第6話 硬質化ヘアマスク

「あのリース、飾ってくれたんですね」

 サメゾウが秋祭りの日に購入した、薄紫と青色の花をベースにしたリースが、商談用の部屋の壁に飾ってある。

 見覚えのあるそのリースを見上げながら、サクは嬉しそうに言った。

「実はあのリース、私が作ったんですよ」

 エヘヘ、と照れくさそうにサクは笑う。

「そうなんですか、とてもお上手です。どなたかに教えるなど、なさったらいかがですか」

 ことり、ティーカップをテーブルに置き、サメゾウは言った。いつも通り、そこに笑顔は欠片もない。

 甘くてスパイシーな香りが、ティーカップから湯気と共に漂ってくる。

「えぇ? そんなにですか? まあ、憧れますけどね、リース講師とか」

「ぜひ、憧れで終わらせずに実現してください」

「あ、はい……」

「事業を始めるなら、名刺は作った方がいいですよ」

 サメゾウに言われ、サクは思い出していた。

 謝亜久刺目象、という文字の並びをだ。

 あれ、カタカナでいいんじゃないかと思うのよね……

「インパクトは大事です」

 サクはドキリとした。

 ま、まさかとは思うけど……私が考えてること、見透かされてる?

 サメゾウの鋭い光を放つ瞳を見ていると、サクは時々それを疑いたくなる。

「変でしょう、私の名刺は」

「え、えっと……ゆ、ユニークだと思います」

「ワザとです」

「!」

「お店の名前、私の名前を覚えたでしょう? あの名刺を見て」

「はあ……確かにインパクトがありすぎて、忘れられませんでした」

「名刺は、お客様に興味を持って頂く為の最初のアクションです。少し強烈な位が丁度いいんですよ」

 そうかもしれないけど、真似はしたくない。

「サクさんの場合は扱うのがきれいなリースですから、やはり美しさやエレガントさが出せると良いですね」

 あれ、まともなことを言ってる。

「はい、そうですね」

「私の店のウリは、日常でも非日常でも役に立つ、ちょっと変わった、という点です。お店のイメージと合わせる事が大事なんですよ。奇をてらうのではなく」

「あ、なるほど……」

 そういえばサメゾウさんに関しては、ずっと聞きたい事があったんだよな……

 サクは迷った末、勇気を出して聞いてみた。

「サメゾウさんは、一体何者なんですか? なんで、こんな不思議なものが作れちゃうんですか? 魔法使いなんですか?」

「……サクさんは、どう思うんですか?」

「えっ……」

 サメゾウは、いつものように無表情でサクをじっと見つめている。

「魔法使い、神、天使、悪魔、どうぞお好きなようにご想像ください」

「えっ……」

 まさか、自由に想像しろとは。

「私は、皆さんのお役に立てる、ちょっと不思議な雑貨を開発、製造をしている。それだけが事実です」

「はい……」

「その、不思議という部分が、何の力によるものか……それは、そんなに大事なことでしょうか?」

 問われ、サクはうーんと考え込んだ。

「サクさんが以前買われたマスク、お使い頂けましたか?」

「あぁ、あれ! 使ってますよ!」

 思い出したように、サクは言う。

「実は意外とちょっとしたことで悩んだりしていて……気にしてないようで、実は気にしてたんだなってことに気がつきました」

 サクが先日購入した毒吐きマスクは、紐部分の青いボタンを押すと心の奥底に潜むマイナス思考を吐き出すのである。

 サクは家人にばれないよう、こっそりとそれを試していた。

 それを繰り返したところ、最近いつもより表情が明るくなったね、と周りから指摘されるようになっていたのだった。

「サクさんのお役に立てて良かったです……大切なのは、そこだとおもいませんか? 私が何者か、よりも」

「あ、はい……」

 なんか、うまく丸め込まれたような……でも、サメゾウさんは好きに想像していいと言ったからなぁ……何にしよう……やっぱり魔法使いかな……悪魔じゃ怖すぎるし……

「サクさんのお悩みは、髪の毛が傷んでいることでしたね」

 サメゾウはさらりと話題を変えた。

 それはサクが今日店を訪れた理由である。

「あ、そうでした。忘れてました」

「それでしたら、こちらをオススメします」

 トン、とサメゾウがサクの前に置いたのは、小型の樽状のものだった。直径十センチ、厚さは五センチ程だ。

「なんですか、これ」

「トリートメントです。以前、妖毛シャンプーをご紹介しましたよね」

「あ、はい」

 お披露目会の時の、妖毛シャンプーの説明はこうだった。

『髪の毛の操作可能時間は約十二時間、香りは約二十時間、保湿は直射日光にあたる時間の長さなどの状況により、変わります』

 つまり、自分の意思どおり髪が伸び縮みするようになるシャンプーということだ。

「こちらは、硬質化ヘアマスクです」

 こ、硬質化です?

 サクはその言葉の響きに、クラクラするものを感じた。

 既にサクは、幼馴染を探す旅に出るのはもうやめようという気になっている。

「サメゾウさん、私……普通にサラツヤな髪になりたいだけなんですけど……サメゾウさんの髪みたいに」

「まあ、そういうタイプのもありますが、それではつまらないですよね?」

 いや、そこに面白さは必要ないんだけど……

「こちらを使うと、髪の毛がとても硬くなり、岩をも砕けるようになります。妖毛シャンプーと一緒にお使い頂くと、とても優れた武器になります」

「あの……もう旅はいいんです……今は働くことに集中したくて……だからもう、私には武器とか防具とか必要ないんですよ」

「ほぅ、そうですか……では、町が突然モンスターに襲われた時にでも、こんな商品があったことを思い出してください」

「そんなこと起こります⁉」

 サクはギョッとしてサメゾウを凝視した。

「不測の事態は、いつ訪れるかわかりません。知識だけでも、頭に入れておいてください。あ、こちら、通常のヘアマスクです。あと、シャンプーも」

 サメゾウは、別の小型の樽とボトルをサクの目の前に置いた。

「ご安心ください、こちらは対非日常要素なしのものです。くせ毛用ですから、サクさんの髪質に合うと思います。お試し用の小型タイプもありますよ」

「ありがとうございます……とりあえず、お試し用セットのお値段を教えて下さい」

 サクは、不測の事態が永遠に来ないよう祈りながら、サメゾウに引きつった笑みを向けたのだった。

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