第4-1便:ディックの優しさ

 

 実務試験の翌日、ルティスさんの部屋で目覚めた私は通常通りに会社へ出勤した。気分はまだ全快していないけど、そんなことは言っていられない。心を強く持って、自分のなすべきことをひとつずつやっていかなければ。


 落ち込んだり責任を取ったりするのはそのあとだ。順番を間違えてはいけない。


 早速、私はドックで『グランドリバー号』の魔導エンジンを取り外し、全般検査を始めた。


 まずは点検魔法チェックで船全体を確認し、調整や交換が必要となるパーツを割り出していく。あとは状況によって工学整備か魔術整備かを選択し、適切な整備を施していくことになる。


 ただ、今回は能力強化魔法ストレンゼンの副作用によって、手間のかかる工学整備をしなければならない箇所が多く出るというのは容易に想像がつく。つまり全ての整備を終えるまで時間がかかるということだ。


 当然、その間は『グランドリバー号』が運用から離脱することとなる。


 だからこそ、私はなるべく早く完璧に仕事をこなさなければならない。



 …………。



 あんなことがあった直後だから、胸を張ってそれを言い切れる自信はないけど……。


「ううん、クヨクヨしててもしょうがない。やらなきゃ!」


 私は自分に言い聞かせ、一つひとつ全般検査の行程を進めていった。


 もちろん、私がやらなければならない整備の仕事はほかにもあるから、通常の勤務時間中にはそれも平行しておこなっていく。その代わり、休憩時間や夜遅くまでの残業は全て全般検査の作業に注力する。




 そんな日が3日ほど続き、4日目の夜が深まった頃にようやく『グランドリバー号』の整備を終える目処が立ったのだった。このままいけば、明日には整備を終えられると思う。そして試運転に問題がなければ運用にも復帰できる。


 ただ、気がかりなのは、実務試験の時に不具合が起きた原因が依然として分からないままであること。そのままだとリスクは残るし、私としても自信を持って送り出せない。


 だから会社には申し訳ないけど、当面の間は運用させないよう社長に進言するつもりでいる。


 そういう意味では、私の仕事はしばらく終わらないということなのかもしれない。


「……さて、と」


 私はマグカップに残っていた冷めたコーヒーを飲み干し、整備で使った工具類を片付けようとした。でもその時、ドックの隅で影が揺らいだことに気付く。


 視線を向けてみると、そこにあったのはディックくんの姿。さらにその後ろにはアルトさんも居る。


 ディックくんは私と目が合うと優しく頬を緩め、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「シルフィ、こんな夜遅くまで仕事とは感心だな。だが、無理は良くないぞ」


「気遣ってくれてありがとう。うん、ちょっと前にキリの良いところまで終わったところだから、工具類を片付けたら今日の業務はおしまいにするつもりだよ。ディックくんこそ、こんな時間にドックへ来るなんてどうしたの?」


「シルフィと話がしたくてな。フォレスにはさっき許可を取ってきた」


「そうだったんだ。じゃ、少し話そうか。コーヒーか紅茶で良ければ淹れるよ。アルトさんもいかがですか?」


 私がアルトさんに視線を向けると、彼は手に持っていた大きな布袋を掲げて会釈えしゃくを返してくる。


「シルフィ様、それでしたら私がこの場にいる全員分の紅茶をお淹れしましょう。この袋の中に茶葉や道具を入れて持ってきておりますので、キッチンをお借りできれば幸いでございます」


「で、でもお客さんにそこまでさせてしまうのは……」


「良いのだ、シルフィ。客といっても、俺たちが勝手に押しかけただけだからな。そもそも茶を一緒に飲もうと思って、アルトに必要な道具を準備させてきている。それと実はシルフィのためにチョコレートを買ってきてな。疲れている時には甘い物が欲しくなるのではないか?」


 ディックくんが手で合図をすると、アルトさんは持っていた袋の中から可愛らしいリボンと包装紙でラッピングが施された紙箱を取り出した。途端にそこからほのかに甘い香りが漂ってくる。


 あの外観のデザインはリバーポリスで人気の菓子店『ピュア・リバー』のものだ。


 そのお店のチョコレートは上品な甘さが特徴で、私の好きな苦味の強いコーヒーによく合うんだよね。ただ、お値段はちょっとお高めだけど。


「ありがとう、ディックくん! それじゃ、お茶はアルトさんに淹れてもらっちゃおっかな」


「お任せください、シルフィ様」


 せっかくのご厚意なので、私はディックくんたちにお茶の準備をお任せすることにした。早速、アルトさんをドック内の片隅にあるキッチンへ案内する。


 そこは普段からコーヒーやお茶を淹れるのに使っている場所で、お湯を沸かすための魔導炉も設置してある。魔導炉は魔導エンジンと同様に、魔法力のない人でも使用できる道具のひとつだ。


 また、その横の戸棚にはコーヒー豆や茶葉、食器類が収納してあって、何かを飲む時にはここにあるものを使用している。


 実はその奥には小腹が空いた時に食べるお菓子も隠してあるんだけど、クロードに知られると全部食べられてしまうので彼には内緒だ。


 ちなみに今、クロードはどこかに行ってしまっていてドック内にはいない。おそらく発着場の屋根の上で休んでいるんだろう。残業が終わって家に帰る時にのぞいてみると、いつもその場所にいるから。



(つづく……)

 

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