第2-3便:なぜライバル会社の船がこの場所に!?
とうとう実務審査の当日がやってきた。
魔導エンジンはもちろん、船体の各部も前日までに魔術整備で調整してあるし、試運転の結果も問題ない。今朝の運航前チェックでも異常なしだ。魔力回復薬などの万が一に備えた道具類も揃えてある。これなら万全のはず!
ちなみに客室の掃除や旅客に提供する軽食、飲料水、トイレなど接客関連の仕事はルティスさんと社長が担当してくれているので問題ないと思う。あとはこの発着場に市の審査担当者さんたちが到着するのを待つばかりだ。
もっとも、往路で彼らを乗せて運航するのはルーンの担当なので、今日の私たちがやることといえば挨拶をして後ろから付いていくくらいのものだけど。
「なぁ、シルフィ。なんでソレイユの発着場にルーンの船が停まってるんだ? 往路の担当はルーンなんだから、ルーンの発着場から出発すればいいのに」
私の左肩に載っているクロードが、前方にある桟橋を眺めながら首を傾げた。
その視線の先に停泊しているのは、ルーン交通所属の旅客船『マーベラス号』。グレードは最上級で、確か普段は貸切専用として使用されている船だったと思う。
船体の色は高級感が漂う金と黒がベースで、外見のデザインは威風堂々としているスタイリッシュなもの。内装や接客設備は見たことがないけど、おそらく豪華で上等なものとなっているんだろう。
そして船体の最後部ではルーン交通の社章が描かれた旗がなびき、それが周囲の景色から浮いている。事実、その珍しい光景に一部のお客さんは驚いたり戸惑ったりしている。
それもそのはず、このイリシオン王国内で営業する水運会社は航路の起点と終点にそれぞれ専用の発着場を持つことが法律で義務づけられているから、ソレイユの発着場にルーンの船が停泊することは滅多にないのだ。
ちなみにその例外として、共同運航路線の場合は航路の中に1か所でも自社所有の発着場を持っていれば運航が許可されている。
また、中には数社が共同で運用している発着場や町が管理している発着場があって、そうした場合は発着場と船の所属が異なるというケースはあり得る。
今回はそのいずれの状況にも当てはまらない『市の指示による措置』という異例中の異例な出来事。特にリバーポリス市にあるソレイユの発着場にルーンの船が停泊するのは初めてのことだと思うし、今後にこういう機会があるかどうかも分からない。
だからこそこの貴重な光景を見るために、わざわざやってきたと思われる船マニアの人たちも発着場にいる。
「社長の話だと、リバーポリス市側はソレイユの発着場を使うことになったんだって。うちの発着場の方が市役所から近いから。その代わり、ブライトポート市側はルーンの発着場を使うみたい。どちらか一方の会社の発着場だけを使うのは、公平じゃないってことらしくて」
「そういうことか。でも理由は分かっても、やっぱりこの光景には違和感があるな。なんか気持ち悪いぜ。腹の中で寄生虫が動き回ってるような気分になる」
「気持ちは分かるけど、さすがにそれはルーンの皆さんに失礼すぎる表現のような気がするけどな。――あ、そうだ。あとで私は審査担当者さんやルーン交通の皆さんへ挨拶しに行くけど、もし一緒に付いてくるなら余計なことを喋らないようにね。それと絶対に邪魔をしないこと!」
「あははっ、安心しろって。黙って足下に座ってるだけにしておくよ」
楽しげに笑うクロード。でも私としては今までに何度も裏切られた経験があるから、不安が尽きない。そういうところも成長してくれたら、いざという時だけでなく普段から頼りになるんだけどなぁ。私の気苦労も減るし……。
「で、その船の前にぞろぞろと並んで立っているのがルーンの関係者か。もしかして右端にいるのはライルか? スーツなんか着てるから、一瞬気付かなかったぜ。アイツがツナギ以外の服装でいるなんて珍しい」
「万が一に備えて、整備担当者として同乗するんだと思う。接客はルーンで一番人気の添乗員のラビィさん。操船の担当者は川や町でよく見かける人だけど、名前は知らない」
「ど真ん中に立って偉そうな空気を漂わせているのが、ルーンの社長だろ?」
「うん、バロンさんだね。私は何度か挨拶をしたくらいしか接点がないけど」
バロンさんは60代前後の男性で、ふくよかな体型をしている。高級そうな紺色のスーツを着こなし、頭にはシルクハット。髪と口ひげは雪のように白くて、それらは綺麗に整えられている。まさに老紳士といった雰囲気だ。
なにより貴金属や宝石などで彩られたアクセサリー類を一切身に付けていない『シンプルイズベスト』のファッションに、センスとオシャレさを感じる。
ちなみに私は彼と接点がないから、素性や性格などほとんどのことを知らない。いつか機会があったらライルくんやうちの社長に訊いてみようかな。
「嫌味な顔をしてやがる。それに腹の中にドス黒いものを感じるぜ。オイラ、ああいうタイプは嫌いだね」
「バ、バカ! 聞こえちゃったらどうするのっ?」
「これだけ距離があるし、周りだって騒がしいんだから聞こえるはずないって」
クロードは涼しい顔で言い放つと、軽く溜息をついた。周囲を見回しながら
誰にも聞かれていなければいいけどなぁ。これだからやっぱりクロードの言動は信用できないのだ。無意識にポロッと余計な一言を
(つづく……)
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