第12話:空を目指す者02
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その日の訓練場は嵐だった。オークランド諸島に建てられた、通称「監獄」と呼ばれるライダーの訓練場。俺たちのような、貧乏か素行の悪い連中がまとめて叩き込まれる、刑務所と大差ないような場所だ。もっとも、どいつもこいつも、教官さえも頭のネジが五本くらい外れている連中ばかりで、退屈しない場所だった。
「よう、慎重屋。また飛ばない理由を探してるのか?」
自分の竜の整備を終えて窓から外を眺めている俺の背中に、いつもの軽薄な声がかけられた。振り返るとそこにはリチャードがいる。荒っぽくてでたらめで、いい加減なフライトをする連中揃いのこの監獄にあって、とりわけ無鉄砲で危なっかしく、そのくせ天才的なセンスと技術で空を駆ける、反則と違反の常習者だった。教官でさえ、表立っては言わないが彼が大物になると噂していた。
「黙れ気分屋。いつもそうやって、うまくいくことだけ考えてると、いつか致命的なミスをするぞ」
俺はそう言って窓から離れる。こいつ、こんな悪天候の日に飛ぶつもりなのか。確かに俺たちはそういう訓練はされている。だけど、教官もつけずにそんなことをしたら大目玉だ。まあ、この監獄では教官に怒られるなんて日常茶飯事だが。
何よりも、この嵐は「竜嵐」の影響で発生したものだ。竜嵐。竜が惑星のエネルギーと記憶を生物の形に落とし込んだものならば、竜嵐は惑星のエネルギーがそのまま大気をかき乱したものだ。ただの嵐とはわけが違う。猛烈なエネルギーそのものが吹き荒れているし、人間の技術の大半が役に立たない。巻き込まれた飛行船は悲惨だ。そういう飛行船を救助したり、安全な場所まで導くためにもライダーはいる。ここはどちらかというと、競争ライダーよりも災害救助の救命ライダーを育成している場所だ。だから、嵐の日に飛ぶことそれ自体は、訓練の一環と考えればいいかもしれない。教官なしでやるのは無謀そのものだが。
「その時は、俺一人で落ちるから安心しろ」
さらりと言って笑うリチャードを、俺は怒鳴りつける。
「だから安心できないんだバカ! 遺された人のことも考えろ!」
こいつは危険を危険と思っていない。自分が死ぬような目にあっても平然と笑っているのは頭がおかしいとしか言いようがない。
「……お前は優しいんだな」
「考えすぎるだけだ」
「一緒に飛ぼうぜ。悩んだときはフライトが一番だ」
なれなれしく近づいてくるリチャードに後ずさりしながら、俺は再び窓の外を見る。
「今日は危険だ。竜嵐の影響が強すぎる」
そう言ってから、俺は苦笑した。そんなことばかり言っていると、俺はいつ飛べばいいんだ? この先俺がどんなライダーになるのか分からない。もし救命ライダーになっても、こんなことばかり言っていたらお笑いだ。
「考えすぎる俺には、もしかするとライダーは向いてないのかもしれないな」
「……ジャック」
目の端で、珍しくリチャードが考え込んでいるのが見えた。こいつは大抵考えるよりも先に行動している奴だ。俺とちょうど正反対だな。
「よし決めた! お前、落ちるのが怖いんだな。安心しろ。お前が落ちた時は、俺が受け止めてやる!」
何をどうすればそんな結論が導き出せるのかさっぱり分からないが、いきなりリチャードはそう大声で宣言した。
「は?」
「な? 安心しただろ? お前が落ちたら、俺が必ず助けてやるからな。ほら、もうお前が飛ばない理由はなくなったぜ。それじゃ、行こうか」
俺はまじまじとリチャードを見る。リチャードは軽く笑って俺の視線を受け止める。こいつ、顔がいいから町に出るとよく女の子にもてた。こうやって見ると、確かに女の子が放っておかないのも無理のない美形だ。頭の中は典型的な向こう見ずのアホだが。
「……お前、バカだろ」
「バカでもいいさ。飛べるんだからな。で、どうなんだ?」
俺はため息をついた。どうやら、本気でこれから空を飛ぶつもりらしい。だとしたら、こいつを一人で飛ばして墜落でもされたら寝覚めが悪い。
「お前みたいなバカを放っておいたら、本当に勝手に落ちそうで困るからな。付き合ってやる」
――その後。
もちろん俺たちは無断でフライトしたことで教官から散々怒られた。しかしリチャードは平然と「俺が勝手に飛ぼうとして、ジャックが止めようとしただけですよ。悪いのまあ、俺だけですね」とめちゃくちゃなことを言っていたのだった。
バカでアホでめちゃくちゃでとびきりでたらめで、でも確かに、最高の日々だった。
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