彼が心に決めたのは
チェルシーを部屋まで送り届けたムインは、夕焼けに照らされた自室のベッドに寝転びながら一人で考え事をしていました。
『キミはもうここには来ない方がいい』
――そう告げたクラヴィのことを思い出します。ムインはその発言を、チェルシーの立場を気遣ってのものだと受け取っていました。
クラヴィが心の底からチェルシーを迷惑だと思っている可能性もありますが――それなら、門前で同じことを言えば良かったはずなのです。
……なのに、彼はチェルシーが喜ぶような美味しいお茶とお菓子を、わざわざ用意していました。
お菓子に夢中になっているチェルシーを見つめるクラヴィの目が、愛しむように細められていたのをムインは覚えています。
「はあ……勝てる気がしないな……」
チェルシーの為に潔く身を引いたクラヴィと比べて――自分はどうでしょうか。考えれば考える程、あまりにもちっぽけな存在にしか思えず、ムインは惨めな気持ちになりました。
年を重ねても子供らしさの抜けないチェルシーを見る度に、他愛の無いやりとりをずっと続けていられるような気がしていましたが、彼女に結婚の話が持ち上がるのは――そう遠くないように思えました。
王様は末っ子のチェルシーをいたく可愛がっており「当分嫁にやるつもりはない」と公言していましたが、チェルシーがまた突飛なことを言い出す前に、彼女に相応しい男と身を固めさせようとしてもおかしくありません。
そうでなくとも「当分」なんて時間は、あっという間に過ぎてしまいます。
ムインは大きなため息をつきました。チェルシーに「相応しい男」の候補に自分の名が挙がることはないだろうと、確信していたからです。
魔法の素質に恵まれなかったムインは、周りから馬鹿にされるのも仕方ないと思いながら、今まで生きてきました。どうせ馬鹿にされるのなら……と、勉強も剣の稽古も全部それなりにやって、それで終わりにしていたのです。
チェルシーに心を惹かれても、無能な自分はつり合わないのだと――最初から諦めていました。
今だって「自分は相応しくない」「最初から分かっていたはずだ」と、そんな言い訳めいた言葉ばかりが頭に浮かんできます。
もう考えるのを止めて、眠ってしまおうか――ムインがそんな風に思い始めた、その時です。
『ありがとう、ムイン』
そう言って、強がりながら笑ってみせたチェルシーの姿が脳裏に浮かんだ瞬間、ムインは弾かれたように起き上がりました。
「……いや、まだ間に合うはずだ。……間に合わせてみせる」
彼の口から零れた呟きは、静かな決意に満ちていました。
ムインはチェルシーを諦めたくないと――ずっと傍で支えていきたいと――そう、思ったのです。
魔法は生まれつきの素質に恵まれなければ、どうしようもありませんが――他の分野は違います。
今以上に剣の腕に磨きをかけることも、学問に精通することも、クラヴィよりも美味しいお菓子を作ることだって――ムインが努力さえすれば、出来るはずなのです。
魔法が使えずとも、国一番の剣の達人になって、学問を完璧に修めれば――きっと、誰も彼を笑わなくなるでしょう。
クラヴィの家で出されたものより、もっと美味しいお菓子を作って、チェルシーを笑顔にすることだって――出来るに違いありません。
そうしたら、彼女と結婚することだって――夢ではないはずです。
しかし、そう思うのと同時に「そんなのは絵空事だ」「上手くいくはずがない」という不安が湧き上がってきます。それでも、ムインは自分を奮い立たせるように叫びました。
「やる前から諦めるな! 叶わなくても、やらずに後悔するよりずっといい……!」
――チェルシーが悲しむ顔は、もう見たくありません。
ムインは胸に灯った決意の火を決して絶やすまいと、心の中で誓いました。
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