第3-4便:神の領域
そうか、
それに魔導エンジンを魔法で一時的に強化した場合、動力ハンドルの感度も上がるから操舵は普段より難しくなる。ただ、社長なら私より経験も技術もあるだろうからその点は心配がない。
あぁ、何事においても私はまだまだ未熟だ。それを実感させられる。もっともっと努力しなぎゃ……。
「ただし、この方法には唯一のデメリットが――」
「社長、分かってます。運航後に魔導エンジンはもちろん、船全体の全般検査をしなければならなくなるということですよね?」
「ご名答。
「その点はお任せください。最速で完璧に整備をしてみせます。その時に不具合の原因の究明も併せてやってみせます。徹夜だって苦にはなりませんよ」
「よし、決定だ。早速、取りかかろう。僕はまずルティスに事情を伝えてくる」
そう言うと、社長は客室の方へ駆けていった。
その間に私は魔導エンジンへ
まずは動力ハンドルを操作して出力をゼロに下げ、そのあとに機械室のドアを開放。さらにその中に入ると、魔導エンジンに両手をかざす。この時には間違っても直接触れてはいけない。駆動中や停止直後は高熱を帯びていて火傷してしまうから。
ま、近寄るだけで熱気が伝わってくるので誰でも分かると思うけど……。
「――
スペルを唱えた直後、私の手のひらから魔法力が放たれた。
すると淡く赤い光が魔導エンジンを包み込んでいき、それと共に駆動音も上がっていく。それは魔法の効果により能力が上がったなによりの証拠。
それを見届けた私は操舵室へ戻り、今度は船体に手を置いて
「うん、ちゃんと出力が上がってる」
データ上でも
あとはこの状態を維持しているうちにリバーポリスまで辿り着けば、この場のピンチをひとまずは乗り越えることが出来る。
――と、思っていたタイミングで客室から社長が戻ってくる。
「お待たせっ! シルフィ、行けるかい?」
「はい、ちょうど準備が終わったところです」
「よし、運航を再開しよう」
社長は操舵輪を握り、動力ハンドルを操作した。途端にエンジンの駆動音が跳ね上がり、船のスピードが徐々に上がっていく。
不具合が起きる前とほぼ変わらない状態で航行できていて、乗り心地も上々だ。
一見すると彼は苦もなく船を操作しているようにも感じる。でもその手元をよく見ると、決してそうではないことが分かる。というのも、社長は周囲の安全を目視で確認しつつ、計器類にも注意を向けて動力ハンドルを常に小刻みに動かしているのだ。
もしそんな操作をすれば、本来であれば船は前後に揺れて乗り心地が悪いことこの上ないはず。にもかかわらず、現在の船の動作は比較的安定の域にある。
その理由は、常に
なんと社長は不安定な魔導エンジンの出力に合わせて動力ハンドルを動かし、スクリュープロペラへ伝達される力が結果的に一定になるように調整しているのだ。
つまりエンジンの出力が上がりそうになるとハンドルを下げ、エンジンの出力が下がりそうになるとハンドルを上げている。
きっと社長は計器類の表示と船に伝わる振動、音など様々な情報を元に魔導エンジンの出力変化を敏感に察知して、動力ハンドルを操作しているんだろう。
その操作のタイミングも出力変化とほぼ同じだからこそ、これだけの乗り心地の良さを得られているのは間違いない。
そうしたことを手動でやっているというのだから、その操船技術の高さに驚かされる。私なんか
「すごい……すごすぎる……」
思わず私の口からそんな言葉が漏れていた。整備にしても操船にしても、社長の船に関する技術は天才どころか神の領域に達しているんじゃないかとさえ思えてくる。もはや尊敬というレベルを通り越して、恐れ多い存在のようにさえ感じる。
その後も社長は順調に操船を続けた。
不具合が起きた地点からしばらく進むと川の流れは渓谷地帯の中へ突入し、両岸には切り立った岩山が迫っている。川幅は狭まって流れは速くなり、線形もクネクネと蛇行していて船の通行には慎重さが求められる。
そんな地域でも社長は見事に操舵輪や動力ハンドルを操作し、丁寧かつ迅速に船を進ませていった。その難所を越えると川幅が少し広まって流れも穏やかになり、リバーポリスまで残り1時間ほどという場所へ到達する。
その時だった。
なんと今まで原因不明の不具合を起こしていた魔導エンジンが、不意に正常な状態に戻ったのだ。
(つづく……)
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