それがこの世界だって、早く気付けよ」


 ニヤリと笑う顔が、全く俺に見えなくて。さっきまでコイツのことを、兄弟がいたら、なんて風に思っていたのに。あまりの裏切りに俺が銃を構えたその時、音もなく“ソイツ”が起き上がったのが見えた。


「始まりの俺が1番に決まってるだろ」

「それは、どうかな」

「っお前!死んだはずじゃ」


 1の俺が振り返るのも間に合わず、起き上がった44の俺が、1の俺に包丁を突き刺した。首近くに刺さった包丁が嫌な音を立てて、1の目がぐるりと回るのがハッキリ見える。44が包丁を引き抜けば、あたりに血が飛び散った。


「っ!」


 驚きのあまり、目をそらすことも出来ない。


『ファイル1を殺害しました!ファイル44にボーナスがつきました!』


 コミカルな声が響いて、そういえば44が刺された時にはこの声がしなかったことに気がつく。俺も逃げなければ殺される。けど44の俺は壁を背にするようにずるずると座り込んでしまった。


「っはぁ、はぁ」


 苦しそうな息と、頭から止まっていない血。

 致命傷じゃないのかもしれないが、もう動くことが出来ないのは明らかだった。そんな44を見て、俺の足がすくむ。

 『殺さないと生きれない』そんなファイル1の言葉が頭に響く。

 視界に入る、銃と、バールと、包丁。一つは自分の物で、起こり2つは死体か、死体になりそうな男のすぐ傍に落ちている。もはや、殺すか殺さないかじゃない。どれを使って殺すのか、それを問われていた。


「殺さないと、生きられない」


 殺さないといけない。でも、殺したくない。

 大体、殺す、なんて俺に出来るわけがない。平凡に日本に生きてきて、それが出来る奴の方が少ないだろ。夢かもしれない、でも、夢でだって人なんて殺したくない。


「っやるなら、早く、やれよ」

「っ」


 44の俺が、苦しげに言う。

 それでも、俺は。そう思った、その時だった。


『パンパカパーン!時間になりました!』

「!?」

「時間って、制限時間か? じゃあもしかして!」


 もしかして、最後の一人なんて競わなくてもいいんじゃ。

 喜んだ俺に、追い打ちのように放送がかかる。


『時間になりました!新しいエリアが開放されます!』

「…は?」

『エリア開放にともない、そのエリアにいる別のプレイヤーもゲームに加わります!』

「別の、プレイヤー…?」


 必死に放送にかじりついていたけど、何か物音が聞こえてきて、そちらへと視線を送る。

 放送で気が付かなかったけど、この間も移動していた奴はいたみたいで徐々に足音が近づいてきた。また新たな俺の登場に、どうかびびりの俺であってくれ、そう願った。だが


「…え?」

「あの…?」


 目の前に駆け込んできたのは、長い髪の毛を揺らした、セーラー服の少女。

 どう見たって、俺ではない。

 また、心臓がバクバクと音を立てる。


「別のプレイヤーってまさか」

『エリアが開放され、ライバルプレイヤーが登場してもルールは変わりません!』

「おい!」

『最後の一人が勝ちです!』


 コミカルなその声が『“自分だけ”を全員殺したら、なんて誰も言ってませんよ』とこちらを嘲笑っているような気がした。

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