第3話「怪盗退治の依頼」

”正規の警察機構が私立探偵を雇う事は良くある。


警官が裏社会の人間と飲み交わせば大騒ぎになるし、情報の礼金として心づけを渡せば予算の出どころでもめる。

その点において、私立探偵は何処にでも入り込める。テロリストの武器庫であろうと、マフィアの金庫だろうと”


警察関係者の手記より




 部屋の主はスーファを招き入れ、パイプを吹かしながら椅子を薦めた。

 窓の外では警備ロボットを従えた警官たちが、巡察のため正門を出てゆく。


「……早速やってくれたみたいだね」


 旧知の公僕は、がっくりと肩を落とした。


「そうは言いましても。目の前で事件が起きたわけですから。おじさま」

「まあとりあえず、共和国にようこそスーファ」


 ちらりとパイプに視線を合わせる。何かと形から入る彼女としては羨ましいアイテムなのだが、匂いが強いから変装を見破られると言う理由で諦めている。ついでに言えば、舌の感覚が鈍るので3度の食事も楽しめない。


 ランカスター市警ノースアベニュー署長、クラーク・烏丸。この街を守る重責を担い、それと引き換えに街中から敬意を集める名誉ある立場だ。今は情けなく背を丸めているけれど。


 なお、「おじさま」と言っても、別にスーファの血縁者ではない。

 元職場の後援者であり、所長のサクヤ・カメリアとは旧知の仲。彼は屠竜王国に訪れる度、いくばくかの資金と難解な仕事を落としてゆく。

 最近はその無理難題を何とかするのがスーファの仕事だった。


「何なんです彼らは? そこらの小悪党があそこまで拳法を使えるとは思い難いのですが……」


 烏丸署長は盛大に溜息を吐き、投げやりな言葉を返した。


「……分からん。いくら洗っても出てこないんだよ。聯星れんせい流の名簿も当たったが、入門者の情報を教えるわけにはいかないと散々ごねられているし、ご禁制の本も全く足が付かん」


 心労がフラッシュバックしたようで、取り出した胃薬を飲み下す。


「そもそも”ブレイブ・ラビッツ”って何なんです? 怪盗を名乗っている人間がケチな密売なんかやってるんですか?」


 それではあの見事な腕捌きが泣く。

 人を食った態度からただの愉快犯と言えば頷けてしまいそうだが。


「彼らは、”表現の自由”を守る為に法を犯しているそうだ」

「はぁ」


 いかがわしい本を売ることが、表現の自由と何の関係があるのか?


「最近この国も色々うるさくてね。お役所が有害図書と指定した本は売買が禁じられるんだ。で、彼らはそれが気に入らなくて、そう言った本を持ち込んでは賛同者に定価で売りさばいているそうなんだ」


 定価、と言うところが彼らの主義主張であり矜持なのだろう。

 儲けたいならもっと金を取るだろうから。


「おかげで真っ当な・・・・密売業者は商売あがったりだから、やりやすくはあるんだけどねぇ」


 それで義賊気取りで暴れまわっているわけか。馬鹿である。


「怪盗を自称するなら、盗みもやっているわけですよね?」

「こっちの方が問題だ。ある貸本屋が店舗から回収した有害図書を廃棄しようとした。彼らはそれを全て盗み出し、賛同者に配ってしまった。自分が善意の第三者と言い張れば逮捕は出来ない。受け取った者を突き止めたとしてもね」


 それは何と言うか、迷惑な……。


「あとはそう、電波ジャックを行って政府批判を繰り返している。まあ、批判と言うよりおちょくって憂さ晴らしをしてるわけだけど」


 予想より質の悪い集団である。

 しかし、単身で警官を振り切り逃走している。警察も尻尾を掴めていない。ふざけているが手並だけは本物だ。

 もし彼らが本格的なテロ行為に手を染めたら……相当怖い事になる。


「……放置は危険、ですね」


 再び合わせた目が言っていた。「何とか頼めないかな?」と。

 要するに、面倒を押し付けるつもりらしい。いつものように。


「良いですけど、必要な情報と報酬はちゃんと頂きますよ?」


 当然の要求だった筈だが、それは所詮彼女にとっての当然だったようだ。


「サクヤにあまり君を甘やかさんように言われててねぇ。情報は自分で集めてくれ。元々我々と違う視点の捜査を望んでるわけだし」


 あんまりな話だが、確かに烏丸のいう事は正しい。

 警察と同じ情報ソースで捜査するなら、警官がやれば良いのだ。


「住居とか表向きの身分とか、銃の携帯許可とか。みんな手配しておいたから」


 手回しの良い事である。これもいつもの事であるが。


「『表向きの身分』って何です? この上に捜査は非公式にやれと?」


 署長は手をひらひらさせてぺこぺこ頭を下げる。

 どうせ自分の反応は想定済みなのだろう。 


「ああ、そうじゃないんだ。ああいった本って、若者が好むだろ? そう言うコミュニティと仲良くなれば情報を引き出せるじゃないか。探偵の肩書を表に出すかは君に任せるよ」


 釈然としないが、クライアントがそう言うならしょうがない。


「だいたい分かりました。ジャックしたテレビ番組と言うのは、いつ見られます?」

「そうだな。ゲリラだから決まった日は無いけど、やる時は夜8時くらいかな」


 ここで聞けること、と言うより話してくれることはこのくらいだろう。

 部屋の住所など、諸々の引継ぎを行う。


「そうそう、これを返しておくよ」


 引き出しから取り出された拳銃は、スチームガン。魔法薬パウダーを装填して魔法を発射する、戦闘用のスチーム・アーツだ。

 実弾と使い分ければ魔法による消耗を避けて射撃できる。剣や槍のアーツよりも燃費が良い。


「ワイズマン社の〔パピードッグ〕リボルバー、38口径の5連発か。戦闘用ってより護身用だけど」

「良いんですよ。携帯性と取り回しやすさはピカイチですから。映画キネマみたいに大きい銃振り回せば強いわけじゃないんです」


 そんなものかと口ひげを弄る。

 警察用の拳銃はもっと大型でリロードがやりやすくなっている。それに慣れると頼りなく見えるのかもしれない。


「まあ、君が銃を使う状況ってそうないもんねぇ」


 ようやく納得した署長から部屋の鍵を受け取る。特に話す事も無いので、長居は無用。


「では、早速捜査にかかります」

「うん、宜しくね。あ、そうそう」


 背中越しに呼び止められ振り返る。この人は重要な事を世間話みたいに言ってくるから油断が出来ない。


「君は、彼らがやってる事が、下らないと思う?」


 それはどういう意味だろう? いかがわしい本を売り歩くのが有益な行動かと問われて、首を縦に振る者などいるものか。


「無益な行動だと思います。だから捜査を依頼したのでしょう?」

「……そうだねぇ」


 署長はそれっきり黙ってしまう。それ以外に何があると言うのか?

 もう用は済んだだろうと、スーファもその場を後にした。

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