第16話「顛末(その2)」

”特別企画! ブレイブ・ラビッツの正体を探れ!?


彼らの正体が何者か投票しよう。

もし見事当てられたらピタリ賞、惜しくても二等賞の配当があります。


ブレイブ・ラビッツの謎を突き止めて、今日から君も名探偵!”


タブロイド紙の広告記事より




 講堂に入室すると、学生たちの目が集中した。

 無理はない。あんな大立ち回りを演じたのだから。


 講義の度にこの視線を浴びるのは憂鬱であるが。


「やあ、この間は大活躍だったみたいだね。是非とも詳しく教えてもらいたい。勿論創作のネタとして」


 後ろの席からユウキ・ナツメが顔を出す。

 冗談ではない。今日はとっとと済ませて署長への報告書を片付けなければならない。明日の食べ歩きの為にも。

 ユウキのひそひそ声のトーンが下がる。また何か企んでいるらしい。


「君がお気に入りのシェフが、ハードタイプのハムサンドを試作したそうなんだけど?」

「……あまり長い時間は取れないわよ?」


 食事に釣られたわけではない。ないったらない。

 これも仕事なのだ。




 サンドイッチ片手に涙している自分がいるわけで。


「バターとハムの塩加減が絶妙よ。パンの厚さと完璧にマッチしてるわ! お店を始めるなら一口噛ませて貰いたいわ!」


 昼休みのベンチ。

 ハードタイプのサンドイッチ3個はちと重たかったが、後悔はない。こちとら運動するお仕事なのだ。


「はいお茶。しかし相変わらずだねぇ。今度紹介するから本人とやりとりしちゃってよ」


 楽しそうに笑いながら、左手の魔法瓶から器用にお茶を注ぎ、差し出してくる。時間はかかるし、不便そうだが、もう慣れたものなんだろう。


「そうねぇ。でもそれはちょっと無理かも……」


 何で? 言いかけたユウキの口が止まり、代わりに溜息を吐いた。

 スーファが放つ殺気を感じ取ったからだ。


「……いつから気づいてたんだい?」


 紅茶を味わいながら、視線を合わせず言う。

 本来はここで飲み食いなど論外だろうが、彼ら・・はそう言う手は多用しないだろうし、自分を拘束しても無駄だろう。


「いつもの芝居がかった胡散臭い態度はまあ置きましょう。でもそんなあなたがラビッツについて問われて淡白な反応を返したのは失敗だったわね。スパイトフルさん・・・・・・・・


 ユウキはただ無言で、掌を差し出して続きを促す。


「移民局の記録を閲覧させてもらった。あなた達姉弟の入国記録が改ざんされていたわ。ナツメ姉弟なんて人間は存在しない。そうじゃない?」

「お見事。もう何もいえねぇ、と言いたいところだけど、僕らが不法移民なのと、ラビッツを繋げるには少し弱いね」

「そうね。じゃあこれは如何?」


 懐から取り出したのは、1発の弾丸だ。

 ラビッツが去る際、〔アルミラージ〕に撃ち込んだものだ。


「ああ、それは分かってるよ。特定の魔力を当てると発光する塗料が入ってるんだよね? でもお生憎様だけど、ラビッツなら帰還前に全部洗い流しただろうから証拠にはならないよ」


 スーファは無言で弾を懐に仕舞い、そっと紅茶を飲み干し魔法瓶の蓋を置いた。


「そうね。でもそれ、ダミーなのよ」

「えっ?」


 ロボットの方に塗料を撃ち込めば、そちらにミスリードできると踏んだのだ。


「私、あなた・・・と組み合った時、襟をつかんだわよね?」


 立ち上がるいとまは与えなかった。

 彼がサンドイッチを放り出して構えを取る前に、彼女は再び襟をつかんでいた。

 手首を捻って首を露出させ、魔力を送り込む。


 緑色に発光した。


「学院内で活動していた事、あなたの右腕がガントレットではなく義手だった事は盲点だったわ。抵抗する?」


 ユウキは皮肉な顔で笑って、全身から力を抜いた。


「無理だなぁ。片腕じゃ勝てそうにないし。だいたい素晴らしい推理を暴力でひっくり返すなんざ粋じゃねえよ」


 ユウキからスパイトフルへと口調が変わる。どちらであろうと、多分この男ならそう言うと思っていた。

 が、何を企んでいるか分からない。手錠を取り出して、左手とベンチを繋いだ。


「警官隊を呼んで来るわ」


 立ち上がるスーファに、ユウキ、いやスパイトフルが口笛を吹いた。


「そいつは止めた方が良い」


 悪あがきする気満々のようだ。

 いつもの意地の悪いスパイトフル笑いで、スーファを見上げる。


「このままじゃオレを逮捕して終わりだ。組織は再度地下に潜るし、〔アルミラージ〕の隠し場所はそう分かるもんじゃない。なんなら学院の床を全部剥がしてみるかい? どれだけの時間と予算がかかるだろうな」


 それは無理だろう。この学園は旧弊と利権の象徴。無理に捜索しようとすれば、山ほど邪魔が入る。捜査は牛歩のごとく遅れるだろう。


「それに、あんたの塗料だけじゃ証拠不十分だぜ? 同じものを精製して、そこらじゅうの人間に塗りたくる事だってできる。義手も回収しないと、オレが魔法やロボットを使ったとは証明できないんじゃないかな?」


 悔しいがその通りだ。

 検閲官は圧力をかけてくるだろうが、義手とロボットが見つからなければ軽い罪で終わりかねない。


「それに、本当に良いのか?」

「……何が言いたいの?」


 主導権を奪われたと舌打ちする。

 スパイトフルは勝ち誇ったように笑う。


「あんた、検閲官センサーのやってる事に納得してないんだろ? 俺たちを利用してあいつらを掣肘する。そんな考えが皆無だと言えるか?」


 言えない。

 検閲官とブレイブ・ラビッツ。どちらも危険な存在で、片方だけを野放しにはできない。

 ラビッツが大騒ぎすれば、検閲官が隙を見せる。そうも考えた。


「取引しよう。紳士協定を結ばないか?」

「紳士協定?」

「そう、あんたはオレ達の正体を必要以上に吹聴しない。オレ達も一般人として振舞っている時は、決してあんたを害する事はしない。戦うのはオレがスパイトフルを名乗っている時だけだ。そして、〔アルミラージ〕か義手を押収したら、全てを自白すると約束する。仲間は逃がそうとするがね」


 スーファは珍しく長考した。

 一応法律をはみ出さない提案ではある。極めてギリギリだが。

 署長はそう言った泥臭いやり方も得意――だと昨日気付いたので、相談する価値はあるかもしれない。


「……警察内部に、既にあなたの正体を知っている者がいる。その人と相談してみる」

「そう来なくっちゃ!」


 そう言って手錠を外した。

 甘いとは思うが、義手と言う分かりやすい目印を持った容疑者が逃亡を選択するとは思えない。学院内に組織を作っているなら尚更だ。

 身分が割れた怪盗は、最早怪盗ではない。


「じゃあ、これから長い付き合いになると思うけど、よろしくねスーファさん」


 いつの間にかユウキに戻った自称怪盗は、にこやかに左手を差し出してきた。

 スーファはそれを乱暴に握って、豪胆に笑ってやった。


「ええ、よろしく。怪盗さん」

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