家康の隠し孫――保科正之 🏯

上月くるを

第1章 長女・媛姫の毒殺一件

第1話 浜御殿をゆるがす大絶叫




 

 万治元年七月二十五日(1658年8月23日)午の刻。


 若紫の矢飛白やがすりに紅のたすき掛けの奥女中・知恵の姿は、昨冬の振袖火事(明暦火災)による類焼でお上から賜った浜御殿の会津保科家初代保科肥後守正之邸にあった。


 保科中屋敷の貌である表御殿の千畳敷大広間には、つい先刻まで殿さまにご祝詞を申し上げる大勢のご家来衆が詰めていたが、いまは波が退いたように静まっている。


 大勢の奥女中衆のひとりとして後片付けに立ち働いていた知恵の耳は、ザーザーとうるさいほどの蝉しぐれの彼方に、とつぜん沸き起こった獣じみた大絶叫を捉えた。



 ――ヒーッ! ンゴエーッ! ングワァッ! (@_@;)



 いましも畳を掃きかけていた座敷箒を放り出し、急ぎ奥座敷へ駆けつけてみると、めでたいはずの祝儀の席は一転して、見るも無残な阿鼻叫喚の修羅場と変じていた。


 保科家の厨房を預かる包丁づかいがここ一番の趣向を凝らした華やかな祝い膳は、四十七歳の肥後守と継室・於万ノ方を筆頭に、十七歳の長女・媛姫はるひめ、四女・松姫、四男・正経、五女・石姫、六歳の五男・正純まで、年齢順に設えられていたはず。


 だが、何者かが乱暴狼藉を働いたかのように滅茶苦茶に入り乱れ、棒立ちになった全員の恐怖の視線の先には、身を引きちぎらんばかりに悶絶する媛姫の姿があった。





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