第4話 残酷な殺戮ショーのはじまりはじまりでございますね
朱音と瑠璃はぴくりと震え上がって身を寄せ合った。
軍服を着た白い魔女は
円の中心を柄で叩くと、地面が盛り上がって何かが土中から現れる。
それも無数に。
円盤形の黒い物体が地面から顔を半分出した。
魔女が再び地面を叩くと、円盤は土中に埋まったまま激しく回転し、金属の擦れ合うけたたましい音を上げる。
黒い
それも半径二メートルはある巨大な物が六つも。
巨大回転鋸は悲鳴のような叫びを上げ、朱音たちに向かって突き進んでくる。
瑠璃はユウグレの角を握り、朱音とアマを背に乗せた。
回転鋸が目前まで迫った所で、ユウグレは全員を乗せて俊敏に跳ねた。足下の十数センチ下を刃の群れが通り過ぎてゆく。間一髪で躱せたが、地面は定規で線を引くように切り裂かれた。
ユウグレは空中を蹴って駆ける。
朱音とアマは振り落とされないよう必死で角にしがみ付く。瑠璃は後向きに跨り、白い魔女を見据えた。
「土中から砂鉄を抽出して金属を生成する魔術。あの真っ白な髪と肌。『
「黒鋼の魔女って、歴史の教科書にも出てたアレ?」
「『黒鋼の魔女』。それに『深緑の魔女』。二人とも、この列島の歴史を動かした魔女。まさか新関東帝国の魔女兵器として現れるなんて」
ユウグレは木々の間を縫うように翔け、やがて洋館の篝火が見えた。庭にはいくつかの人影がある。
他の魔女たちだ。
「駄目。止まってユウグレ」
庭の手前の林で急停止する。瑠璃はユウグレの背から降り、杉の幹の影から庭を覗く。
朱音も庭に向かって目を凝らした。魔女たちは皆ゴーグルを装着し、胸元には新関東帝国の日章旗。全員、魔女兵器だ。黒い魔女が四人、白い魔女が三人。同じ姿をしている。
「新関東帝国では人工的に魔女を作る研究が行われていると聞いたけれど、まさか『深緑の魔女』と『黒鋼の魔女』を量産しているなんて」
一人でも強大な魔術を持った魔女だというのに、それが七人もいる。
「あえて帝国軍は『ヴァルプルギスの夜』を狙ったの。今夜なら列島各地に厄介な魔女はいない。そして『ヴァルプルギスの夜』を襲って魔女を一網打尽にするつもりだよ」
その時、朱音の傍の地面に
紫色の光を放ち、魔法円の中から二本の太い角が現れる。
あなたはっ、と朱音は小声を上げる。
「おやおや、『永久の魔女』様のお孫さんではありませんか」
牡山羊の角に尖った耳、顎ひげを蓄えた死人のように青白い顔。
悪魔バフォメットだ。
「何やら大変な事になっているようですね。あらら、せっかくの『ヴァルプルギスの夜』がムチャクチャでございます」
「呑気な事言ってる場合じゃないよ。悪い魔女が襲ってきて、街が……学校が……お父さん、お母さんが……」
朱音は口唇を噛んで俯く。
荒野と化した旧昭琶京神戸を思い出して涙が溢れた。バフォメットは微笑みを浮かべたまま小さく頷く。
「ここは『ヴァルプルギスの夜』です。現世と異界の狭間に漂う場所。現世で何が起きようと、この場所には影響ありません。しかし、あのように中に入って来られては、どうしようもございませんね」
すると『深緑の魔女』の一人が足元の
地面から一斉に蔦が伸びる。
蔦は周りの林に向かって四方八方に伸びる。
朱音たちの方にも蔦の先が触手のように蠢いて漂ってきた。二人は蔦に触れないようユウグレにしがみ付いた。
先端は何かを探すようにくねりながら進む。
次の瞬間、地面を這う蔦がぴたりと止まった。
そして中心の魔法円にむけて物凄い勢いで集束し始める。四方の林から女の悲鳴。蔦に絡めとられた魔女が庭へと引き摺り出された。
全部で五人。朱音と同い年くらいの子供魔女もいる。
魔女たちは口々に命乞いをする。
「やめて、お願い!」
「私が何をしたのよ!」
「殺さないで、許して!」
しかし白と黒の魔女兵器たちは無表情で見下ろすだけ。
黒い魔女がぽつりと呟くと、年老いた魔女の首に蔦が巻き付く。
老婆は絞り出すように声を上げ喉を掻き毟る。鈍い音が響き老婆は動かなくなった。
首をへし折られた。
まだ老婆の指先が不規則に痙攣している。
「ふーむ、あれは人工魔女でしょうか」
バフォメットは顎ひげを撫でながら様子を窺う。
「普通なら魔術を使うと、何らかの代償を我々悪魔に支払う事になるのですが、あの魔女たちには代償がありませんね。強力な魔術を使い放題です。困りますねえ。魔女の代償は我々悪魔の生命力に置換されるのですから。これでは商売あがったりでございます」
溜息をつくバフォメット。
