第1-6便:不穏な空気……
そっか、この場で顔見知りなのは私とクロードだけだもんね。話に夢中になっててそのことを忘れてた。
だから私はライルくんの方を手で指し示して、ミーリアさんたちに紹介をする。
「彼はライルくんと言います。ルーン交通で魔術整備師をしているんです。年齢は私より1歳年上ですけど、整備師としてのキャリアは同じくらいです」
「ルーン交通というと、リバーポリス市で旅客渡船業を営んでいる大きな水運会社でしたよね。シルフィさんが勤めているソレイユ水運とはライバル会社の」
「えぇ、まぁ。でも私やライルくんは会社の違いってあまり気にしてないですよ。整備師の仲間同士というのは変わらないですから。――ねっ、ライルくん」
私が問いかけると、ライルくんはスプーンを置いて面倒臭そうな顔をする。
「ライバル会社ってのは会社の上層部や一部の連中が勝手に言ってるだけのことに過ぎない。所属する組織が違うからって、魔術整備師の仕事が何か変わるわけでもないからな。俺たちは
「ライルくん、最近はどんな仕事を担当してるの?」
「桟橋に放置されたままになっていた廃船の解体をしている。他社や個人から解体を委託された船もあるから、結構な数になるんだ。分解したパーツも燃料タンク内に残っていた古い魔鉱石も大量に出て、ドックの敷地内で山になってるよ」
「それは大変な作業だね」
「そうでもないさ。解体も魔術整備師の仕事のひとつだからな。少なくとも、操舵手や客の案内をするよりはマシだ。俺の性格的に、ああいう仕事は苦手でな」
「ルーンは完全分業制で、うちみたいに整備師が複数の業務を掛け持ちすることはないもんね」
「そうだな。それにそんなどっちつかずのフラフラした状況だと、本来の業務に支障が出かねない。だからこそ、誰かさんは魔導エンジンをぶっ壊したんだろうしな」
「……っ!」
不意に放たれた彼の言葉が私の胸に突き刺さった。ちょっと息苦しさも感じる。
ぶっ壊したエンジンというのは、きっとディックくんを救った時に使った新型魔導エンジンのことだろう。あの事件の話はリバーポリス市の全体に響き渡っているし、直近で私が壊したエンジンなんてほかにないから。
だとすると、彼の言う通りだから私は何も言い返せない。
「聞いたぞ、この前の
「う、うん……それは反省してる……。ごめん……」
「それと病人を救ったとか言って喜んでいるとしたら、見当違いも甚だしいからな? 整備師のクセに機械を痛めつけて整備の負担を増やすなんて、マゾなのかって疑いたくなる。機械に対しても失礼だ」
「――おい、貴様。何様のつもりだ?」
その時、今まで横で静かにしていたディックくんが私たちの会話に割って入ってきた。彼は憎悪の色を瞳に浮かべてライルくんを睨み付けている。
そして席から立ち上がると、通路に出て私を庇うように間に立つ。
一方、ライルくんはどこ吹く風で、全く動じていない。彼は涼しい顔のまま静かに口を開く。
「何様って、俺は魔術整備師様だが? お前こそ何者だ?」
「俺はディックだ」
それを聞くと、ライルくんはわずかに目を見開いて納得したように頷く。
「なるほど……。例の事件でシルフィに助けられた貴族の子息というのはお前か」
「シルフィに対して、貴様の言葉にはトゲがありすぎるように感じる。シルフィが評価されていることが
「……くだらん。勝手に言ってろ」
「貴様の魔術整備師としての腕は知らんが、人間性はシルフィの足元にも及ばないのは確かだな」
「整備師は機械の整備に全意識を向けるべきだ。余計なノイズなど俺には不要。ま、お前が命の恩人であるシルフィに肩入れする気持ちは分かる。だが、そのせいで本質を見抜く目を曇らせるのは愚の骨頂だぞ」
「なにッ?」
今にも飛びかからんばかりの勢いで声を荒げるディックくん。奥歯を噛み締め、目から火花が散っている。強く握った拳は小刻みに震え、いつ怒りの感情が爆発してもおかしくない状態になっている。
当然、その様子をアルトさんはオロオロしながら見ている。私もその気持ちに近いかもしれない。どうすればいいのか分からなくて戸惑うばかり。
なにより私の過去の行動がふたりの言い争いの発端だし……。
ミーリアさんは冷静に状況を見守っているみたい。この場では中立的な立場だからなのか、あるいは事件のことをあまり知らないということなのか。
そして足下で寝転がっているクロードはノンキにアクビ。人間のいざこざには興味がないって感じだ。きっと彼の頭の中には魚を食べることしかないのだろう。
一方、相変わらずライルくんはディックくんに対して全く怯んでいない。それどころか、視線がいつも以上に鋭くなって抵抗する姿勢を見せている。
こんなにも熱くなるなんて、彼にしては珍しい反応だ。
「人命を救うことは尊い。だが、それはそれ。整備師としてシルフィの技術が劣っていたことは事実。もし完璧な整備、あるいはぶっ壊した魔導エンジンをもっと性能の良いものに仕上げられていたなら、あそこまで大きなリスクを冒さずに済んだ。そのことが分からないのか?」
「違う! シルフィの技術が劣っていたとは思わない! それにシルフィがあの状況で最大限にやれることをやりきってくれたからこそ、俺はこうして生きていられるんだ!」
「分からんやつだな。技術が万全なら機械に過度な負荷を掛けず、しかも最大限の力を出すまでもなくお前を救えていたのだ。シルフィの力不足だ」
直後、ディックくんは小さく息を呑むと、深く俯いてなぜか黙ってしまった。
しかも前髪が顔の半分くらいまで掛かってしまったこともあって、どんな表情をしているのか分からない。
(つづく……)
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