第15話「顛末(その1)」
”市民の皆様、決してブレイブ・ラビッツを名乗る愉快犯の主張に、耳を貸さないでください。
彼らがやったのはテロ行為であり、市民社会を脅かすものです”
有害表現監査室からの声明
「……何か、釈明は?」
胃薬の瓶を掌に傾けながら、烏丸署長が言った。
「一切ありません。告訴なり逮捕なり違約金なり、どうぞ」
言い訳の余地は一切ない。自分が助けたいと思ったから助けた。その為に多大な迷惑をかけた。今からそれを償う。シンプルじゃないか。
軍隊式に腕を組んで直立不動で話を聞いていたら、良いから座れと椅子を指さされた。
「もう君の動きを制約しようとは思わんよ。結果さえ出してくれればいい」
拍子抜けしたように恩人を見やると。烏丸署長は空になった瓶をポンと机に置いた。
「ただし、ひとつだけ言っておく。君は”人の善性”を信じすぎる。それは探偵として悪徳だよ?」
「それは……」
その通りである。自分はあったばかりの女の子を、恩人である烏丸より優先した。
「申し訳ありません」
やった事に後悔はない。目の前で行われた光景があまりにも理不尽過ぎたから。
だが、十分な情報集めはすべきだった。あんなことを言われた後とは言え、泣き落としてでも烏丸署長を頼るべきだった。
「知り合いの話をしよう」
彼は引き出しから何か取り出し、ことんと机に置く。古びた缶詰のようだ。
「彼もまた人の善性を信じていた。故に、かつての戦争で食べ物を欲しがる子供にパンを渡そうとした。軍はそれを禁じていたし、戦友たちも止めた。そして少年が拳銃を隠し持っているとは知らなかった」
「……っ!」
彼が言わんとしている事が分かった。
自分が行った事の危険性である。
「彼は弾が逸れて無事だった。しかし子供は撃ち殺され、戦友がひとり犠牲になった。親孝行なやつでね。やっと手に入れたローラン産の缶詰を翌日実家に送ってやるといってたな」
沈黙で答えるしかない。今の自分は言葉を持たない。
「帰国後彼の実家を探してみたが、結果はこの通りだ。もう食えんだろうし」
署長は摘まんだ缶詰を左右に振って見せ、残念そうに引き出しに戻した。
「申し訳ありません」
再度謝罪する。いや、礼を言うべきかもしれない。自分の傲慢を正して貰ったのだから。
「まあそういう訳で、言う事は言ったから後は君の
いきなり軽い口調になって、烏丸署長が言った。
さっきの話と繋がるのだろうか? そう思ってしまう。
「良心……ですか?」
一本取ったとでも言いたげな署長である。彼の目の前には眉間にしわを浮かべ必死に思考するスーファがいる。
「そうそう、3番目の引き出しだけどね。ほら、資料室の鍵が入ってる」
烏丸署長がぽんぽんと机をたたく。
内心ではぎくりとしながらも、冷静を装って問い返す。
「それがどうしましたか?」
「退勤しようとしてたら、こそこそ様子が変な君を見つけて驚いたからかなぁ。あそこだけ
冷や汗をかいたスーファは、ただ乾いた笑いを浮かべるしかできなかった。
この人は、敵にしないでおこう。そう誓う少女探偵である。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「お姉さま! 大変ですっ!」
がっくりと疲れて賃貸アパートに戻って来たスーファは、更なる面倒ごとに襲われたと自覚する。
昨日助けた少女が、住居兼オフィスの前で手招きしていたからだ。
「クロエ、何故あなたが?」
眉間をぐりぐりやりながら尋ねると。向こうは不思議そうに首を傾けた。
「えっ? だってお姉さまが暫く働いて返せって仰るので」
言った、確かに言った。
昨日の自分にパンチしたい。
「それより、部屋を見てください!」
彼女の様子を見て、すぐさま
中は地震の後みたいだ。荷解きしたばかりのあれやこれやが放り投げられ、見事に散らばっている。
一応すべての部屋を調べ、何もない事を確認して、肩を落とした。
「……これを全部片づけるのね。明日は朝から講義なのに」
金庫を確認するが、破られてはいない。番号を突き止めるには専門の技能者が必要だろうし、この規模の金庫を簡単に運び出すには運搬用の小型ロボットが必要だろう。当然高級品なので足が付く。
ここを烏丸署長に紹介された時は、話が分かると喜んだものだが……。
「とりあえず、ここはもう駄目ね」
「え、どうしてですか? セキュリティならこれから……」
クロエが目を丸くするが、もはやセキュリティの問題ではない。
「あなたは泥棒に入られた探偵事務所を頼りたい?」
「そ、それは……」
これは信用問題だ。探偵事務所があっさり鍵をこじ開けられる。それも何の実績もない開業早々に。犯罪の専門家としてこれほどの恥はない。
と言うか、無駄に部屋のものをぶちまけた事から考えると、それが目的の嫌がらせだと考えられる。
やりそうな人間、いや集団はひとつしか思いつかないが。
「検閲官が飼ってるチンピラか何かでしょうね。あれだけやらかした仕返しよ」
「それって、私のせいですか?」
ラビッツならこうはしない。もっと人をコケにするやり方を選ぶだろう。
そもそも誰のせいとか、もうそう言ったレベルの話では無くなった。こうして宣戦布告を受けたのだから。しかしいまあ、週末に魔道式の高い鍵を取り付けてもらう予定だったが、まさかここまで行動が早いとは……。
「開業前で良かったわ。少しは貯えもあるし……」
これで週末は潰れた。
今週は色々あったので、自分へのねぎらいに食べ歩きでもしようと思っていたのだが。
「あのっ、私物件当たってみます。お姉さまは警察への対応を」
クロエがそんな事を言い出す。
物件と言っても、信用の無い相手には貸せないから、また烏丸署長に骨を折ってもらうしかないだろう。頼りっぱなしで気が引けるが、素人が即座に押さえられるとも思えない。
「大丈夫ですよ。私、
趣味と言うと、要はヌードダンスのお仲間か。
大丈夫かと迷う。
「ここと同じくらいのグレードで、セキュリティがちゃんとした場所が良いんですね? 他に何かご希望は?」
「そ、そうね。間取りはここと同じ感じで、学院からは通学圏内で……」
「お姉さま学院に通われてますもんね! バス通学は大丈夫ですよね? 何分圏内が宜しいですか?」
「え、ええと……」
この後、彼女が探してきた物件を見に行ったが、ほとんどが希望に合うものばかりだった。
引っ越しと言ってもまだ手荷物しか持っていないので、すぐ済むだろう。
それにしても、意外な拾い物をしたようだ。
今後も頼るなら、ちゃんと給料も考えないといけない。事実上の敗北宣言だったが。
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