第2-5便:審査担当者の正体

 

 ルティスさんがサンドイッチを客室内に運び入れると、クロードは留守番としてその場に残った。そして私とルティスさんと社長は揃ってルーン交通の皆さんのところへ挨拶しに行く。


 ただ、私はライルくん以外とはほとんど面識がないから、どうしても緊張してしまう。


 まずは先頭を歩いていた社長がバロンさんに軽く頭を下げながらにこやかに声をかける。


「バロンさん、おはようございます」


「おぉ、フォレスさん。おはようございます。今回はお互いに頑張りましょう。実務審査ということを抜きにして、無事に終わるのが一番ですからな」


「そうですね。安全な運航こそが大切ですから」


「ルティスさんも相変わらず美しい。以前からお誘いしているように、我が社に来ていただければ最大限の待遇でお迎えしますぞ? おっと、これはフォレスさんの前で話す内容ではありませんでしたな。はっはっは!」


 バロンさんはルティスさんに向かって冗談交じりに言ってから大笑いをした。もっとも、私には半分くらいは本音だったようにも感じたけど。いずれにしてもあまり趣味の良い冗談とは思えない。


 それに対してルティスさんは困ったような笑みを浮かべながらサラリと受け流す。


「ありがとうございます、バロンさん。ですが何度も申し上げているように、私はソレイユ水運以外で働く気はありませんので」


「それは残念だ。――と、そちらのキミは確かシルフィさんだったかな? 以来、すっかり町の有名人だね」


「あ、いえ……」


 不意に話を振られ、私は思わず目を丸くして言葉に詰まってしまった。


 頭の中がなんだか真っ白で、彼の今の言葉に他意はないのか、それとも皮肉られているのか分からない。思ったよりも私は、普段の状況では肝が据わっていないのかもしれない。


「そうか、そちらの船には整備担当者としてキミが同乗するということなのかな?」


「は、はい。操船も私が担当させてもらうことになりました」


「なるほど、頑張りなさい。若いうちは失敗を恐れずにね」


「ありがとうございます」


 バロンさんの言葉の真意はやっぱり掴めなかったけど、とりあえず感謝を述べて頭を下げておいた。アドバイス的なものをもらったのは間違いないから。




 その後、その場にいたほかの皆さんとも挨拶を終えると、私たちソレイユ水運の3人はルーンの皆さんから何歩分か離れた場所で待機した。これが仕事の場じゃなければ、ライルくんと船の話をして時間を潰したかったところだけど。


 やがて発着場に市の職員と思われる5人組が現れ、一緒にこちらへ歩み寄ってくる。責任者と思われる人を先頭に、その後ろから残りの4人が横一列に広がっている位置関係だ。


 ここで私はその中に見知った顔があることに気付き、隣にいる社長に向かって小声で話しかける。


「あのっ、もしかして先頭を歩いているのってミーリアさんじゃないですか?」


「そうみたいだね。彼女はリバーポリス市長の秘書だから、審査担当者としてやってきても不思議はないけど。まさかこんな形で再会することになるとは……」


 苦笑いを浮かべ、指で頬を掻いている社長。一方、私はミーリアさんの正体を知った驚きが大きくて、思わず目を丸くしてしまう。


「ミーリアさんって市長の秘書だったんですかっ!? 確か社長やルティスさんの王立学校時代の後輩って話でしたけど」


「まぁね。今まではブライトポート市の政策担当官としてバリバリ働いていたんだ。その力量を評価されて、この町の市長秘書に抜擢されたらしいね。以前からリバーポリス市への転勤を上申していたってこともあるだろうけど」


 社長の話を聞いて、ようやくミーリアさんの素性を理解した。確かにその状況は先日のミーリアさんの話とも辻褄が合う。


 でもまさか彼女が市長さんの秘書だったなんて想定外だったなぁ……。


 そんな感じで私が当惑していると、ルティスさんがクスクス笑いながら社長に視線を向ける。


「でも今回の仕事って、市長秘書にしては泥臭すぎる気がするけど?」


「あはは……。彼女のことだから強引にこの仕事をねじ込んだのかもね」


「私は間違いなくそうだと思うけど? ふふふっ」


 どうやらふたりの間では、ミーリアさんの行動の裏にある動機みたいなものを察している様子だった。その話しぶりからすると、何かの事情を知っているというよりも彼女の性格から推測した可能性の方が高い気がする。


 いずれにしても、3人はお互いによく知る仲であることは間違いないと思う。


「おはようございます、皆さん。私は実務審査の責任者を務めるミーリアです。よろしくお願いします」


 程なく私たちのところへ辿り着いたミーリアさんは、審査官を代表して挨拶を述べた。そして実務審査の流れなどを簡単に確認したあと、凛とした表情でバロンさんを見る。


「では、ルーン交通さん。船へ案内していただけますか?」


「はい、かしこまりました」


「ソレイユ水運さんもバックアップ船としての運航をお願いします」


「お任せください」


 そう社長が返事をすると、ミーリアさんはそれを確認してルーン交通の『マーベラス号』へ乗り込んでいった。するとほかの審査担当者さんたちもそのあとに付いていき、出航の瞬間を待つことになるのだった。


 ちなみに私の気のせいだったかもしれないけど、社長が返事をした直後にミーリアさんは一瞬だけ表情が緩んだような気がする。それは本当にわずかな変化だったから、周りにいるほかの人たちは誰も気付いていないような感じだけど……。



(つづく……)

 

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