第2-2便:実務審査の概要
そんな私を尻目に、社長は真剣な顔つきで私を真っ直ぐ見つめている。
「船体や魔導エンジンに何かトラブルがあっても、シルフィならその場で対処できるからね。もちろん、運航中の審査担当者への案内や接待は僕やルティスが担当するから、シルフィは操船だけに集中してくれればいい」
「で、でも操船だけなら私以外にもベテランの皆さんがいるじゃないですか……。私は同乗しておいて、機械的なトラブルがあった時にだけ対処すればいいわけですし」
「シルフィの操船技術は全く問題ない。キミ自身が思っている以上にレベルが高いと僕は思うよ。今回の航路だって定期的に担当していて、経験があるわけだからね。それなら船の整備から一貫してシルフィに任せる方が総合的に安心感がある」
「確かにブライトポート市までの航路に関する情報や経験はありますけど……」
私にはあまり反論することが出来なかった。当惑するばかりで勢いは全く出せない。
なぜなら社長の言葉や考え方には筋が通っていて、拒否するのは難しいと感じたから。なんとか役割をほかの誰かに変わってもらえるよう遠回しに断ろうにも、その糸口すら見付けられない。
ある意味、社長ってズルイと思う。正論で来られたら逃げ道がないもん。
あとは卒倒するか、泣き喚くくらいしか拒否する方法がない。もちろん、それをするのはさすがに抵抗があるし。
一方で私にこの話を持ってきたということは、能力を評価して期待してくれているということでもある。
となると、もはや覚悟を決めるしかないかな……。
「僕は審査担当者への案内や接待に集中したい。だから操船に関することはシルフィだけで対処してもらえると助かるんだよ。もちろん、万が一の時にはシルフィに協力するけどね」
「……分かりました。そういうことならこの仕事を受けさせてもらいます」
「ありがとう。運航日は1週間後の早朝。運用に入る船はうちの所属旅客船で最上級の『グランドリバー号』だ。その日に合わせて整備と試運転も頼むよ」
「はい、しっかり調整しておきます!」
腹を
ちなみに『グランドリバー号』は私が普段から運航している渡し船の2倍くらいは大きな船で、操舵室と客室が独立した構造になっている。
船体の前方には屋根とドア付きで数人が入れる広さの操舵室があり、その床下は機械室。
そして船体の中央部分にあるのが2階建ての客室で、簡易的なキッチンやトイレ、豪華なソファー、大きな窓などが設置されている。長旅でも居住性は良い。その客室の一部分と甲板の下の空間が添乗員室だ。
さらに最後部は開放的な甲板となっていて、川面を吹き抜ける風を直接感じることが出来る。
「大まかに行程を説明しておくけど、リバーポリス市からブライトポート市までの往路はルーンの担当。その翌日にブライトポート市からリバーポリス市までの復路を担当するのが僕たちソレイユになる」
「なるほど、それで泊まりがけの出張というわけですね」
ブライトポート市との往復なら、早朝に出発して即座に折り返せば日帰りも可能だ。その場合、泊まりがけの必要はなくなる。
でも審査担当者さんたちの疲労を考えて、それは避けようということなのだろう。今回は実務審査ということで、急ぎで往復しなければならないというわけでもないし。
「宿の手配はルティスに頼んでおくよ。それとシルフィの食事代なども経費で落としてあげるから、領収書をもらっておくのを忘れないようにね」
「はい、承知しました。それで往路の時なんですが、私たちの船はどうすればいいんですか?」
「審査担当者たちの乗るルーンの船の後ろから、バックアップ船として運航することになる。といっても、大きなトラブルがなければ回送の船を運航しているのと変わりないけどね。復路はその担当が入れ替わる形。だから往路はそんなに気を遣わず、リラックスしてくれていいよ」
「でもいくら回送扱いでも気は抜けませんよ。運航中に漂流物と衝突して船体に深刻なダメージを受けたら翌日に響くわけですし」
「そうだね。ま、そういうわけだからよろしく頼むよ」
「はいっ、がんばりますっ!」
こうして私は大きな仕事を受けることになった。運航日までに航路の再チェックと気象状況を確認しておかなくちゃ。
それと最も大事なのが、実務審査の時に使用する『グランドリバー号』の整備と試運転。会社の経営や社長の期待がかかっているから、万が一にも失敗は許されない。
あと何があるか分からないから、運航中に何度か整備魔法を使っても大丈夫なくらいに魔法力回復薬を準備しておかないと。工学整備で使う工具類も。これはディックくんを助けた時に得た教訓だもんね。
(つづく……)
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