第1-7便:後味の悪い決着

 

 そのままわずかな沈黙の時が流れたあと、ディックくんは感情を抑え込んでいるような震えた声を漏らす。


「……その言葉、取り消せ」


「その言葉とは?」


「シルフィの力不足という言葉だ」


「それは出来ない。なぜなら事実だからだ」


「……取り消せ。俺を本気で怒らせるな」


「貴族の力を使って圧力を掛けるか? 残念ながら俺はそんなものに屈しない。職人は自分の信念を曲げたりしない」


「取り消せぇええええええぇーっ!」


 ディックくんは顔を上げて叫びながら、怒りに満ちた表情でディックくんに殴りかかった。その突然の出来事に私たちは息を呑むだけで、止める間なんてない。まるで金縛りにあったように体が硬直したままで動かない。


 きっと脳の能力が目の前で起きた事態の処理に追いつかないんだと思う。


 ディックくんの拳はライルくんの頬に命中し、ライルくんは席の奥へわずかに吹き飛ばされる。でも彼はすぐに起き上がり、冷たい瞳でディックくんを見やっている。反撃する意思はないということだろうか?


 そしてさすがにこの暴力を伴う事態には周りのお客さんたちも気付き、戸惑った目でこちらの様子をうかがっていた。店内にはどよめきが広がっていく。


 当事者のディックくんは肩で荒い呼吸をしつつ、ライルくんを憎悪の瞳で見下ろしている。いつまた次の攻撃に出るか分からない。このままだと自警団が関わる事件になってしまうし、ふたりとも大怪我をすることにもなりねない。


 それを悟った私はようやく体が動くようになり、即座にディックくんを背中側から強く羽交い締めにした。夢中で止めた。


 彼は小さな体なのに抵抗する力が強くて、体格も思った以上に大きく感じる。あと1年くらい成長したら、私じゃ止められないかもしれない。それくらいに勢いがあって、我も失っている。


「ダメだよっ、ディックくん! 暴力はダメっ! ディックくんッ!」


「離せっ、シルフィ!」


「やめてよ、ディックくん! 落ち着いてっ!」


「しかしっ! しかしぃっ!」


「ありがとう、ディックくん! 私のことを気遣ってくれただけで充分だよ!」


「く……ぅ……うぅ……」


 私が目一杯の力で抱きしめると、ようやくディックくんは徐々に抵抗をしなくなっていった。腕の中で彼の全身に入っていた力が弱まっていくのを感じる。


 それと同時に私も腕から力を抜いていき、優しく包み込むような抱きしめ方に変える。


 一方、ライルくんは深い溜息をつくと、殴られた頬を手でゆっくりと撫でる。血は出ていないし、歯も折れていないみたいなのは不幸中の幸いだ。ただ、やっぱり殴られた部分は赤くなって少し腫れている。


 直後、ライルくんは回復魔法を使って患部を治療してからディックくんを冷めた目で見る。


「……気が済んだか? やれやれ、お子様の癇癪かんしゃくには困ったものだ。それじゃ、俺は失礼させてもらう」


「貴様っ、逃げる気かっ? 男ならやり返してこい!」


 挑発をするディックくん。でもそれに対してライルくんはクスッと冷笑を浮かべる。


「そんな無駄なことをして、大事な手や腕を怪我したらどうする? 整備が出来なくなっちまうだろうが。それにやり返すにしても、暴力以外のやり方だってある。こうして無抵抗でいるのもそのひとつだ。一方的に殴ったお前と無抵抗な俺。周りにいる連中は、果たしてお前にどういう感情を持つかな?」


「ぐ……うぅ……っ!」


 自分の立場が悪いことを認識したのか、ディックくんは何も言い返せず苦々しい表情をするだけだった。また、こうして抱きしめているからこそ、彼が何らかの感情によってかすかに震えているのが分かる。



 私としてはディックくんの気持ちもライルくんの気持ちも理解できるだけに、心が苦しい。


 ディックくんは私を気遣っての優しさ、ライルくんは私の整備や機械を思慮しての優しさ。形は違うけど、ふたりとも優しい気持ちを持っているのは間違いない。


 でも暴力を振るってしまった点だけは、ディックくんに落ち度があるのは確かだ。だから私はその場から立ち去ろうとするライルくんに向かって慌てて声をかける。


「ライルくん、ゴメンっ! 私がディックくんの代わりに謝るよっ!」


「なぜシルフィが謝る必要がある? お前は何も悪くない。ただ、そのお子様にはきっちり首輪を付けておくことだ。相手が相手ならただのケンカじゃ済まなくなることだってある」


 そう言うとライルくんは立ち上がり、その場をあとにする。そして去り際に背を向けたまま、手だけを私の方へ振ったのだった。




 結局、私たちはそのまま食事をしたけど、みんな言葉少なげで雰囲気も重苦しいものとなってしまった。少なくとも私はほとんど味を覚えていない。単純にお腹が膨れただけという感じだ。


 私は別にそれでも構わないけど、ミーリアさんには本当に申し訳なかったと思う。彼女は気にしなくて良いって言ってくれたけど、私としては何もしないわけにはいかない。


 いつか必ず埋め合わせをしないとね……。



(つづく……)

 

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