第2-1便:社長からの呼び出し
数日後、私は社長室に呼び出されていた。今回は業務上で何か大事な話があるとのこと。
最初はディックくんとライルくんのケンカについてのことかとも思ったんだけど、よく考えてみればそれって会社にはあまり関係のないことだもんね。個人的な興味は社長にもあるかもしれないけど。
そんな社長は私を応接スペースのソファーに座らせ、コーヒーを淹れた。私の分はもちろん、社長自身の分もだ。室内には良い香りが広がり、お互いにそれを飲みながら話が始まる。
「実はシルフィに頼みたい仕事があって、今日は呼び出したんだ」
「急ぎで整備しなければならない船でもあるんですか?」
「整備もあるけど、今回は操船も頼みたいんだよ。しかも泊まりがけの出張だね」
「泊まりがけの出張っ!? ということは、長距離路線の担当ということですか?」
操船をする上に泊まりがけとなると、片道の運航時間が数時間以上かかる長距離路線を担当するということになる。
もしほかの町にある他社へ行って船や何かの機械の整備をするという仕事なら、『操船も』という表現にはならないだろうし。
もちろん、私に話が回ってくるということは事務系の仕事という可能性は低い。
私が考えを巡らせながら戸惑っていると、社長はクスッと笑って話を続ける。
「それはそうなんだけどね、シルフィは
「リバーポリス市の職員が業務で使う船ですよね。各市との行き来や市に関する荷物の運搬を担っている船で、うちの会社が運航の委託契約を受注しているんじゃなかったでしたっけ?」
「そうそう、それ。その3年間の契約期間がもうすぐ終了して、新たに受注事業者を選定することになるんだ。ただ、今回の入札にはルーン交通も参加してきてね」
「えっ? ルーンがですかっ!? だ、だってルーンは貨物事業をしていないんじゃ……」
想定外の事態に驚いて、私は思わず声を裏返してしまった。
ルーン交通はリバーポリス市の右岸と左岸を結ぶ渡し船のほか、一部の長距離路線や貸切船も運航している。
でもいずれも旅客事業のみで、リバーポリス市で扱われている貨物の運搬はソレイユ水運やほかの町を拠点としている数社の運送会社が
そもそも旅客船と貨物船、それに貨客船はそれぞれ船の大きさも設計も異なるし、だからこそ船内の居住性や接客サービスだって違ってくる。
特に重心やバランスが重要となる荷物の積み卸しには技術がいる。
だから旅客事業が主体のルーン交通が貨物事業へ参入するのは容易なことではないのだ。あるいは密かにその準備を進めてきていたとか?
――そうだ、最近のライルくんは廃船の解体をする仕事をしていると話していた。そうやって桟橋のスペースを開け、新規に導入する貨物船や貨客船をそこに停泊させるつもりなのかもしれない。
私はなんとなくそんなことを想像しながら、あらためて社長の話に耳を傾ける。
「公用船は貸切旅客事業の延長みたいなものだからね。荷物を取り扱うといっても、せいぜい書類や軽微な物資だ。大量の荷物の運搬は、今でも個別にうちの貨物船に依頼をしてくるくらいだし」
「つまり公用船運航の主要な目的は、職員の移動など旅客の運搬というわけですか」
「そういうこと。それもあって、今回から入札認可業者の条件が緩和されたんだと思う。だからルーン交通も入札に参加してきたってことだね。あるいはこれをきっかけに、今後は貨物事業へ本格的に参入する可能性もある」
その話を聞く限り、社長も私と似たようなことを想像しているのかもしれないと思った。あるいはどこかから情報や噂を聞いて、ある程度の確信を持って言っている可能性も否定できないけど。
もしルーンが貨物事業を始めるとなると、どうしてもうちの会社の仕事が減ってしまう。しかも競合すれば運賃の値下げだって状況によってはあり得る。
もっとも、
いずれにしても、運搬量の減少が会社の収益に大きく響くのは間違いない。
そしてその公用船が話題に上ったということは、私の思っている以上に重い話になりそうな予感がする。だから私は不安と緊張感を持って社長へ問いかける。
「それでその公用船と私の仕事にどういった関係があるんです?」
「うん、公用船運航事業者の選定には書類審査のほかに実務審査もある。その実務審査の際に運航される船の操船をシルフィに頼みたいんだ。具体的にはリバーポリス市とブライトポート市を結ぶ航路で、市の審査担当者たちを乗せるってこと」
「っ!? 私がそんな重要な仕事をっ?」
嫌な予感が的中してしまった。即座に最大限のプレッシャーを感じ、胃が
(つづく……)
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