朱音はバフォメットのベストを掴み、縋るように見上げる。
「お願いですバフォメットさん。助けてください。あの人たちが殺されちゃいます」
蔦に絡まれた魔女たちの顔が紫色に変ってゆく。
もう限界だ。
「バフォメットさんは偉い悪魔なんですよね。このままじゃ『ヴァルプルギスの夜』だけじゃなく皇国が、列島全部がムチャクチャになっちゃう」
バフォメットは長い溜息をつき、にっこりと優しく微笑んだ。
「冗談ではありません。嫌ですよ」
満面の笑みでの拒絶。
呆然とする朱音に、バフォメットは笑顔で続ける。
「我々は悪魔です。人間の不幸が何よりのごちそうになるのです。戦争が起こるのですか。それなら大歓迎でございます。残酷な殺戮ショーのはじまりはじまりでございますね」
その時、蔦に捕まっていた子供魔女が上手く抜け出した。
地面に尻餅をつき、這うようにして駆け出す。顔は涙と鼻水でぐしょぐしょだ。
「あなたたち人間がどうなろうが、あまり興味ありません。戦争が起ころうが、大地震が起ころうが、我々には関係のない事でございますから」
「……目の前で、殺されそうになってるんですよ」
逃げた子供魔女もあえなく蔦に捕まる。
絶叫を上げて引き戻される子供魔女を見て、バフォメットはクスクス笑う。
「お孫さん。あなたは雨が降ったらアリの巣を守りに行きますか」
子供魔女は足を蔦に取られ、逆さ吊りにされて泣いている。
白い魔女が無言で近付き、子供魔女の腹部に手を添えて何かを呟いた。
「行かないでしょう。雨に濡れてまで助けようとは思わないでしょうね。さすがに面倒臭い。我々も同じ気持ちなのですよ。どうかご理解ください。面倒臭いのでございます」
その時、逆さ吊りにされた子供魔女が金切り声を上げた。
腹の中で何かが蠢いている。痛い、痛いと泣き喚く魔女。無数の剣が彼女の腹を突き破って出てきた。何度も内部から抜き刺しを繰り返し、赤黒い血液を滴らせる。
「これは素晴らしい魔術でございます。血液中の鉄分から金属を作り出すなんて、器用な事をなさいます」
酷いよ……、と朱音は漏らす。
バフォメットは困った顔になった。
「あなたが助ければ良いではございませんか。人間同士の問題は人間が解決するべきだ」
黒い魔女は動かなくなった子供魔女を投げ捨てる。
ゴミのように土の上に転がった。腹を内側から破られ肋骨が飛び出している。
「では人間の世界はあなたに任せましたよ。世界を救うのでございます」
バフォメットの足元に六芒星の魔法円が浮かび上がった。
バフォメットはにんまり笑って魔法円の中へ吸い込まれてゆく。朱音は地面に膝をつき、消えた魔法円の跡を叩きつけた。
何も言い返せなかった。
朱音には何も出来ない。
「どうして。どうしてわたしが、こんな目に遭わなきゃいけないの」
朱音は落ち葉を握り締め、ぽつりと涙をこぼした。
「お祖母ちゃんに着いてきたら、こんな恐い事に巻き込まれて。わたし何もしてないのに。酷いよ」
肩に手が置かれた。
瑠璃の手だった。
「ここに来なければ、もっと酷い目に遭ってた。魔女兵器に街ごと焼き殺されてたよ」
「なんで冷静でいられるの。わたし無理。お祖母ちゃんもいなくなったし、神戸もなくなっちゃった。お父さんと、お母さんだって――」
「お父さんが危険なのは私も一緒!」
瑠璃が声を荒げた。
強い眼差しを向けているが、その目尻に涙が溢れそうだ。
ふと瑠璃が顔を上げた。
「……何、これ」
雪が降ってきた。
ひとひらの雪が瑠璃の手の甲に舞い落ち、じわりと消える。
今は雪が降る季節ではないのに。
濃紺の空から次々と粉雪が降り続く。徐々に勢いを増し、夜空を白で埋め尽くす。
気温も下がり出す。真冬のような寒さだ。息が白い。季節外れの雪、季節外れの冬。
「朱音。あれを見て」
洋館の屋根に誰かが立っている。
雪のカーテンが邪魔をしてはっきり見えない。やがて吹雪き始める。庭に旋風が発生し、魔女兵器たちを吹雪が閉じ込めた。
「神に選ばれし民――。お前達はそう言った」
雪よりも冷たい声。
屋根の上の影が徐々に像を結んでゆく。修道女のような黒いローブをまとった女性。薄茶色の髪が吹雪に揺れている。首からは逆向きの
「人々は神に愛され慈しみを受ける。それならば問おう。なぜ人間だけが、その神とやらに愛されていると思うのか」
鳶色の瞳が冷たく輝く。
雪は激しさを増し、殺された魔女たちを優しく覆った。
「あれは、『
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