第4-2便:ふたりの距離は縮まって

 

 こうして私たちはアルトさんに紅茶を淹れてもらい、チョコレートも一緒に味わいながら背もたれのない椅子に座って話を始める。


 ここは機械油臭いから、ドックにも応接室が併設されていればいいんだけどね。たまに来客があるわけだし。その代わり、川から吹いてくる涼しい風と水音が心地良いけど。


「うん、このチョコレート美味しいね。甘さが脳に染み渡って、疲れも吹き飛ぶ感じ。香りも最高だなぁ。本当に嬉しいよ、ディックくん」


「そ、そうか? そんなに気に入ったのなら、また買ってきてやろう! ……とりあえず、シルフィが元気そうで俺は少し安心した。正直、もっと落ち込んでいるんじゃないかと思っていて心配だったからな」


「えっ?」


 ディックくんの言葉を聞いて私が目を丸くすると、彼はいつになく真剣な顔で私を見つめてくる。その瞳の奥には万物を慈しむような光が灯っていて、優しい空気がなんとなく伝わってくる。



 そうか、きっとディックくんは実務試験で起きた出来事を誰かから聞いて知っているんだ。



 それならこのタイミングでドックを訪ねてきて、私にチョコレートまで持ってきてくれたことも納得がいく。


 嬉しいのはもちろんだけど、気を遣わせてしまって申し訳がないな……。


「事情はフォレスから聞いている。今回はたまたま不運が重なったから起きたことであって、きっと誰が悪いわけでもない。俺はそう信じている。だからシルフィ、あまり自分を責めるなよ?」


「うん……。でもそれは分かってても、やっぱり私としては気にしちゃうよ。どこかに落ち度があった可能性は否定できないわけだし、依然として不具合の原因も分からないまま。さすがに精神的に堪えてる」


「だからといって無理をしてシルフィが倒れたらどうする? ここ数日、徹夜続きだそうじゃないか。事実、疲れが顔に出ているぞ」


 ディックくんの指摘に、自分のことながら私も同意せざるを得なかった。


 さっきキッチンへ行った時、たまたま戸棚のガラス戸に映る自分の姿が目に入ったけど、確かに酷い顔をしていたのを覚えている。


 目の下には深いクマが出来ていたし、顔色もあまり良くない。それに手で顔に触れてみると、お肌だって荒れ放題。いくらオシャレに無頓着むとんちゃくな私でも、隠したくなるほどに気になるレベルだ。


 つまりもはや強がったり誤魔化したり出来そうにないので、私は苦笑いを浮かべながらディックくんに本心を打ち明ける。


「疲れているのは自覚しているけど、何かをしていないと落ち着かないのが正直なところなんだ。気を抜くと、嫌なことやネガティブなことばかり考えちゃうし」


「バカモノっ! 何かをするにしても限度というものがあるだろう。シルフィは頑張りすぎるのが悪いクセだ」


「あはは、そうかもね。だから私にはそうやって言ってくれる人が近くに必要なのかも。ディックくんの存在はありがたいよ」


「……あまり心配をかけさせないでくれ。もしシルフィの身に何かあったら、俺は心が壊れてどうにかなってしまうに違いない。俺にとってキミは大きくて大切な存在なのだ!」


 ディックくんは私の手を取って強く握ると、瞳に涙を溜めながら言葉を紡いだ。そしてその触れ合う手から温かくて柔らかくて絹のような感触が伝わってくる。


 私のことを心の奥底から心配してくれているのがひしひしと感じられる。


 そこまで強い想いを向けてくれていることに、私は嬉しくて胸が熱くなった。鼓動も自然と高鳴って、ドキドキが止まらない。頬も火照ってくる。



 なんでこんな気持ちになったのか、自分でもよく分からない。なんか変だ……私……。



 ただ、嫌な気はしない。だから私は素直に彼の気持ちを受け止め、聞き入れておくことにする。


「……うん……今後は気を付けるよ」


「何かあったら遠慮なく相談してほしい。俺に出来ることなら何でも協力するぞ」


「ありがとう。その時が来たらお願いするね」


 私が微笑みかけると、ディックくんも相好を崩して大きく頷いた。


 照れているのか、彼は耳まで真っ赤に染まっている。そしてカップを手に取り、中に入っていた紅茶を一気に飲み干した。


 釣られて私も紅茶をすすり、ひと息を入れる。少し冷めてしまっているけど、芳醇ほうじゅんな味と香りが心地良くて相変わらず美味しい。


 するとそれを見計らっていたかのように、アルトさんは私とディックくんのカップに追加で紅茶を淹れてくれる。絶妙なタイミングで、さすが執事さんといった感じか。


 その後、新しく淹れてもらった紅茶を楽しみつつ、私はディックくんと話を続ける。


「それで実務試験の時の話なのだが、シルフィは本当に不具合の心当たりはないのか? これは整備に見落としがあったのではないかという意味ではない。例えば、誰かが魔法や道具で魔導エンジンに不具合が起きるように罠を仕掛けたとか、遠隔操作をされたとか、そういう第三者による関与の疑いはないのかということだ」


「……あ、そういう視点で捉えたことはなかったな。不具合の原因は自分にあるって前提でしか考えてなかったよ」


 確かにそういう可能性もあるなぁと、ディックくんに言われて初めて気が付いた。


 まさに目からウロコ。やっぱりひとりで考え込むよりも、誰かと意見を交わしてみる方が良いとあらためて思わされる。



(つづく……)

 

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