第2-4便:ルティスの作戦

 

 そんな頭を抱えている私のところへ社長がひとりでやってくる。ルティスさんも一緒かと思っていたんだけど、どうやら違うらしい。


「おはよう、シルフィにクロード」


「社長、おはようございます!」


「よぅっ、フォレス!」


 私たちが挨拶を返すと、社長はニッコリと微笑んで大きく頷いた。サラサラとした前髪がなびき、今日も爽やかな雰囲気は百点満点だ。それに涼やかな香水の匂いが優しく漂ってきて心地良い。


「もうすぐ審査担当者たちがやってくるはずだから、今からしっかりと気持ちを引き締めておいてね。もちろん、過度に緊張する必要はないけど」


「ルティスさんの姿がありませんけど、社長と一緒じゃなかったんですね」


「彼女なら喫茶コーナーで仕事の引き継ぎをしてるよ。もうすぐ来ると思う。ほら、今日と明日は乗船券の発券業務や喫茶コーナーの責任者をティアナに任せることになるだろ?」


「そっか、ルティスさんも明日まで出張になるんですもんね。ルティスさん以外の正規社員で同じ部署だと、キャリアが最も長いティアナさんに責任者の役割が回るのは必然的かもしれませんね」


「もっとも、大まかな作業や流れはティアナも分かっているから、最後の確認といった感じだろうけどね」


 ティアナさんというのは私より3年先輩の社員で、現在はルティスさんと同じ業務を担当している。ただ、数字のデータの取り扱いが得意ということもあって、乗船券の発券はもっぱら彼女がおこなっている状態だ。


 よく考えてみると今回は私だけじゃなくて、社長やルティスさんも出張することになるんだよね。だから急ぎの仕事がある場合は誰かに引き継ぎをしておかなければならない。


 ちなみに私に限って言えば、その必要がない。運航直前の簡単な点検については、代行できる何人かの社員さんに対してすでに社長から連絡してもらっているし。


 そもそももし整備関係の仕事があったとしても、私にはそれをお任せできる相手がいない。だってうちの会社内でその作業が出来るのは、一緒に出張に行く社長くらいのものだから。


「社長は引き継ぎってないんですか?」


「ないない! あとのことは会長に頼んであるけど、引き継ぎをしなきゃならない仕事はないよ。社長業のキャリアは会長の方が長いわけだし、何かがあっても僕より上手く処理してくれるだろうさ」


「あはは、確かにそうかもしれませんね」


 私は社長の言葉に納得する。こういう時は業務内容をよく把握している先輩がいると助かるなぁとあらためて思う。


 いつか整備を担当する同僚や後輩が私にも出来るのかな? 魔術整備師は一般的に人気がない職業ジョブだし、なかなか難しいかもしれないけど。


 魔術師の素質があると冒険者や研究者、魔術医師といった別の道に進む人が多いからなぁ。それに魔術整備師は機械好きじゃないと務まらないという面もある。


 だからこそ、この業界は慢性的な人材不足なわけで……。


「シルフィ、クロード。おはよう」


 私と社長が会話をしていると、凛とした雰囲気でルティスさんがやってきた。どうやらティアナさんへの引き継ぎは終わったらしい。これで出張のメンバーが揃ったことになる。


 すかさず私とクロードは彼女に向かって挨拶を返す。


「ルティスさん、おはようございます」


「おはよっす、ルティス! ――って、その手に持ってる紙袋は何だ? 中から良い匂いが漂ってきてるぞ」


 クロードが興味津々な表情で鼻をひくひくさせていると、ルティスさんは少し袋を持ち上げて目を細める。


「さすがクロード、鼻が利くのね。この中に入ってる箱には、私たちが移動中に食べるコロッケサンドが詰めてあるの。クロードにはフィッシュサンドを用意してあげてるからね」


「おぉっ! そりゃ楽しみだぜっ! それって商店街にある店から仕入れてるやつだろ? 嗅いだことがある匂いだもんな!」


「私たちはルーン交通の皆さんのところへ挨拶に行ってくるから、クロードは私たちの船でこれの見張りをして待っててね」


「任せとけっ! 怪しいやつがオイラたちの船に乗ってきたら噛みついて追っ払ってやる!」


 フィッシュサンドが食べられると知ってテンションが上がり、胸を叩いて得意気な顔をするクロード。するとルティスさんは目顔で私や社長に合図を送ってくる。


 その瞬間、私はハッとしてさすがルティスさんだと脱帽した。というのも、彼女がサンドイッチを持ってきたことには、私たちの食事というほかにも目的があると分かったから。


 つまりこれはルーン交通や審査担当者の皆さんへ挨拶をしに行く時に、クロードの邪魔が入らないようにする策略でもあるということ。


 当然ながらルティスさんはクロードの性格を知っている。だから役割を与えて私たちの船に釘付けにすることで、彼の気分を害することなく挨拶の場から遠ざけようというわけだ。


 これなら彼がいつ余計なことを喋らないかと私たちが不安になることもないし、まさに妙手だと思う。


「――あっ、言い忘れてたけど、もしつまみ食いをしたら本気で怒るからね? クロード、私に言い訳や誤魔化しは利かないって分かってるよね?」


「っ!? お、おぅ……もちろんだ……」


 ルティスさんの笑みの向こう側にある威圧感を察して、クロードは顔を真っ青にしながら全身を震わせた。


 普段が優しくて温厚な分、怒った時の彼女はその反動で悪魔やドラゴンよりも怖いということを知っているから、そういう反応になるのも当然だけど。


 ちなみに私ならクロードに泣き付かれたら最後にはきっと許しちゃうだろうけど、ルティスさんにはそれが通用しない。世の中、どうにもならないこともあるのだ……。


 それにこれくらいおどしておかないと、クロードは悪戯いたずらをしかねないということも彼女はよく理解している。もしかしたら、私よりもよっぽど飼い主に向いているかも。



(つづく……)

 

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