第3-5便:壊れそうになる心、繋ぎ止める心
まさに謎だらけの挙動。ゆえに私はこの一連の不可解な現象の正体がますます分からなくなる。
「シルフィ、操舵手はリバーポリスまでこのまま僕が担当するよ。念のためね」
社長は前方を向いたまま、声を張り上げた。その言葉の内容から察するに、彼も魔導エンジンの復調を感じ取ったのだろう。動力ハンドルの動きを止めているというのが、それを理解している何よりの証拠だ。
要するに出力を調整をしなくても、船は安定的に進めているということだ。
「はい、私もその方が良いと思います。魔導エンジンがまた不具合を起こす可能性もありますし。最後まで社長に負担をおかけするのは申し訳ないですが……」
「ははは、負担だなんて思ってないから気にしなくて良いよ。それにシルフィにこの仕事を頼んだ時、僕は『万が一の時には協力する』って言ったじゃないか。キミはひとりじゃない。ピンチはみんなで助け合って乗り越える――それが当たり前だよ」
「……ありがとうございますッ!」
社長の優しさが嬉しくて、思わず私は泣きそうになった。色々な想いが一気に胸へと押し寄せてきて、自分でも感情が分からなくなる。
ただ、ギュッと締め付けられるような苦しさがあることだけは確かだ。
こうして私たちはその後も航行を続け、無事にリバーポリスの発着場へと辿り着いたのだった。後ろに付いてきていた『マーベラス号』も問題なく桟橋で停船する。これにて実務審査は終了だ。
船にトラブルが発生した点には反省しかないけど、ミーリアさんを始めとする審査担当者さんたちを無事に送り届けられたのはなによりだった。もし怪我をさせたり船を転覆させたりなんてことが起きていたら、目も当てられないから。
もちろん、途中でトラブルが起きたことは審査担当者さんたちも気付いているはずで、それが実務審査の評価に響くのは避けられないと思う。
…………。
とりあえず今は気持ちを強く持ち、発着場でみんなと協力して下船の準備をする。そして私はステップの横に立ち、ミーリアさんたちを笑顔でお見送りする。
たくさんのお客さんたちで賑わう発着場。私たちからどんどん離れて小さくなっていくミーリアさんたちの背中。程なくその姿が完全に雑踏の中に消えて見えなくなると、自然と視界がユラユラと揺れるようになってくる。
「あ……ぁ……」
堪えていた感情が限界を超え、堰を切ったように涙が溢れ出してくる。勝手に肩が大きく震え、鼻水も流れ出してくる。
痛みを感じるくらいに奥歯を強く噛み締め、握った拳にも最大限の力が入る。
「う……うぅ……うあぁああああああぁーっ!」
私は膝から崩れ落ち、その場で四つん這いになって号泣した。拳で何度も地面を思いっきり叩いた。叫ばずにはいられない。涙は滝のようになって地面に流れ落ち続ける。
悔しさと悲しさと自分の不甲斐なさ――。
私のせいだ! 自分のどこかに落ち度があったから、船の運航にトラブルが発生したんだ!
社長やルティスさんの期待を裏切った。きっと実務審査でも私のミスのせいで減点されて、来年度の公用船を運航する会社にはルーン交通が選定されるのはほぼ確実だ。ソレイユ水運の経営にも大きな影響が出る。
ケジメとして、今回の失敗の原因となった魔導エンジンの全般検査と不具合の原因の調査を終えたら退職願を出すしかない。そして二度と船や機械に関わらない人生を送ろう。
…………。
……イヤだ、機械から離れたくない。でも失敗ばかりの私が機械に関わっちゃいけない。
様々な想いが頭の中で渦巻いて、グチャグチャになっている。このままだと心が爆発して、
恐怖、悲しみ、絶望、後悔――様々な想いが心を押しつぶそうとする。
――そんな時だった。不意に私の上半身は温かさに包まれた。柔らかい感触と石けんの良い匂いが脳内に広がる。
気付くと私はルティスさんに抱きしめられていた。彼女も地面に膝を付き、私の頭を包み込みながら後頭部を優しく撫でてくれている。
「今は気が済むまで泣きなさい。心が少しはスッキリするから。大丈夫、私がずっと一緒にいる。絶対に離れない、離さない。だってシルフィは私の妹みたいなものだもの」
「ル……ティス……さん……。お姉……ちゃん……」
「そう、私はあなたのお姉ちゃん。何があってもシルフィの味方だよ」
「ルティスさん……うぁあああああああぁん!」
私はルティスさんの胸の中でさらに号泣した。夢中で泣いた。
周りの目なんてどうでもいい――というか、そんなの気にする余裕なんてない。今はただ泣きたかった。
そのあとのことを私はあまりよく覚えていない。ただ、この日の夜はルティスさんの部屋に泊めてもらったことだけは確かだと思う。目が覚めた時、ルティスさんの部屋のベッドで横になっていたから。
ちなみによく見ると、テーブルの下ではクロードが魚を頬張っている。つまりルティスさんは私だけでなく、彼の面倒まで見てくれたということになる。
彼女には感謝してもしきれないし、この大恩は必ず返さなければならない。
「あっ! おはよう、シルフィ。もうすぐ朝食が出来るからね」
私が目を覚ますのとほぼ同じタイミングで、ルティスさんが寝室の様子を見に来た。
その時の彼女は女神様のように美しくて穏やかな表情をしていて、私は心の底から安心感を覚えたのだった。
(つづく……)
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