第4話「放送ジャック」
”条約歴810年代に生まれた蒸気テレビジョンは、広く普及した。とは言え未だ各家庭に1台、と言う程の小型化・低コスト化は望めない。
そこで生まれたのが街頭テレビ文化だ。店主はショーウィンドウに置いた蒸気テレビを無料公開する代わりに、観賞時に楽しむ酒やつまみを購入させるのだ
ランカスター市民の余暇は、エール酒と蒸気テレビによって締めくくられる。それは周知のとおりである”
リパブリックタイムズ首都版より
図書館を出て夕食を済ませた時、人の流れはぞろぞろと繁華街へと流れてゆく。一杯やった呑んべえが二軒目を探すのか、それとも噂の街頭テレビに向かうのか。
なお、食事はまずまずだった。さっき食べた血のソーセージがこの国の標準なら、美味しいものに飢える事も無さそうである。
とりあえず、共和国の時勢とブレイブ・ラビッツなる怪盗集団のニュースを当たってみた。
彼らの活動期間はここ半年といったところだろう。
ランカスター市議会が突然、いかがわしい書籍を「有害図書」に選定し、売買の停止を「要請」するようになってからだ。
その中に所謂成年向けでなく、グロテスクだったり性描写が激しい漫画などが入っていたことに反発したようだ。
最初の”犯行”は、
その様子を面白おかしく編集して非合法にテレビ公開し、喝采を浴びた。
次は、有害図書指定に肯定的な発言をした作家の小説。それを放送ジャックで朗読した。
濡れ場の描写を選りすぐって。
「我々ブレイブ・ラビッツは引き続き『有害図書指定』に対して抗議する。何故ならこのような
彼らの意図は明白だ。
『自分だけが聖域にいると思うなよ。あんたもすぐに焼かれる立場になるぞ?』
安全地帯から嫌いなものを排斥する全能感に酔っていたその作家は、すぐさまほっかむりをしてこの問題に触れなくなった。
事情に詳しいものは失笑し、時勢に疎い者は放送で行われる破天荒な行為に熱狂した。
意外にもブレイブラビッツは、ランカスター市でかなりの人気を誇っているのだ。たとえそれが社会不安のはけ口であるとしても。
「大迷惑な集団ね」
このような行為で世の中を扇動して何になる?
ただ溜飲が下がるだけだ。それもほんの一瞬。
共和国は民主国家だ。票の力に頼らなければ何も変わらない。
自分の考えが優等生的である事は自覚していた。だが憂さ晴らしで世の中が変わるとも思えない。
時計に視線を落とすと、現在7時40分。
街頭テレビを経験しておこうかと思い立つ。確か放送ジャックは8時に行われる事が多いと言う。その前の枠が人気番組で、8時からはお堅い報道番組。これを上書きする形で放送を乗っ取るので、そのまま彼らの番組にシフトする視聴者が多いのだと言う。
店主から安ワインを買って群衆に潜り込む。上手くブレンドされていて、値段の割にいける味だった。
テレビは所謂教養番組を映し出している。シュッシュッと、蒸気を吐き出しながら。
かと言ってお堅いわけではなく、スーファの祖国を代表する偉人を紹介していた。必ず語られるお姫様との大恋愛にも触れているから、女の子などは目を輝かせている
『『挑戦者たち ~賢者ハルと魔法技術の大革命~』をお送りしました。次回の放送をご期待ください』
ちょうど前の番組が終わったところかららしい。映像がプツンと切れる
見物人から「おおっ、きたぞ!」と歓声が上がる。
突然音楽が始まった。アップテンポの軍歌っぽい曲だ。
歌っているのは薄紅色の髪をした女性。音質は良くないが、それでも熱の入った歌声には引き込まれる。
彼女もまた、露出こそ多いが黒衣に身を包み、目はバイザーで隠されている。
歌詞は「メタルガン」なるものに戦え戦えと連呼している。メタルガンと言うのは自分の知らない大陸史の英雄なのか。いや、名前からして何処かのメーカーが自社ロボットを宣伝する歌かも知れない。
「ねえ、メタルガンって何?」
隣の少年の肩を叩く。振り返った少年が面倒くさそうに返してくる。
「知らないの? 前大戦の人造人間で人類の為にダロス帝国と戦ってるんだ」
ダロス帝国? そんな国あったろうか?
