第10話 出自を誤り大反撃さる
二度目の失敗を悟った肥後守は、軽く苦笑しながら、ごく簡潔に詫びてみせる。
「いや、わしがわるかった。つい口がすべったようじゃ。他意はない。な、許せ」
あえて気さくを心がけたつもりが、かえって反発をあおったものか、神経質そうな眉間に刻んだ太い縦じわを隆々と盛り上げた御台所奉行は、猛然と反撃を開始する。
「いえ、殿。こたびの一件は、拙者なる
貧弱な見てくれを憐れみ、過分に取り立ててやった配下の一歩も退かぬ気構えに、辛うじて毛一本の危うさでつながっていた殿さまの堪忍袋もばさっと切れたらしい。
「いやはや、そなたも呆れた頑固者よのう。わしがわるかったと、先刻からこうして率直に詫びておろうが。いかに融通が利かぬ頑迷な信濃武士とて、ゆずるときは潔くゆずるのが、棟梁のもと心ひとつに励むべき臣下の道というものではないか、え?」
――ガッガッガッガッ!!(一一")((((oノ´3`)ノ(`・ω・´)(ノД`)・゜・。
激しく横に振れる御台所奉行の首のあたりから、異様な濁音が発せられていたが、ぎりりっと奥歯を鳴らした御台所奉行は、かーっとばかりに大音声で吠え立てた。
「た、ただいま、なんと仰せになられました? 殿。あんまりでございまする。拙者は誇り高き『左京衆』にございます。山猿の『高遠以来』の朋輩などでは、断じて、断じてござりませぬ! さようなことまでお忘れとはまったくもって情けない💧」
たしかに水と油のご家来衆の出自を誤っては、まさに火に油を注ぐようなもの。
果たして、がばっと床に突っ伏した御台所奉行は、かような場合にも、どことなく滑稽味のあるどんぐり眼に袖を押し当てると、さめざめと男泣きに泣きはじめた。
「あんまりでございまする、殿。われら家臣の源流まで誤られるとは……。だいたいからして御台所奉行なるお役目を賜りますときにも、図らずも遅れを取ってしまった『左京衆』が一日も早く新しい殿のお役に立てますよう、拙者といたしましては文字どおり清水の舞台から飛び降りる覚悟でお受けしたのでございますよ。なのに……」
*
「この際ですから申し上げますが、拙者には食することができぬ食材がございます。無理に食すれば、全身に発疹が出たり、ひどい場合には呼吸困難に陥ったりするのでございまする。さように深刻な事実を秘してまでお受けいたしましたのも、すべては殿の、保科のお家の……」さすがにあとは言葉にならないらしく啜り上げるばかり。
それまで甘く見ていた肥後守も自分が招いた三度目の失敗をやっと悟ったらしい。
「もうよい。そなたの忠義、いたくこの胸に沁みた。惑乱のあまり先刻はつい胡乱を申したが、このわし自身がそなたを指名したのじゃ、なにゆえに出自を失念しよう。『高遠以来』のみならず『左京衆』にも要職に就いてもらって、ご公儀の職務が多いわしの領内仕置きを支えてもらいたいと、家老と相談した結果だったのじゃからな」
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