何度か質問して、これがヒーロー番組の主題歌という事が分かった。
そう言えば、弟たちが街頭テレビで見たと言ってこんな歌を歌っていたが……。
「何故そんな歌を?」
「姉ちゃんニワカだなぁ。メタルガンは『戦争の道具が活躍するのはケシカラン』って有害指定されそうなんだよ。ラビッツはそれに反対してくれてんだ」
そんな事までやっているのか。もう表現の自由に枠など無いらしい。
「ほら、始まるよ」
少年は会話を切り上げ、食い入るように画面を見つめる。
『
なんだそれは?
良くわからないが、本を燃やされたから、それに
『さて、みんな。悲しいお知らせがあるの。私たちが毎週楽しみにしていた”がんばれマンデー”の放送打ち切りが決まったわ。『キャラクターの胸が大きいのがいけない』なんて馬鹿馬鹿しい理由よねぇ』
いや、それでこんな放送するのも十分馬鹿馬鹿しいでしょ?
突っ込みを呑み込んで、次の言葉を待つ。
『我々ブレイブ・ラビッツは、この理不尽なモンスタークレーマーに制裁を行う事にしたわ』
「……ちょっと!」
話がいきなり過激な方向に走り出し、思わず声を出してしまった。幸い群衆は番組に夢中で気付かなかった。
ブレイブ・ラビッツなる集団がどれだけの規模か知らないが、本気でテロルを行う気なのか。
『ブレイブ・ラビッツはここに宣言するわ! かのクレーマー団体が協賛する番組『この街をきれいにしよう』が収録される前に、撮影場所からごみを消滅させる事を!』
「……は?」
何を言い出すのかと思えば、要はゴミ拾いしますと言う宣言である。
いったい何のつもりで……。そこまで考えて彼らの「意図」に思い当たる。
これは確かにテロルだ。人や物を壊すのではない。彼らが壊すのは――。
「番組の収録は再来週。彼らの撮影隊がやって来た時、奇麗な浜辺があったら赤っ恥だと思わない? この放送を見れば中止も考えるだろうけど、もうスポンサーとの契約を済ませてるから、今更変えるなんて出来ないわ」
最悪だ!
放送局のような大企業は小回りが利かない。それを草の根の機動力でコケにしてやろうと言うのだ。
「どうせ売れっ子の俳優とかがドヤ顔で拾ってみせるんでしょうけど、そうはいかないわ! リベリオンのみんな! ごみを拾って拾って拾いまくるのよ! 今週末に建国記念公園に集まって、大掃除で僕と握手! 皆で悪の組織に赤っ恥をかかせてやりましょう!」
確かに、これは熱狂する。
議員、文化人、テレビ局。権威あるものをコケにすれば歓声を上げざるを得ないのが人の心理。おまけに彼らの攻撃対象はすべからく高所得者。嫌われ者も多いだろう。
「あ、そうそう。暴力とか汚い言葉は駄目よ? 正義の戦いを血で汚してはいけないわ」
それからまたわけの分からない歌を歌い、挨拶と共に番組は終わった。司法や特定の思想をおちょくるようなコーナーを散りばめるのも忘れない。
「浜辺って臨海公園だよな? 俺行ってみようかな?」
「マジで? 俺仕事だよ。行ったら詳しい話を頼むな」
「サイレンに会えるの!? ねえパパ行っても良いでしょ?」
街人たちは熱気に浮かされるまま、談笑しながら消えてゆく。
暗くなった蒸気テレビの画面を凝視しながら、スーファはつぶやいた。
「……敵を、侮っていたわ」
あとがき
このお話は当然ながらフィクションですが、作中で取り上げた抗議活動は実際に提案され、2002年に実行されたものです。
詳細を知りたい方は「2002 抗議活動 ゴミ拾い」あたりでググってみて下さい。
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